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序、夏の噂と穂高君の彼女

穂高君が主人公のお話を書きました。

 夏である。

放課後の自習が実施され、成績の悪い俺は居残り勉強を命じられた。

進学校のここがつらいところだ。

俺としても、わざわざ反抗するほどの動機もなく、唯々諾々と従っているわけだが、全く勉強する気になれなかった。

別に勉強が嫌だというわけではない。(いや、好きでもないが。)


なにしろとにかく暑かった。

窓を開けても教室に入ってくる風がまず暑くて、まったく涼をとることができない。

だらだらと額から流れ出る汗をぬぐいながら、数学の問題に取り組んでいると、なんというか実に受験生という感じがする。

もちろん皮肉だが。

そんなわけで集中力なんかとっくの昔に消え失せて、俺はぐったりと机につっぷしていた。

教師はもっともらしく、「暑さに負けない集中力を身に着けるためだ」とか言ってくるが、入試は冬だから受験生に夏耐性は不要だと心から思う。


 そしてそんな状況は俺だけではないらしい。

俺の前の席で椅子にもたれてぼんやりとしていた男が振り返った。

高木だ。

クラスメートと言っても、特に親しかったわけではない。野球部かサッカー部か、なにか大手の運動部に所属していたのは覚えている。

スポーツマンらしく短く刈り上げていた髪は部活を退部してからは伸ばしているのだろう、今はそれなりにの長さで、パッと見はそこらのチャラそうな男子高校生だ。

集中力が途切れた者同士、高木は共犯者めいた笑みを浮かべて、俺に小声で話しかけてくる。

どうせ勉強してられないなら、暇でも潰すかという算段だ。

ブルータス、お前もか。


「なあ、穂高。お前はあのメール、来たか?」


「……あ? メール?」


あれだこれだと指示代名詞を使うほどコイツと仲は良かっただろうか。


「なんだ、お前も来てないのか。あのメール」


「あの、じゃわからん。どんなメールだ」


「ほら、よくあるやつだよ、読んだら友達に送れっていう」


 要領を得ない高木の説明によると、変なメールが回っている、とそういう話らしい。気味の悪い話と共に、これを読んだら呪われる。呪いを受けたくなければこのメールを3日以内に3人以上に送ること、と付記してある。まあ、昔から良くある、チェーンメールのたぐいだ。昔は手紙だったから、不幸の手紙とかいうらしい。読まずに削除が最も正しい対処法だ、というのはいまどき小学生ですら知っている。それでも根強く広まってしまうのは、信心深いというよりは、メールの気楽さのせいであると思う。削除するのが対処法でも、どうせ捨てるなら、と内容を読んでしまうのは仕方ないことだと思う。そして気味の悪い話を見て、つい恐ろしくなるのだ。今ならメールのコピーや送信は親指一本でできることもあり、ついつい知り合いに送りつけようという気になってしまう、というわけだ。

 で、そのメールが、


「けっこうあちこち回ってるみたいでよ。でもおれんとこは来てないんだ」


 と高木。心底どうでもいい話題に、俺の口調もまたどうでもよくなる。


「友達の数の問題じゃないのか」


「穂高よりは多いと思うぜ、俺」


友達の数は人間性に比例するわけじゃないからそこで偉そうにするな。


「俺の知り合いに届いたみたいでさ。この間相談されてよ。でも俺はそのメール来てないわけで、答えようもないし。てか、やっぱ気になるじゃん。だけど見せてくれないわけ。見たら呪われるとか何とか。いまどきノロイとかさー。あほらしいだろ」


 高木は不満げに口をとがらせる。ノロイとやらの非科学さへの非難というよりは、気になるそのメールを見せてもらえなかったことが不満なのだろう。

 とはいえ、そのメールのことをそもそも知らなかった俺としては何とも言いようがない。


「まあ、おかげでそのノロイとやらが、移る心配はないだろ。良い友達じゃないか」


 と適当に相槌を打つ。高木はそれで、あいまいな表情を浮かべ、


「ま、それだけ」


 と一言で、前を向いてしまった。

 ……他愛もない世間話を続けるというのは、難しい。いつもなら、世間話なんてのは聞いていればそれでいつまでだって続いたものだけれど。



 さて、そんな何でもない会話が、後々の人生にまで大きく影響するなんてこと、当時の俺には想像もつかなかったのだが、しかし合縁奇縁なんとやら(どうも誰かの口調が移ったようで、たまにこういう変な単語が浮かんでしまう)、その話題で俺に、人生初の彼女ができた。

 驚くなかれ、去年同じクラスだった垣谷だ。

去年のある事件以来、垣谷やそのグループ連中はすっかりクラスから浮いてしまった。

このグループが主犯であり、同時に被害者である、というこの特殊な状況のおかげで、さらにお互い被害者同士としてより一層固まるかと思いきや、むしろグループでいることもまれになっている。

まあ、事件が事件だ、無理もないことと思う。

そんな中で出回ったノロイメールは、ものの見事に垣谷を直撃した。

考えてみれば当然だ。

ノロイメールなんて不吉なもの、友達にはむしろ送りにくいものである。

押し付け合いはそのまま不仲につながるからだ。

そんな中、明らかにクラスで浮いていて、しかも友達もろくにいなそうな人間は、格好の標的になっていたらしい。

 後で聞いたところ、一日3ケタ届くようなありさまだったそうだ。

捨てメアドで送信され続ける大量のノロイメールに、携帯が絶えず鳴り続けるという状況は俺だって耐えきれなくなって、多分携帯を割ってしまうと思う。


 そんなストレスフルな日々を黙って耐えていた垣谷だったが、何かのタガが外れ、放課後隠れて泣いているところに、運よく俺が偶然通りかかり、というか真正面から遭遇したわけだ。(当時の俺としては運悪く、の方が正しかったのだが。って、おい、非難するな。男子にとって泣いてる女子ほど苦手なものはない)。


 屋上へ向かう階段の、その手前の踊り場。そこにしゃがみこんで肩を震わせている女子。連想するものがあって、ついふらりとそちらへ足を向けてしまった。

女子は顔を伏せていたが、その髪色は黒というよりはどこか明るい茶だ。わかるかわからないか程度に染めている。肩にかかる程度に伸ばしている髪を、後頭部でゆるくくくっていて、ウサギか何かの尻尾みたいになっている。

 見なかったことにするにも、気配に気がついた垣谷が顔を上げたおかげでばっちり眼が合ってしまい、立ち去るに立ちされなくなってしまい、俺は仕方なく、慣れないながらも、垣谷をなだめることになってしまった。

 なだめると言っても、わけもわからず泣く女子というのにどういえばいいかわからない。

垂れ目で眉も下がり気味の気の弱そうな顔立ちを、今は涙で赤くしてうつむく垣谷を前に、おろおろとするしかない俺。

とりあえずと事情を聞けば、垣谷は涙の合間に、嗚咽を挟みながらもポツリポツリと口を開いてくれた。それで大雑把ながら事情はわかった。

ノロイメールが毎日何百通も来ていること。

誰にも相談できないこと。

毎日毎日不幸を予告してくるメール、クラスの人は皆こちらを見て笑っている(気がする)……。

 ノロイメールの話をたまたま高木に聞いていなければついて行けないところだったが、幸い、事前知識があった。

そして思っていたよりも深刻な内容とわかって、当時の俺は辟易した。

明らかないじめだが、何人がそれにどれだけ関わっているのかさえ分からない。

このいじめを止めることは、少なくとも俺には無理だ。

そして多分、教師にも親にも無理なのではないだろうか。


 だから俺は、なにも思いつけないまま、自分のケータイをグイと垣谷につきだしていた。


「俺のメアド、登録しろよ」


「……へっ?」


 眼を丸くする垣谷に、俺は口から出まかせのようにまくし立てた。


「ノロイメールが来て、困ってるんだろ。じゃあ、俺に送ればいい。ほら、ノロイが怖いのに送り返す先がないんならさ。俺に送れよ。そうすりゃ、ノロイは無くなるんだろ? 俺なら気にしないし、適当になんとかする。全部転送設定にすりゃいいだろ」


「…………」


 垣谷は唖然としたように口をポカンと開けていたが、そのうち、みるみる眼に大粒の涙を溜めていった。


「お、おい。や、やっぱ俺に送るんじゃダメか。泣くなよ、じゃあ、誰か他にも適当にメアド探してくるからさ、なあ」


 真正面から見る涙は実に良い破壊力を持っていた。俺は途端にうろたえる。しかし、垣谷は、強く首を横に振って、『否定』を示した。振りながら、垣谷は涙にかすれた声を出した。


「違う、違うの。だめじゃない……。うれしいの、穂高くん……」


「えっ」


「穂高君って、私良く知らなかったけど……優しいんだね」


 涙にぬれたままの顔を少しだけあげて、弱々しく微笑んだ垣谷のその表情。女の涙は本当に強力だ、実に良い破壊力を持っていた。俺はそれで多分初撃を受けたのだろう。



 そうして、俺と垣谷が付き合い出すのに、そう時間はかからなかった。

最初は言った通り俺のケータイにも毎日ノロイメールが転送されるようになっていたが、そのうち、垣谷自身の出すメールも混じり始め、そのメールでやり取りするうちに、俺は垣谷がけっこう可愛い奴だということを知った。

垣谷の顔立ちは、表情と相まって多少幼く見える部分もあるけれど、あいにくと俺は女子の顔をどうこう言うような趣味は持ち合わせていないので、顔を言ったわけではない。

まあ、体つきは一般に言って綺麗な方だと思うが、足などは細すぎて俺としては何となく心配なくらいだ。

 話が逸れた。

 垣谷の方は遠慮しながらも俺に頼るようになり、そのうちクラスの中でも少しずつ話す様になった。

そうして俺と垣谷が二人でいることが周りに知られるようになると、自然と転送されるノロイメールは減っていった。

 集団心理はよくわからないが、多分仲間が増えたと思われたのだろう。

そうして、お互い明言はしなかったものの、なんとなく付き合うことになったわけだ。


第二話はまだ書いていませんが、完結編は書きましたので、なんとか仕上げて行きたいと思います。

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