4話[入学編Ⅳ]
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午後の練習が始まり、啓介は阪本二軍監督に言われた通りにライトポールからレフトポールへのダッシュを行っていた。しかし走っているのは啓介だけだった。
Aグラウンドでは紅白戦が始まっていて、榎本や二軍の選手の半数は紅白戦に行ってしまった。紅白戦に行っていない他のピッチャーは、タオルを握って投げる動作をするシャドーピッチングを行っていたり、まだまだボールを投げ続けている人もいる。
一体何故……?
走りながら常々そう思った。だが、啓介は愚痴を言うのが嫌いだった。だから不満は常に出さない様にしている。それでも、ボールを投げたいと言う気持ちはあったが。
「五十嵐、真鍋との対決はどうなったんだ? 」
ユニフォームを脱いで、アンダーシャツ姿の太田が啓介の下へ来た。
「あ、あの対決はですね…… 」
結果的には啓介が勝った。しかしそれはあくまで啓介が圧倒的に有利な条件で対決していたからだ。打者は基本的に好打者でも3割から4割。つまり10打席中3本から4本しかヒットを打つことは出来ないのだ。そのため5打席中1本でも打ち取れれば勝ち、と言う条件はほぼ確実なのだ。
なのに……
「5打数4安打か。 俺の負けだな」
最後も左手のグローブの近くに打球が来たから捕れただけであり、打球の強さとしてはかなりのものだった。それに4安打のほとんどは完璧にバットの芯で捕らえられていた。これが普通の試合ならば完敗だろう。
「何か少し小細工しているみたいだが、まだ甘いな。打者を翻弄するにはもっとお前の武器を極めろ」
そう言って真鍋は室内練習場から出て行った。自分の全力を完璧に打ち砕かれ、更には投球術の秘密も見抜かれてしまった。
「……ははっ! スゴイや! いつかあの人を完璧に打ち取れる様になりたいな! 」
啓介は持ち前のポジティブシンキングでそのショックから立ち直った。
「そうか。まだあいつには敵わねーよ。真鍋は監督さんも認める天才だからな」
そう言って太田はレフトポールに向かって走る。その後ろを追いかける様に啓介も走り出す。体力には自信があった。昔から毎朝ランニングを欠かしたことは無い。9回を1人で投げ切るためにも体力の向上は欠かせないのだ。それに啓介は誰かにマウンドを譲る気は無い。自分以外が立つマウンドを見たくはなかった。
それから5往復程走ると、
「太田さん! 監督さんがAグラウンドでお呼びです! 」
「分かった。今から向かう」
太田は一軍の先輩に呼ばれてAグラウンドへ行ってしまった。
「それと五十嵐! お前も監督さんが呼んでる! 」
その先輩は啓介も呼んだ。それを聞いて思わず気持ちが舞い上がる。
「はい! 分かりました! 」
真鍋さんが直談判してくれたんだ!
グローブとスパイクを持ち、急いでAグラウンドへ向かった。
「監督さん! お呼びでしょうか⁉︎ 」
登板の期待を胸に、バックネット裏の椅子に腰掛けて居た国枝の下へ行くと、
「お前、随分余裕そうに走っているな? 」
「はい! 体力には自信があるので、いくら走っても平気です! 」
この時啓介は返答を間違えて居た。アピールをするつもりが寧ろ裏目に出てしまう。
「だったら何故もっと負荷をかけない? 自分のペースで楽をして走って一体何になる? それが分からない様なら今すぐ辞めろ」
言い方は静かでも言葉にはとても重みがあった。スポーツサングラスの奥では鋭い目が啓介を睨んでいた。その目を見て啓介は恐怖心を抱いた。
「真鍋を抑えたらしいが、俺からすればそんなことは関係無い。試合に出るのも、背番号を貰うのも俺が決めることだ。俺が認めない限りお前は試合に出ることは出来ない」
はっきりとそう言われてしまった。確かにそうだ。真鍋が監督では無い。如何にして監督である国枝に認められるかが、数少ない背番号を手にする鍵なのだ。
「……話はそれだけだ。良く考えて走り直せ」
国枝はそう言うと視線をグラウンドに戻した。啓介も何も言わずに頭を下げ、Bグラウンドへと戻って行った。
午後5時頃に紅白戦が終わり、その後のトレーニングも6時半には終わっていた。真鍋はAグラウンドからある光景を目にした。それはBグラウンドでひたすらライトポールからレフトポールへのインターバル走を繰り返す啓介の姿だった。
「うおおおおー!!」
大きな声を出して走り出す。その声はAグラウンドにも聞こえていた。
「あいつ、まだ走ってんのかよ……」
「紅白戦が始まる前から走ってたよな? 」
真鍋の周りではそんな声が聞こえた。昭栄高校は練習への意識が高い選手の集まりであったがあれ走り込む選手は誰一人いなかった。
「へっ。やるじゃねーかよ五十嵐」
真鍋と同時に、一塁ベンチに座ってその光景を見ている国枝も本の一瞬だけ微笑んでいた……
午後7時半
再びどんぶりに山盛りにされたご飯を啓介は簡単に平らげた。
「おい五十嵐。食べ終わったなら辻本呼んで来てくれないか? あいつも飯食う時間だからな」
城戸にそう頼まれた。城戸の言い方はとても優しく頼み事を断れない。
「あ、はい! ですが辻本先輩は何処にいらっしゃいますか? 」
「あいつはここから出てすぐ隣の女子寮だぞ! 」
真鍋が教えてくれた。そして啓介の耳元で、
「沙良に早く名前と顔を覚えてもらえよ! 」
と悪戯の笑みを浮かべた。啓介は真鍋に気付かれていることよりも緊張が上回り、全く耳に入っていなかった。
「い、行って来ます! 」
女子寮……啓介にとって、未知の領域である。そこに沙良がいると思うと緊張が増して来た。
そうこうしている内に女子寮の前に着いてしまった。
……辻本先輩、一体どういう反応するんだろう?
啓介は淡い期待を抱いて、女子寮のインターホンを鳴らした……