2話[入学編Ⅱ]
続きが遅くなりました!
これから話をどんどん進めて行きますので楽しみにしていて下さい!
啓介は男に説明された通り、グラウンドのすぐ隣に建っている「昭心寮」と玄関に大きく書かれた3階建ての寮に入った。
「こんにちは!」
勢い良く玄関の戸を開けたが、中には人の気配が無かった。
寮の中に上がり、辺りの風景を見回していると、
「おろろ? 君は新入生かな?」
と玄関で大量の洗濯物を抱えている女子マネージャーに出会った。
「あ、はい! 一般組の、五十嵐啓介です! 宜しくお願いします!」
啓介が頭を下げると、
「あ、ホンマに? ウチは辻本沙良! よろしゅう頼むわぁ! 」
沙良は、関西弁で気さくだった。肩まであろう髪を一つに結び、瞳は大きく、高い鼻、薄い唇はとても魅力的だ。しかし突然、真面目な顔で
「せやけどな、ウチ特待組とか一般組とかいう括り方は嫌いやねん。自分から一般組やからって決めつけん方がええよ! ……じゃあウチはこれから洗濯せなアカンから、何か分からんことあったら洗濯場におるから何でも聞きに来てな!」
そう言って沙良は洗濯物を抱えながら寮の奥の方へと進んで行った。
啓介はその自分よりも更に小さな背中を見て、
「か、可愛いな……」
と呟いてしまった。
これが啓介の人生で初めての恋だった……。
それから啓介は2階、そして3階に上がり、寮の中を探索した。
寮の各部屋のドアにはそれぞれの選手の名前が紙に書いて貼ってあった。
啓介の名前があったのは、2階の205号室だった。
どうやら2人部屋なようで、啓介の上に
「二年生 篠田健一郎」
と書いてあった。
一体どんな先輩なのか、啓介は期待と不安を抱いていた。
その日の練習は19:00に終えたようで、啓介は自分の部屋に入っていると、頬を土で真っ黒に汚している男が入って来た。
その男は啓介を見るや否や、
「おおー! やっと俺の部屋にも新入生が来たか! ……あ、俺は二年の篠田健一郎! ポジションは捕手やってる! これから相部屋だけど、宜しくな!」
篠田は先輩の割りにとても気さくで、何よりも元気が良かった。
「五十嵐啓介です! 一般組で、ポジションは投手です! これから宜しくお願いします!」
啓介は篠田の差し出された手を握った。
「一般組か! 俺も一般組だ! それに唯一二年生の一般組で生き残ってるのは俺だけだ!」
篠田はそう言って笑っている。
啓介は何が面白いのか分からなかったが、一応笑っておいた。
「明日から練習に入るんだろ? なら、今日はゆっくり話でもしような! 」
「は、はい!」
正直口数が多い人は苦手だが、特に悪い人では無い様子で啓介は少し安心した。
いよいよ明日から練習に参加できる。
一体どれほど高いレベルで野球が出来るか、啓介は明日が楽しみで待ち切れなかった。
「集合!!」
『おしっ!!』
朝7:30
Aグラウンド(一軍グラウンド)の外野で選手各自でウォーミングアップを行っていると、主将の城戸清志郎の掛け声を聞いて、周りの選手は大声で返事をした。そして一塁ベンチまで選手全員が全力疾走で向かって行く。
一塁ベンチの前には昨日会ったコーチを含めて3人の監督、コーチが立っていた。選手は全員、その3人に自分の顔が見えるようにして立つ。
「気を付け! 礼!……おはようございます! お願いします!」
『おはようございます! お願いします! 』
啓介は何もかも初めてであり、とにかく周りの選手の真似をすることにした。
「……おはよう。今日から一般組の選手も練習に参加することになる。一般組の選手、前に来い」
啓介は言われた通り、すぐに監督の下へ立った。監督はかなり良い体格をしていて顔も強面であり、とても威圧感があった。昨日のグラウンドでの怒鳴り声を聞いて、優しいイメージなど無いが。
「……今年の一般組は、お前1人みたいだな。よし、先輩方に自己紹介をしろ」
自己紹介、自己紹介……
啓介は監督達から反転して、先輩達の方へ向いた。落ち着いて大きく息を吸った。
「静岡県川名西中学校から来ました、一般組の五十嵐啓介です! ポジションは投手、目標は……このチームでエースになることです!」
啓介がそう言うと、一塁ベンチ前の雰囲気が凍り付いた。しかしそんな中、ただ1人だけ腹を抱えて笑っている男がいた。
「かーっはっはっは!! お前面白えなあ⁉︎ 一般組がウチでエースって、良い度胸だぜ! 俺気に入っちまった! 」
その男は一際凛々しい顔つきをして、肩幅も広く、誰よりも目立っていた。
「……真鍋、黙ってろ。それとも走るか?」
真鍋と呼ばれた男は、監督に鋭い目つきで牽制されると、
「いや、それは勘弁して下さいよー!」
と言って、大人しくなった。
それにしても啓介は、一般組だからと言ってエースが無理、と言われたことに腹が立っていた。初めから決めつけることは啓介自身嫌いだったから。
「今日は午前中にシートノック、フリーバッティングを行い、午後は1軍対2軍の紅白戦を行う。だが、1軍は控えメンバーが出場する。結果や手応えによってはベンチ入りメンバーを入れ替えるつもりでいる。……以上。」
監督の国枝裕二がそう言うと、
「おし! じゃあキャッチボール行くぞ!!」
『っしゃあ!!』
と再び城戸の掛け声で次の練習メニューへと移った。
啓介も城戸達に着いて行こうとするが、
「おい五十嵐、お前はBグラウンドだぞ」
と篠田に肩を叩かれた。
Aグラウンドが1軍、Bグラウンドは2軍が基本的には使うことになっている。グラウンドの設備も、Aグラウンドは外野が天然芝を植えてあり、Bグラウンドは全て土になっている。バッティングマシンも、明らかにAグラウンドの方が台数も多く、機能も良かった。
スパイクやグローブをエナメルバックに詰めて、啓介や2軍の選手達はBグラウンドに着いた。
「じゃあ俺達もキャッチボール始めるぞ! ピッチャー陣は阪本コーチにメニューを聞いてくれ!」
三年生で2軍主将の原が指示をした。
大きな体格の割りに顔が小さく、サングラスを掛けた阪本2軍監督の下へピッチャー陣は走って行った。啓介もそれに着いて行く。
「今から長めのキャッチボールをして、それからピッチングに入る。……榎本は紅白戦前でいい。お前が先発するからな」
「はい!」
3年生の榎本は2軍のエース、先発は当然だった。
早速キャッチボールを始めようとするが、相手を見つけられない。大抵、ピッチャーはピッチャー同士でキャッチボールをする。周りを見渡しながら困っていると、
「お前、もしかして余ってる?」
と巨体の男が啓介に声を掛けた。
「あ、はい!」
「なら俺とやってくんねーか? 相手がいなくて困ってたんだ」
その男は啓介より一回り大きかった。
「あ、そー言えば……俺は三年の太田基弘。宜しくな、五十嵐」
「よろしくお願いします!」
太田は厳つい巨体の割りに優しくて啓介は少しだけ安心した。午後に行われる紅白戦。淡い期待を胸に抱いて、啓介はレフトへ向かって走って行った……