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真夏のストレート  作者: 樟 秀人
第1章 入学編
10/10

9話[春の都大会編Ⅳ]

 翌日の午前11時半


 昨日の厳しい練習メニューを乗り越えたベンチ入りメンバーの顔つきは弱気では無くなっていた。今日は啓介も昭栄高校側の三塁側のスタンド(応援席)で応援に来ていた。


 応援もあるが、それよりも啓介の目的は……

「出たぞ! 東條だ! 」

 大勢いる観客の中の誰かがそう叫んだ。都大会とは思えないほど球場には観客が集まった。昭栄のファンも多いが、やはり大半は突如現れた怪物ルーキー東條を観に来たのだろう。啓介もその中の一人だった。いずれ昭栄高校のエースとなれば東條と投げ合う日が来る。その前に一度観ておきたかった。


「昭栄ー!! 頑張れよー!! 」

「今年こそ甲子園行ってくれ!! 」


 ファンからそう言う応援が聞こえる。啓介達も応援の時にリーダーとなる先輩に続いてベンチ入りメンバーを激励する。その中に亮や颯人の姿もあり羨ましく思えた。


「おーっす! 今日も応援よろしくお願いしますねー! 」

 真鍋が試合開始前のグラウンド整備の時間にこちらにやって来た。フェンス越しに先輩達が真鍋に喝を入れる。先輩達からすれば後輩が試合に出るのは悔しいことだが、真鍋においては試合に出さざるを得ないのだ。それ程までに強豪昭栄高校の中でも真鍋の野球センスはずば抜けている。


 相手側の一塁側のベンチ前では、東條が捕手キャッチャーの進藤と調整にキャッチボールをしていた。しなやかに振り下ろされる左腕からは回転の良いキレ(球の回転が良く鋭い球のことを言う)のある球が投げられていた。変化球を見なくても、そのキャッチボールをする姿や球の質を見れば何と無くだが東條の凄さが伝わって来た。


 グラウンド整備も終わった様で、両チームが自分達のベンチ前に一列に並んだ。


「集合!! 」


 主審の掛け声で両チームがホームベースに向かって走りだし、そこでもホームベースからセカンドベースに向けて一列に並んだ。互いの選手達が向き合う。


「礼!! 」

『お願いします!! 』


 両チームが主審の掛け声に合わせて大きな声で相手チームに礼をする。その後先攻であるチームは自分達のベンチに戻り、後攻であるチームは自分のポジションに走って向かうのだ。今回は主将同士のジャンケンの結果、昭栄高校が後攻、洛陽学園が先攻だった。


 昭栄高校の先発投手は太田。投球練習ではいつも通りの球威のある重い速球ストレートを投げ込んでいる。


 投球練習を終え、洛陽学園の1番打者が打席に入る。

「プレイボール!! 」

 審判が手を挙げてそう言うと、球場のサイレンが鳴った。それに合わせて太田が振りかぶる。球場にいる誰もが注目する第一球目。亮が要求した外角低めに太田の重い速球ストレートが見事に決まった。


 パァンッ!!


 ミットの乾いた音が球場に響いた。相手の1番打者はその速球ストレートに振り遅れている。どうやら東條と進藤以外はあまり大したこと無い様だ。


 1.2番を簡単に打ち取ると遂に注目の打者、東條が左打席に入った。啓介はその構えをジッと見つめる。しかし、横からでしか見えないがその構えに隙や弱点は一つも見当たらない。真鍋と同じ、一流打者の証拠だ。


 太田は初球からいきなり決め球であるフォークボールを投げた。余程亮が東條を警戒していることが分かる。東條はそれをあっさりと見逃した。その次の球も見逃す。2ストライク0ボールから渾身のフォークボールは今日一番の落差でワンバウンドした。その落差に東條は思わず反応してしまい、空振りし三振にとなった。チェンジとなり、太田はガッツポーズをしてベンチへ走って戻って行く。この時観察力に優れた啓介でさえも東條の思惑に気付くことは出来なかった……



 一回裏 昭栄高校の攻撃


「一回の裏、昭栄高校の攻撃は1番センター真鍋君」


 球場のウグイス嬢がおっとりした声でそう言うと、昭栄高校のファンや先輩達が大歓声上げた。真鍋はそれだけ人気があり期待されているのだ。

「かっとばせー!! 真鍋ー!! 」

 啓介は必死に応援する。



 真鍋は左打席で自分の応援歌に合わせてノッていた。自身で集中はしているが、リズムにノッて構えるのが真鍋の特徴だ。バットの先を東條に向け挑発する。


 東條はその構えを見ても何一つ表情を変えない。捕手の進藤が股の前に指でサインを出す。東條は黙って頷いた。セットポジション(振りかぶらずランナーがいる時の様に構えること)から東條は外角低め(アウトロー)へ速球ストレートを投げ込んだ。140km/h越えの速球がストライクゾーンギリギリに決まった。真鍋はそれを悠々と見逃す。


 東條は2球目も同じコースに投げた。周りにはそう見えたに違いない。打席に立つ真鍋と球を受ける進藤、そして投げた東條だけが分かっていた。先程の球よりも僅かボール半子分外に外していたのだ。


「……ボール!! 」


 審判が悩みながらもそう判断した。真鍋は少しホッとした。今投げられたコースすらストライクにされれば、この審判は今日のこの試合のストライクゾーンが広くなってしまうからである。


 しかしそれでも全力の球をそこまで制球コントロールできる力は本物だ。速球ストレートだけでも相当手こずるだろう。


 ……普通の打者バッターならな。


 東條が投じた内角低め(インロー)の速球ストレートを真鍋は肘を畳み、すくい上げる様にしてバットを振り切った。打球は一塁手ファーストの頭上を越えヒットになる。右翼手ライトが打球に追いつき中継に来た二塁手セカンドに投げた時にはなんと、真鍋は二塁セカンドベースに立っていた。真鍋の俊足と走塁センスは高校生の中ではトップクラスだろう。


 しかし真鍋は打った喜びよりも、東條に対する違和感を感じていた……



 真鍋が打ってスタンドが沸いた。啓介はそれに合わせて一緒に盛り上がっていた。


 やっぱり真鍋さんにはまだ敵わないな……


 真鍋が打って嬉しいが、それと同時に真鍋を打ち取りたいというライバル心も燃えていた。


「続けー!! 光沢ー!! 」


 2番を打つ「Mr.裏方」こと光沢智樹が送りバントを決めた。犠打が得意な真面目な男だ。


 そして3番打者である城戸が右打席に入った。ここまで個性派揃いのチームをまとめて来たリーダーシップ溢れる男。実力はさほど無いが、チーム一努力をして来た。プレーは地味だがその努力が実り3番を打っている。



「さーて、ここは力入れねーとな」


 城戸は東條の呟きを聞き取れなかった。しかし今までと雰囲気はまるで違う。不吉な笑みを浮かべ東條は進藤のサインに頷いた。


 その初球……

「チェ、チェンジアップ!? 」

 打者の手元で急激に球速が落ちるチェンジアップを投げて来たのだ。速球ストレートを待っていた城戸はタイミングが合わずに空振りしてしまった。


 東條のチェンジアップは速球ストレートよ腕の振りと同じ様に見えるため、途中までは速球ストレートに見えてしまうのだ。城戸はそのチェンジアップの残像が頭の中に残ってしまい、次の内角低め(インロー)の速球ストレートに詰まらされ一塁邪飛ファーストファールフライになってしまった。城戸は悔しいが4番打者である亮に託す他なかった。


「岡島、頼むぞ」


 城戸は亮のすれ違い様に肩を叩いてベンチへ戻って行った。その姿を見て亮は責任感を感じた。ベンチに入れなかった先輩達も自分へとエールを送ってくれる。奮い立たずには居られなかった。申し分の無い相手。


 亮が打席に立った時一斉に観客は沸いた。突如現れた怪物ルーキー同士の衝突。敵味方関係無しに注目を浴びる1打席。マウンドに立つ東條も不吉な笑みを浮かべている。


「来いよ、東條……」


 二人が構えている中、啓介は手に汗を握ってその闘いを見つめていた……

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