1話[入学編 プロローグ]
3月31日
静岡県から約3時間掛けて、五十嵐啓介は昭栄高校に辿り着いた。
西東京の野球の名門である昭栄高校は、今年で創立30年を迎える。
過去、高校野球の頂点を決める甲子園に出場したのは春夏合わせて9回。
しかし最後に出場したのは4年前だった。
ふと、甲高い金属音が聞こえた。
この音は硬式野球独特の金属音である。
身長160cmの小柄な啓介は真っ黒なスーツケースを転がし、その音のする方へ向かった。
「おらぁ! んな凡ゴロをエラーして、レギュラーになれると思ってんのか⁉︎」
ノックバットを持っているガタイの良い男が怒声を上げた。
その男が叫んでいる方向には、ユニフォームを土で真っ黒に汚し、大量の汗をかいている選手の姿があった。
周りの選手も真っ黒なユニフォーム姿だ。
確実に疲れ果てているはずなのに、それでも声を張り上げていた。
啓介はその光景を見て思わず立ち止まっていた。
「お前も一般組か?」
啓介はキャッチャー防具を身につけている男に声を掛けられた。
「あ、はい! 五十嵐啓介です!」
「……なかなか小さいな。一般組の練習は明日からだ。
今日は入寮だけになる。 マネージャーがいるから、後はそいつに話を聞いてくれ」
昭栄高校の新入生は、全国から類い稀なる才能を認められスカウトされた特待組、セレクションという入学テストを行い見事合格した推薦組、学校の学力試験を受けて合格してから部活動に入る一般組、この3つに分けられていた。
特待組は即戦力、推薦組は今後の成長を見込み、そして一般組は全くアテにされていなかった。
啓介は一般組、つまり学校側からの待遇は何も無いのである。
一般組は今年、啓介ただ一人。
実力者だらけの照英高校で啓介はレギュラーを掴むことが出来るのか?
そして、強豪揃いの西東京を勝ち抜くことが出来るのか……?