光
これは私、さくらが椿姉さまの禿になるまでのお話。
私の家は魚屋で、そこそこの生活をしていた。母はとても優しく、私は幸せだった。
でも、父は機嫌に大きな波があった。賭け事が大好きで、勝つと着物や簪を買ってくれたけど、負けると酒を飲んで私や母にひどい言葉を浴びせた。本当に酷い時は気の棒で叩かれたりもした。
それでも母は父を愛していたし、私も大好きだった。
ある日、私は父と出掛けた。
「どこに行くの?」と聞いても、父は何も答えてくれない。無言で前を歩くだけ。
しばらく歩いて、ようやく着いたそこは賭博場だった。
父は私の手をひいて、中に入った。
中には大柄な男達がいて、にやにやと嫌な笑みを浮かべていた。
「約束通り連れてきた」そう言って父は、私の背中を強めに押して、男達に近づかせた。
「お父さん、どういうこと?」父は何も答えてくれない。
頭が真っ白で何も考えられない。目の前で父と男達が何かを話しているけど、頭に入ってこない。
もう一度父に話しかけようと口を開きかけたとき、後ろから頭を何かで殴られた。
気がついたら、私は広めの部屋の中にいた。
「ここはどこだろう」とあたりを見ても、そこにあるのは布団と机、それに箪笥と鏡台だけ。
外を見ようと障子を開けると、鉄格子がはめられていて腕も伸ばせなかった。
「なに...、ここ...」
力が抜けて、膝立ちになる。
後ろで す、と麩の開く音がした。慌てて振り向くと、こそにはにっこり微笑んだおばさんがいた。
「はじめましてお嬢ちゃん。あたしはおハナっていうんだ。この店の店主だよ。」
「...店?ここはどこ?」
「ここはね、花売所って島原の遊郭さ」
島原、遊郭...。
私は、倒れそうになった。どうして私が、遊郭なんかにいるのだろう。父は?母は?
涙で、視界がぼやけた。
そんな私を、おハナさんが抱きしめてくれた。
「お嬢ちゃんはね、この店に売られたんだよ」
売られた...?私が?誰に?
...お父さんに?
「そんな...はずない!!」
「本当だよ」
「嘘!嘘に決まってる!!
嘘つき!嘘つき!!」私は、おハナさんを突き飛ばして部屋から出ようとした。
「お嬢ちゃん!」
「わっ!」でも、麩を開こうとしたとき、誰かが外から麩を開けて、ぶつかってしまった。
「おやおや、大丈夫かい?」
倒れ込んだ私に手を差し伸べてくれたのは、とても綺麗な人だった。
「...」思わず見とれてしまっていると、その人はくすりと笑って「元気な子だねぇ」と言った。
「椿、」おハナさんが、その人のことをこう呼んだ。
そう、この人こそが椿姉さま。
私の光...。
椿姉さまに「立てるかねぇ」と言われ、私は はっと我に帰った。そして立ち上がって、廊下を駆け出す。
店の出口を見つけ外に出ると、そこは知らない街。
「...!!」
どっちへ行けばいいのかもわからないで、そのまましゃがみ込む。
「...う、ひっく...」涙が後から後から出てきて止まらなかった。
父に売られた。私は闇の中に放り込まれた。いっそ死んでしまおうか...。
そんな考えが頭をよぎった時、突然首根っこをつかまれ、そのまま店の中へ連れていかれた。
「なっ...!!痛い!」驚いたのと痛いのとで私は必死に暴れた。でもあまり意味はなく、部屋の中に投げ込まれた。
連れてきた人をキッと睨むと、さっきの女の人...椿姉さまだった。
「アンタねぇ、いい加減にしなさいな。
アンタは売られた。その事実はどうやっても変えられないの。ここにいる奴らはほとんどがそうさ、アンタと同じように売られてきた奴ばっかりだよ。でも、その事実をしっかり受け止めてここで精一杯生きてるんだ。」
椿姉さまはしゃがんで私の目を見た。
「しゃんとしな。大丈夫、アンタならやっていけるよ...さくら」
「...、」私は何も言えなかった。
そして、この人がとても美しいと思った。
ついて行きたい、強く気高いこの人に...。
その日から私は、椿姉さまの禿になった。
私の名はさくら、春に咲く小さくて大きな花。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。