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第一話

 その男がウィリウム・ケストナーのいる部隊に来たのは、本当に唐突だった。

「諸君。今日からこの第四部隊の指揮をすることになった、カールス・レイマン少佐だ。ダン、お前の荷も降りるぞ」

 ここに駐留する全部隊の指揮をする初老の男と、見慣れない男を見て、名を呼ばれたダンはぼーっとしながらもかすかにうなずいた。まだ内容を理解しきっていないらしい。

「私からは名前だけにしておこう。詳しい自己紹介を頼むよ、レイマン君」

 長身のその男は、軽く頭を下げると、一歩前に出た。少佐と呼ばれていたが、一般兵士が着る服装の上に、同色の長いコート。その上から少佐の証拠であるバッジをつけたベルトをしていれば、見ただけで分かる。

「さっきも紹介されたが、私はカールス・レイマンという。ここの部に配属された」

「失礼だが、これまでの軍隊の経験は?」

 今の今まで第四部隊の指揮をしていたダンが、挙手しながら聞いた。

「ない。ここが初めてだ」

 ダンだけではなく、そこにいた全部隊の指揮者以外の者は、心から驚いたに違いない。

「私はここらで失礼するよ。この部の説明は、彼にはしておいたからな」

 いつも忙しい総指揮官が、新しい兵士の紹介とはいえわざわざ来るのは珍しい。小さく敬礼を残すと、足早にその場を去った。それを目で追っていたレイマンは、指揮官の姿が消えたのを確認すると、再び振り向いた。黒い短髪の、前髪だけが少し揺れた。

「……レイマンだっけか? 俺はダニエル・ウィラーだ。ダンって呼んでくれ。ロード指揮官も言ってたが、俺は今までここの部隊の指揮をやってた」

「知っている。それと、すまんが私は愛称で人の名は呼ばないようにしている。ダニエルと呼ぶがいいか」

「あ、ああ」

 ダンが差し出した手をまるで握手の見本のように、しかしどこかそっけなく握りながら、レイマンは言った。ここに現れたときから無表情で、冷たい感じはないものの、もちろん温かくもなかった。呆けたようでも怒りも見受けられない。真の無の顔とはこういうものなのかと、納得してしまいそうなほどだった。

「じゃ、こっちから自己紹介しよう。ミリア」

 ダンの横にいたミリア・コーナから、順に一人一人自己紹介を進めた。ウィリウムもその中に混じり、特に目立つこともなく自己紹介を終えた。

 全員終わった後、見計らったようにレイマンが口を開いた。

「ロード指揮官から聞いていたんだが、この軍では各部隊の指揮官は、自分の兵に一つだけルールを守らせることができるらしいが」

「ああ、その通りだ。前の総指揮官がなんだか気まぐれに作ったらしいが、いまだに続いててな。ルール作りは義務だが、なんだっていい。俺のときは『必ず一日コップ一杯の水を飲むこと』だった」

 含み笑いをするダンにつられ、何人かが小さく笑った。

「そうか。だがすまないが、私からのルールは少し難しいぞ」

「もう考えてるのか?」

 ダンが少し意外そうに返した。

「この第四部隊で私が課するルールは――」

 ダンには答えず、レイマンはそれを口にした。

「『絶対に人間を殺してはならない』、だ」



 第四部隊は、戦争で活躍するロボットを操縦する兵士たちの中でも、精鋭が集まる部だ。今の時代では、生身の人間が戦場に出ることは少なくなってきた。攻撃されても人が死ぬことのない、遠隔操作のロボットで戦いを進めている。

 そのほとんどは、カメラを標準装備している。敵地に手榴弾を打ち込むもの、銃撃音に反応して迎撃するもの、爆撃機能を備えた、攻撃兼偵察飛行機。

 中でも一番第四部隊が得意としているのは、偵察と爆撃ができる飛行機、「アサシン」の操作だ。所属している兵士たちは、皆「アサシン」の平均操縦技能を持っている。

 ローラー足の椅子があり、その前にはカラーの画面と、周りには数多くのボタン。そして手元には操縦桿。飛行機の操縦席を、そのまま部屋に移植したような、変わった光景が、そこには広がっている。通りかかる者のほとんどがいやでも見てしまうその部屋の中は、機械音だけが響く、珍しい静寂に包まれていた。

「……人を、殺すな、だと?」

 引きつったような顔を直せないまま、ダンは繰り返した。わずかながら怒りの色も見える。

「少し極端すぎたな。正確には『民間人を殺すな』だ。兵士も殺さないほうがなおいいが」

 レイマンは、だんだん大きくなっている怒りに全く気づいていないかのように、さらりと続けた。

「おいあんた。俺たちが今担当してる場所、どこだかわかってんのか?」

 怒りは中で爆発したようだ。初対面の人物ということも忘れたのか、ダンは顔を真っ赤にしてレイマンに詰め寄った。

「俺たちは町に逃げ込んで立てこもってる標的を探してんだ! 俺たちは建物を爆破するしかない。その上で民間人も巻き込むなだと? むちゃくちゃ言うんじゃねえ、軍隊入り初めてのくせしてよ! なんでてめえなんかが少佐階級なんだ?」

 ……はじまった。ウィリウムは心の中でため息をついたつもりだったが、現実でも同じことをしていた。初めてこの彼を見たときは、心の底から怖くなった。それほどダンの剣幕は恐ろしいのだ。だが、今の意見にはウィリウムも納得した。民間人を巻き込まないようにするのはかなり技量がいる。建物の破片が思わぬ方向へ飛んで、人に当たってしまうかもしれない。そしてなぜ軍隊入りが初めてなのに少佐なのかは、おそらく部隊全員が思っていたろう。

 レイマンは長身なので、ダンは見上げてまくし立てている。レイマンの顔は、それでも微動だにしなかった。無表情のせいか、ダンを見下ろすレイマンは、彼を見下しているようにも見えた。

「ダニエル・ウィラー、私が来た時点でこの部隊の指揮官は私だ。兵は指揮に従うものだろう? それに一言付け加えておくが、このルールを破った者には、死をもって償ってもらう」

 再び全員が、ダニエルさえも凍りついた。顔の色が赤から白へ変わる。

「ルールごときで……死だと?」

 その言葉に怒りはなかったが、すぐにそれが復活したことは、誰の目にも明らかだった。

「ふざけんなっ! てめえいい加減……」

 とうとう殴りかかろうとしたダンを、レイマンは鮮やかにかわした。それどころか、どうやったのかさえ兵たちの目にとまらないほどの素早さで、レイマンはダンを床に叩きつけていた。背中を走っているであろう痛みも忘れたように、ダンは呆然と天井を見上げている。

「私の言ったことは本当だ。もしルールを破れば、私はためらわずに殺す。必ずだ」

 何もない顔に、かすかに冷酷という名の色が浮かび上がった。

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