今時紀
『今時紀』
レスが付いた。
ネットの大海に流した小瓶が、送り返された。
意外に感じる自身が意外だ。
同意と認証を求めての行為ではなかったか。
肯定され、むしろ動揺しているのか。安堵すべきでは。
自身の正気を。
にしても『某』とは。
寝て起きて、他を済ませ今、気付いた。
数時間前、タイムスタンプはポスト直後。
エゴサの趣味は無いのでずいぶん放置してしまった、昨今の感覚では。
一級釣り師の熱量すら孕むそのコメに当たり障りの無い自己否定、気のせいかもと。
即レス。
はい??。
レス、レス、レス。チャットか。
結果。
明日早い時間、渋谷のスタバで某氏と対面することに、
なんで。
1.
大爆発で世界が創始したとはユニークだが事実では無い。
私とともに世界は既に存在した、している。
しかしこの世界は私が、この天之御中主神(アメノミナカヌシ、アメノミナカヌシノカミ、アマノミナカヌシノカミ)が創造したうぬ煩瑣であるな。
今では地球、という俗語が流布しているようだなまあ勝手に呼ぶが佳い。
だからだ。
諸君は宇宙の質量が足らない、と悩んでいるが当然だ。宇宙に質量は存在しない。
この地球近傍グリッドのみが、諸君が顕在的に認識する世界だからだ。
空襲、について検索していたときだ、オーストラリア空襲、という記事を見付けたのは。
軍事、太平洋戦争についての知識は一般的な範囲だが、オーストラリアはハワイよか遠いんじゃなかったか。太平洋の地図面を日常的に見る仕事ではないので次いでそれを見て愕然とした。
オーストラリアがインドネシアに食い込む勢いで『北上』している。
眼隠れド黒グラサンにマスク。
ふた昔前は不審者だが一昔前からファッション、あるいは日常に溶け込んだ。
熱量に比して硬質、中性な筆致から高齢の技術者若しくは教職の同性を想起していたが、ぜんっぜんナナメ上に違った。
「失礼ですが、某さん、でしょうか」
「権兵衛さんですか、はい、そうです」
互いにハンドルで呼び合ったが、何が某だ。
声で確信出来た。
今も劇場版封切りロングラン中の大女優サマではないか。
「場所を替えましょう」
宣告しすっくと立ちあがり闊歩するだけでまだ閑散店内の視線が、一点に集まる。彼女が発散するスタァの光輝はグラサンマスクで隠せる素性じゃない。
隣のビルの、某さんが抑えていたらしいレンタルオフィスに飛び込んだ。
「……改めまして」
グラサンマスク、なけなしのアンダーカバーを剝ぎ取った彼女は、芸名ではなく聞き覚えがある別名、恐らく本名で名乗ったつまり、どこまでも私用ですという。もちろんだ。
こちらは個人名刺を差し出す。無署名埋め草雑記屋でもそれくらいの備えはある。
本来数名のタスクフォースが埋めるガランとした場所で二人差し向かい。
「既にお伝えしましたが」
某さんが切り出す。
CM撮りシドニーロケの案件がポシャった。
それ自体はよくあること、問題は。
「アンザック・デーと被るので、日系はちょっと、と」
アンザックデー(ANZAC Day)。ニュージーランドおよびオーストラリアの戦災記念日であり国民の祝日、4月25日。同日、第一次大戦のガリポリ上陸作戦に参戦したオーストラリア・ニュージーランド連合軍(ANZAC:Australia and New Zealand Army Corps)の兵士たち、そして国のために尽力したすべての人々を追悼し、記憶する。
そして、日本はオーストラリア本土を爆撃した唯一の国なのでえー、と(空気嫁お家芸だろ)。
日本がオーストラリアを空襲?。世界地図を見て某さんも絶句し今日に至る。
「世間では、マンデラ・エフェクト、と云うんだそうね」
らしい。大田区と太田区とかピ〇チュウのシッポとか。
「歴史の書き換わりも?」
そう、本件は、それだ。
あともう一つ。
「改憲しちゃってますからねえ」
日本国憲法第19条:思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。
思想及び信条、だろ。良心は始めから良心だろ。
カン違い、思い違い、錯誤、いや。
変化した。
自分以外の、世界、が。
複数事例が揃えば、それは現象だ。
それが今回の目的。
もちろん、証人は多い方が望ましいが。
「私も、緩募してみます」
判れ際に某さんが告げた。
SNSでは無口な彼女だが唯一、これもオレからしたら殿上人、国民的大人気大衆作家大先生が公式サイトで各界から募り寄稿、彼女も不定期日記、身辺雑記を掲載している、それを久々に更新してみるという。
2.
もう良い。体裁としてはこれで十分なのだ。
お前は、サブカル、エンタメの日本の創始者、フィクサーと出会い、識っている。
日本船舶振興会、現、日本財団の創始者の一族とも、
日本首相婦人会の主催者とも。
そして先日、我の血縁の者とも出会い、
自身が我の分け御霊であることも理解し、
その翌日には三峰にて我と出会った。
既にお前は理解している、その様に我が創り出しここまで導いた。
マンエフェ初期の、オーストラリアの地理関係の変動。
空間の変動が時間にも作用することを。
つまり、今の世界を想像し創造したのが自分自身である事を。
上記一文がこの日本語でのみ可能である事、
この世界の中心と創始が正しく日本に在った事実を。
それらを書き記し顕すにはこれで十分である。
読む者が読めば理解する。
デモ、戦争、闘争、大峠、最早総て不要となった。
ただ各人が神に還り、その覚悟を引き受ければ、それで良いのだ。




