決して願い事を口にしてはいけない部屋
しいなここみ様主催「この部屋で○○してはいけない企画」参加作品になります。
親友の美沙が一日だけマンションの部屋を留守にするというので、私が留守番をすることになった。
留守番とはいっても、実はお願いしたのは私の方だ。 彼女の豪華な超高層マンションの部屋にぜひとも住んでみたかったのだ。
「置いてあるものは動かさないでね。 ゲーム機は好きに使っていいわよ。 蛇口も好きにひねってね。 猫とも好きに遊んで。 スマホも見ていいわよ。 オ・ナラだってその辺にしていいし、カブトムシで遊んだって構わないわ。 勿論トイレを使ったって何の文句もつけないわ。 姿見はあっちに置いてあるからナルシスごっこしていたって構わないわよ。 笹門優にツッコミ感想を貰っても面白いわね。 ひとりで親父ギャグを言っててもいいしエッチな妄想を膨らませていたって構わないわよ」
私を連れて、美沙は部屋の中を案内してくれた。 のはいいんだけど、その許可は何なの? 言われなかったら私は蛇口をひねる権利もトイレに行く権利すらなかったの? スマホも弄っちゃダメだったの? そんな事を言われたらちょっとコワいわ、なんて思わなくもない。 というか、どこからカブトムシが出てきたの? それにナルシスごっこって何? いやまあ、言いたい事は解るけど。
で、そのササなんとかって誰? 完走って私はどこを走らされるの?
ひとりで親父ギャグなんて芸人だってやらないわよ。
「汚したらちゃんと掃除してね? ベッドのシーツは私が帰るまでに取り替えて」
「えっちな妄想してベッドなんか汚さないから!」
何て事を言うのか、心の友よ。
というか人んちでそんな事をする人間だと思われていたの……?
そう思うと私はちょっぴり悲しくなった。
「ただ、いつもの安アパートとは違う暮らしがしてみたいだけだから」
美沙はわたしをキッチンへ案内すると、大きな冷蔵庫を開けた。
ウチに置いてあるのとは違う、大容量観音開きの身長より高く、値段もずっとお高い冷蔵庫。 一人暮らしでこんなの必要ないんじゃないの? そう思わせる大容量。
「中に入ってる食料品、自由に食べていいわよ。 賞味期限の近いものから片付けてね?」
開けられた冷蔵庫の中を見て、私は驚いた。 驚愕した。 驚喜した。
「高級食品がいっぱい! これ、好きに食べていいの?」
「うん」
何と言う事でしょう! この巨大な冷蔵庫の中身は今、私のもの!!
感激する私を置いていきそうな感じで美沙がリビングに戻ったのでその後を追う。
「それともうひとつだけこの部屋でして欲しくない事があるの」
「家具の配置換えなんてしないけど、それ以外にって事?」
「うん。 この部屋で願い事を口にしないで欲しいの」
「願い事?」
変わった事を言う美沙に私は首を傾げる。
「○○したいとか、××欲しいとか?」
「そう。
それを思ってもいいし、書いたっていいけど、絶対に口にしちゃダメ」
彼女の顔は真剣だ。
どうしてここまで真剣にそんなお願いをしてくるのか、全く理解は出来ないけど、ここで親友の頼みを聞けない程狭量ではないつもり。
「考えてもいいんだから難しい問題じゃないはずよ」
「まあ、意味は解らないけど、わかったわ。
置いてあるものは動かさない。 願い事は口にしない」
私がそう言うと美沙は満足げに頷き、どこからともなくトラベルバックを持ち出すと笑顔を見せた。
「それじゃ、留守番お願いね。 Ciaociao」
デッカいバックをものともせず、美沙は軽い足取りで玄関からスーッと出て行く。 何というか人外染みた動きに目が点になる。
「ちゃぉー……」
私の返事は聞こえたんだろうか?
というか、行き先はイタリア……じゃないよね?
ま、いいか。
私は冷蔵庫から食べた事のない様な食品を厳選して取り出すと、ソファーの上でゴロゴロと転がりながらスマホを弄り始めるのだった。
「美沙んちってやっぱすんごいわ」
『ほえ~、そのうちあたしも泊まらせてもらおっかな』
最近彼氏と別れたらしい友人との電話。
創作カレーを作ったら寄りつかなくなったらしい。 何か失敗でもしたのかも知れないが、それだけで家に来る事もなくなったというからヒドい話だ。
結局、彼女から切り出してキレイに別れたという事だが……、何かこうモヤッとくるなあ!
「私は今回留守番で泊まらせてもらってるけど、言えばお泊まり会っぽく集まれそうよね」
『それも面白そう。 美沙だったら、仕方ないなあって顔しながら色々ともてなしてくれそうね』
益体もない話が続く。
セレブな生活をしたいと言っても、ひとりで豪華なソファーにふんぞり返るだけじゃつまらない。
「……まどかさあ、新しい彼氏欲しい?」
『う~ん、まだしばらくはいいかなあ。 そっちの浮いた話はないの?』
「あったらひとりで美沙んちに来ないわ、きっと」
『はははは』
「あ~あ、イケメン金持ちで優しいぱーへくとな彼氏が欲しーっ!」
『あはははははっ』
――ビチャッ! ビチャビチャビチャ……
電話口の声に、何か、水の零れる様な音が重なった。
「えっ……?」
『何? どうかしたの?』
まどかの声に応えず、私は音の発生源 ――美沙の私室へ向かう。
泥棒、のはずがない。
私はリビングにいたし、気づかれずにその奥の部屋に行くとしたら窓からの侵入になるけど、このマンションは五十五階建てでここはそのほぼ真ん中辺りに位置する二十九階。
上からも下からも侵入するのは困難だ。
「……ごめん、電話切るね」
彼女の返事も待たずに通話を止め、美沙の私室へ足を進める。
単純に考えれば上階の水漏れだろうけど、何か違う、そんな予感がした。
部屋のドアは開けっ放しだ。
そっと覗き込む。
「……――ひっ!?」
壁が一面、血に染まっていた。
――ビチャビチャ……ピチョン……ピチョン……
いや、今もなお一点から血が湧き出ている様に見える。
生臭い、鉄臭い臭気が辺りを包み込む。
「なに……何なのよ、コレはっ……!?」
血が溢れる。
血が流れる。
赤く染まる壁紙。
紅く染まる絨毯。
その発生源は…………ん? 何だろう?
壁に掛けられた、白い……靴下?
それを見た私の脳に天啓が閃いた。
このよく解らない状況を解決する為の一手は……!
「多い日も安心のさわやかナプキンが欲しい!」
私がそう願いを口にすると、靴下からポンっと音を立てて出てきたナプキンらしいモノがあっという間に辺りの血を吸い取ってしまった。
壁に染みた血も、絨毯に染みこんだ血も、もしかすると血以外のものも全部…………。
「……流石、日本製……!」
願いを叶えるサンタクロースの靴下?
でも靴下に入りきらないものは、決して破れない靴下の中で圧縮されてしまいます。
私の願いで現れたイケメン彼氏は靴下の中で圧死してしまったのです。
ん? まどかさんはまどかさんですよ?