09 ルドルフ・バーニ
「おい、アンタ」
「……はい?」
学園でいつものように平穏な日常生活を送っていた私のところへ、ある人物がやってきた。
「あら、ルドルフ様」
ルドルフ・バーニ伯爵令息。いわゆる騎士系、体育会系の攻略対象。
髪は赤髪で性格は良く言えば明るい。悪く言えばバカ。
短慮なところがあり、頭脳系ヒーローであるフィリップ様とは犬猿の仲。
あくまでゲームの設定ではね。
現実では、まぁ彼の為人は既に知っている。普通に知り合いだ。
そうはいっても本当に知り合い程度の関係なのだけど。
ちなみに、このルドルフ様こそがシルフィーネ様の婚約者である。
Oh……そのような無常なことがこの世に有ってよいものか。
シルフィーネ様のような美少女をこんなおバカさんに嫁がせるなんて。
私はさておき、お二人の婚約は破棄させてやりたいところ。
「ごきげんよう、それでは」
私は軽く微笑んでから、さっさと立ち去ろうとする。
君子危うきに近寄らずがモットーである。
伊達に破滅フラグ持ちの悪役令嬢ではない。
「待てって! 話し掛けてるだろうが!」
流石に囮の居ない状態でスタコラ逃げるのは無理か……。
前回はシルヴァン様を囮に使ったので逃げられたのだ。
さて、今回はどうしたものだろう。
「何か御用ですか、ルドルフ様。ちなみに私の名はアンタではありませんが」
「……アンタ、ヘレンを泣かせただろう」
「ヘレン?」
私は白々しく首を傾げる。誰それ分かんない。
「とぼけるなよ! ヘレンはヘレンだ!」
「はぁ、私の友人にはいらっしゃらない方ですわね……? どちらの方でしょうか、家名は?」
「だから、ヘレンはヘレンだ!」
「まぁ……。ルドルフ様はヘレンさんの家名さえご存じないと……?」
彼がヒロインの家名さえ知らないという部分を強調しておく。周りに聞こえるように。
ちなみに現在、私のクラスの教室に居て、目撃者多数だ。
たぶん、ルドルフ様はこの件で私にどういう噂が立つかとか何にも考えていないタイプである。
まぁ、それも前提が違えばという話だけど。
周囲から『やっぱりヘレンさんに興味があるワケではないのね』という声が聞こえる。
今日も今日とて、彼らは自ら墓穴を掘る日々だ。
私が掘らせている? あはは、そんなまさかぁ。
「もしやと思いますが、最近皆さんとご一緒にいらっしゃるヘレン・アウグスト嬢のことを言っています?」
「そうだよ! 他にヘレンなんて居ないだろ!」
居るでしょ、そのぐらいの名前なら。
いえ、まぁ実際に同世代には居ないけど。
「ふふ、ヘレンさんは皆さんととっても仲良しですものねぇ」
私は、あえて用件を話すように催促はせず、のんびりとした口調でそう返した。
「は? 当たり前だ、俺たちとヘレンの仲だからな!」
「彼女の家名さえ把握していらっしゃらないのに?」
「うっ……」
「でも、ヘレンさんとは仲良しですのよね? ルドルフ様」
「そ、そうだ! だから、」
「とてもとても仲が良いんですよね。もしかして特別な関係なのでしょうか」
私はあくまでのんびりとした調子でニコニコしながら自然な風にそう尋ねた。
攻略対象かつ、それなりにヒロインへの好感度が高い彼ならなんとなく返しは想像出来る。
「……別に。ヘレンとはそういう関係じゃねぇよ」
「でも仲は良いんですよね? ずっと一緒にいらっしゃるのですし。家名は把握していませんけど」
「だ、だから……! ヘレンとは……ただの友達だ!」
「まぁ、お友達ですか? あんなに親しげに過ごされていますのに?」
「アンタに関係ないだろ!」
「はい、私とヘレンさんには一切、何の関係もございません」
「あ……そうじゃなくて!」
関係がなかったらなかったで困るのよね、彼女のために私を怒りにきたのだから。
「ヘレンさんとは長く一緒に居るけれど、ご友人であると。特別に親しいご友人?」
「だ、だから別に特別に親しくなんて……!」
「ヘレンさんとは友人。まちがいありませんね?」
「そ、そうだよ! だから問題なんてねぇだろ!?」
「──では、フィリップ様とは?」
「……はぁ?」
ふふふ、悪役令嬢らしく? 私がどこまでもヒロインとの関係こそを追及するとでも思ったか。
本題はそこではないのだ。
「フィリップ様ともご友人なのですか? ヘレンさんと同じぐらい一緒に過ごされていますよね?」
「それは……別に……いや、そうかもしれないけど」
「では、フィリップ様ともご友人なのですか?」
「今、あいつの話が何の関係……」
「まぁ、答えられないと? ヘレンさんは友人扱いですのにフィリップ様とは否定する、それはつまりどちらかは特別な……?」
「別に! アイツとも友人……いや、あいつはいけ好かないだけの知り合いだ!」
「まぁ、いけ好かないのですか? ヘレンさんは『ただの友人』でもフィリップ様は『いけ好かない』なんて特別なご表現を……」
私はそこで恥ずかしさを誤魔化すみたいに口元を抑え、周囲の反応を窺う。
案の定『やっぱり! お二人は特別な!』という声が聞こえてきた。
ちなみにルドルフ様本人には届いていないご様子。都合のいい耳だわ。
「そうですか、フィリップ様とルドルフ様はそのような……はい、分かりました。ヘレンさんは友人。フィリップ様とのご関係は……はい、そのように」
私はここで謎のカーテシーをする。
全く意味不明なタイミングだ。謎カーテシー。
「はぁ??」
ルドルフ様も何がなんだか分からなくなってきている様子。
「ルドルフ様のおっしゃりたいことも重々承知致しました。今のやり取りでしっかりと伝わりましたよ。以後、そのように気を付けていきますわ、ありがとうございます。ええ、私、反省致しました」
「あ、ああ? 何だよ、分かればいいんだ……?」
貴方とのやり取りだけでは何が分かったことになるのか、さっぱりだけどね!
まぁ、本当に言わんとしていることは分かるのだ。
大方、ヒロインであるヘレンさんが彼に泣きついたのだろう。
そして正義漢気取りで悪役令嬢を糾弾しにきたといったところ。
現実の知識におけるルドルフ様の為人からして、正確な伝達などどうでもいいのだ。
何やら彼が怒って、私が反省したという、それだけで満足だろう。たぶん。
「では、これからはいっそう気を付けさせていただきますね、ごきげんよう。友情を大切になさっていて、とても素敵でしたわ、ルドルフ様」
「あ、ああ……?」
私が終始ニコニコ笑顔で対応したのと、盛大に話が逸らされたので混乱中のご様子。
さっさと離脱するに限るわ。
その後、この一件はもちろん噂になった。
しかし、その内容は。
「やっぱりルドルフ様はフィリップ様に特別な感情を!?」
「ええ、それにやっぱりルドルフ様ったらヘレンさんのことはどうでもいいみたい。だって家名も覚えていらっしゃらないのよ」
「まぁ、なんてこと。じゃあ、いよいよ本格的に『そういうこと』なのね」
「ええ、そういうことなのでしょう」
そうして彼女たちは口を揃えて言う。
「「「「ヘレンさんもお可哀想に……」」」」