08 ヘレンのお茶会
「……!」
私と攻略対象の一人、シルヴァン・レイト侯爵令息が図書館で会っていたと思ったのか、ヘレンさんはキッと睨んでくる。
一瞬、下手な言い訳でもしそうになったけれど、全くその必要がない。
「マリアンヌ様、ひどいです!」
「そうね! 分かったわ! アレクシス殿下を呼んできてあげるわね!」
「はぇ……?」
ヒロイン特有の? 『ひどいひどい』攻撃が始まりそうだったので勢いを被せるように返す。
「シルヴァン様、彼女が例の女子生徒ですわ。私、アレクシス殿下を捜して声を掛けてまいりますのでその間に彼女のお相手、お願いします。それでは」
「え」
ニコニコとそう言い切ってから私はスタスタと足早にその場を立ち去る。
ポカンとしたまま私を見送るヒロインと攻略対象。
残念なことに別に私はシルヴァン様狙いではないので、彼をヒロインへの生贄に捧げて囮とすることに躊躇はないのだ。
まぁ、あれだ。
恋愛やら結婚やらは無関係にしても、将来的に縁を持つかどうかは、まずヒロイン耐性があるかどうか見極めてからだろう。
じゃないと仲良くなってから『やっぱりヘレンのことが好きになって……』とか言われるからね。
なので、お父様に言って手を回して守ったものの。
ここでヒロインに絆されるようなら、シルヴァン様もそれまでの人だったということで。
それならば深く関わりにならないのがベターだろう。
なにせ私は悪役令嬢ですから。シビアにいかないと破滅するのである。
「ちょっ、まっ、待ちなさ……、待ってください、マリアンヌ様!」
待ちません。スタスタ。
「ちょっ……!!」
私が颯爽と去っていくのに追い縋ることが出来ないらしい。
せっかく会えたシルヴァン様がそこに居るのだものね。
可憐な姿を見せないとだわ。
私はさっさと彼らから離れて、そのまま……家に帰った。
アレクシス殿下? 捜しても見つからなかったナー。
あんなに帰りの馬車までまっすぐに進む道中、左右に目を向けながら捜したのにナー。
◇◆◇
悪役令嬢が去っていった。人の話を何も聞かずに。
(何なの、あの女!)
悪役令嬢マリアンヌ・オードファラン。
ヘレンは彼女のことを警戒はしていた。
逆ハーレムルートの攻略は順調だが、あまりにも手応えがない。
それは障害となることが起きなかったからだ。
何度かマリアンヌを挑発するように笑っても笑い返されるばかりで一切干渉してこず。
だからこそヘレンが警戒していたのは、彼女がまだ攻略出来ていないヒーローたちと縁を繋いでいる可能性だった。
残っていた攻略対象は二人。
その内の一人が、シルヴァン・レイト侯爵令息だ。
学園で会う機会の少ない彼の攻略が上手く進まなかったことは仕方ない。
いずれ出会いさえすれば他のヒーローたちのように落とすことが出来ると自信があった。
問題なのは悪役令嬢が裏で攻略を進めていること。
そして案の定、悪役令嬢マリアンヌはシルヴァンと隠れて会っていたのだ。
(『私の』なのに、手を出すなんて許せないわ!)
「シルヴァン様……マリアンヌ様と……会っていたんですか」
ヘレンは苛立ちを抑え込みながらシルヴァンに問いかける。
責めるような物言いになってしまったが、それも仕方ないことだと彼女は思う。
「……誰ですか? 俺の名を呼ぶ許可は貴方に与えていない。馴れ馴れしく呼ばないでくれ」
「あっ、ごめんなさい、実はよくアレクシス殿下たちとの会話の中に貴方の名前が出てきて……。シルフィーネ様の素晴らしい兄君だって、それでつい私も……」
「言い訳は不要です。今後、私の名を呼ばないでくれ。それだけだ」
ツンとした態度にヘレンは少々ムッとする。だが。
(まぁ、攻略が進んでないから仕方ないわよね。このツンツンした態度がどんどん変わっていくのが醍醐味なんだから)
「あっ、私はヘレン・アウグストって言います!」
「…………」
シルヴァンは不愉快そうにヘレンを一瞥した後、名乗り上げた名前に反応せず、この場を去ろうとする。
「ま、待ってください!」
ヘレンは去り行くシルヴァンの腕を掴み、引き止めた。
「私、貴方を怒らせてしまったんでしょうか……ごめんなさい」
「……手を離せ」
ヘレンは名残惜しそうにしながらも素直に手を離した。
一見、悪手のような行動だが、ヘレンには分かっている。
まったく無視されたまま立ち去られるより、不快に思われてもここは反応を引き出した方が勝ちだと。
シルヴァンは一言文句を言いたくなり、口を開こうとする。
だが、思い直してそのまま立ち去ることにした。
「……警戒されているわね。やっぱり悪役令嬢に会って何か吹き込まれたんだ!」
ヘレンはマリアンヌへ敵愾心を燃やし、彼女がそうくるのなら、と決意を固めた。
ヘレンは、基本的には学園でアレクシスたちと過ごしている。
だが、時には女子生徒とも交流している。
クラスメイトを始め、学園生徒たちはヘレンと彼らの関係に随分と協力的なのだ。
ヘレンはそれを『ヒロイン補正があるのね』と思っていた。
ゲームでモブだった人間たちは基本的にヒロインを応援する。
だから、邪魔になるとしたら悪役令嬢だけで、マリアンヌさえどうにかすれば障害はない。
そのように考えた。
先のシルヴァンとのようやくの出会いとマリアンヌが会っていたことを受けて、ヘレンは動く。
「今日は皆さんとお茶会なんて、とても楽しみですぅ」
「ふふ、私たちヘレンさんとは仲良くしたいと思っているのよ、でも貴方を独占は出来ないからね」
「ありがとうございますぅ」
モブには違いないが、気安いクラスメイトとも違う。
それなりに身分の高い……子爵家や伯爵家の令嬢たち。
男爵令嬢や平民からすればワンランク上の階級の令嬢たちだ。
そんな彼女たちにお茶会に誘われ、ヘレンは確かな手応えを感じていた。
まずは軽いおしゃべりから始まる。
集まった皆が熱心にヘレンの話を聞きたがった。
(ふふ、アレクシス殿下に寵愛されているんだもの。媚びを売ってくるわよね!)
「それで皆さんとはどのようなお話しをされるんです?」
「ええ、大したことはないんですよぉ。だって皆優しいから私の話を聞いてくれてぇ」
ヘレンは上機嫌だった。
このお茶会でマリアンヌのことを悪く言ってやろうと思っていたが、それよりも自分の話をすることに集中する。
「この前なんかフィリップ様とルドルフ様が喧嘩しちゃってぇ……」
「喧嘩? お二人が?」
「そうなんですよぉ、あの二人はなんていうか水と火のような」
「水と火のような」
「相容れないように見えてぇ? ちょっと意見が合わないことが多くてぇ。凸凹コンビってああいうのを言うんですかねぇ」
「凸凹!?」
「どちらが凸なのかしら、凹なのかしら」
「互いがライバル同士で、意識し合っているっていうかぁ」
「ライバル同士、意識し合っている……」
ゴクリと息を呑んでヘレンの話に聞き入る令嬢たち。
ヘレンはその反応にますます気を良くした。
「ほら、ルドルフ様って騎士じゃないですかぁ。だから単純で? 頭のいいフィリップ様とはそりが合わなくて喧嘩が絶えないんですよぉ。でも……お二人はそれでも仲がいいって私は思います! だってお二人とも、アレクシス殿下を支えようってそれだけ真剣なんですから!」
「まぁ! そうなのね。フィリップ様とルドルフ様は喧嘩しながらも、やっぱり仲がいい……?」
「ルド✕フィなのかしら、フィ✕ルドなのかしら」
「それでいてアレクシス殿下を……お二人で取り合って……?」
「ふふ、そうですね。殿下を慕っていて取り合っているんですよぉ」
「「「きゃあああ」」」
令嬢たちから興奮したように黄色い声が上がる。
「凄いわ、現実は思ったよりも進んでいるのね……」
「ええ、思っていなかった可能性が開けた気がするわ。ルドルフ様とフィリップ様がそんなに熱いなんて」
「ふふ、そうなんです、お二人は情熱的なんですよぉ」
(私に対してね!)
「情熱的なのね……はぁ、なんてことかしら、あの二人が……」
「ええ、こんな。とても過激な話を聞いてしまったわ。これから大変よ」
「あはは、大げさですよぉ、皆さん」
ヘレンは気分が良かった。
少々大げさなリアクションが気になるが、娯楽の少ない国なのだ。
こういう話が彼女たちにとっては大層お気に入りなのだろうと思う。
ひとしきり話して満足してしまいそうになったが、かろうじてマリアンヌのことを思い出す。
「そういえばこの前、マリアンヌ様をお見掛けして……」
シルヴァンと密会していたようなのだ、と。
第一王子の婚約者なのだ。きっと、それは醜聞になるはずとヘレンは思った。
ヒロインは肯定されるが、悪役令嬢は許されない。周囲の反応もそうなるはずだと。
「あら、そうですの。シルヴァン様ですか……」
「あの方、確か婚約者はまだ?」
「内々で話が進んでいるという話もありますけど、お相手が誰とは聞こえてきませんね」
先程までの熱狂的な反応が、スンッと冷めたような態度で淑女らしく話し始める彼女たち。
「まぁ、別に……マリアンヌ様なら良いのでは?」
「え? でも」
「シルヴァン様には婚約者がいらっしゃいませんし」
「でもでも、マリアンヌ様はアレクシス殿下の婚約者ですからぁ……」
令嬢たちが、きょとんとしてから互いに顔を見合わせる。
「…………ふふ、そんなことヘレンさんはお気になさらなくていいのよ」
「そうですわ、ヘレンさんはアレクシス殿下たちと仲良くしていてくださればいいの」
「え、え? でもシルヴァン様が迷惑しているかもってぇ……」
「シルヴァン様が? それはどうでしょう。まぁ、あの方も大人ですから、嫌ならご自分で対処しますよ」
思ったような反応を得られず、ムッとするヘレン。
だが、何となくそのまま話が尽き、茶会はお開きになってしまった。
誰よりも早くヘレンはその場を立ち去る。
(何よ、せっかくいい気分だったのに!)
最後に水を差されてしまったと思ったのだった。
ヘレンが去った後も令嬢たちの話は続く。
「シルヴァン様も仲間入りさせたいのかしら、ヘレンさん」
「あの方も美しいですからね。本当にあのグループが彼女中心なら分からなくはないですけど」
「実際は……ねぇ?」
「ええ、本当」
「「「ヘレンさんもお可哀想に……」」」
「それよりも」
「ええ、それよりも大事なことよ」
令嬢たちは顔を見合わせて頷き合い、そして声を上げた。
「「「ルドルフ様とフィリップ様の関係が熱いわ! 新たな可能性の扉が開いたのよ!」」」
その後、数時間に渡り、二人の『可能性』が熱く語り尽くされたのだった。
日間一位、ありがとうございます!