07 イベント
「やっぱりアレ✕フィが主流よね」
「えー? 絶対ルド✕フィよ」
ん! んんんん……?
今、何か前世で聞いたような表現を聞いた気がする。
それは昼下がりの教室の、なんてことない生徒たちの会話からだ。
「フィリップ様はやっぱり愛される方なのかしら」
「あのグループでは小柄ですからね。ダンスレッスンの時もだから女性パートを……」
やはり間違いないわね。アレ✕フィ、ルド✕フィとは……カップリングだ。
攻略対象は5人と加えて隠しキャラ一人。
その内、学園内で噂になっているのは四人だ。今のところ。
アレクシス・リムレート第一王子。
フィリップ・ラビス侯爵令息。
ルドルフ・バーニ伯爵令息。
ロッツォ・ニールセン、商会の子息。
即ち『アレ✕フィ』とは、アレクシス殿下とフィリップ様のカップリング。
『ルド✕フィ』とは、ルドルフ様とフィリップ様のカップリングだ。
私が広めた『薔薇』関連の小説がにわかに流行り始めた昨今。
色々と使いやすい現世の表現方法を盛り込むことになった。
別に私は広めた物語の作者ではないけど。
薔薇という表現とカップリング表記は、まぁ何を書かせたいのかを説明する時に使い易かったから。
それが浸透してしまったのだろう。
ちなみに男性同士の恋愛において、この表現方法では順番が大切になってくる。
それは今世でも同じだ。
ほら、刺す方と刺される方は大きく違……。
コホン。
ともかく、四人というのがミソである。
二人でもない、三人でもない、四人。
四人の組み合わせは無限大だ。左右逆も含めたら倍。
アレ✕フィ、アレ✕ルド、アレ✕ロツ……と、これだけでも三通り発生するわ。
でも、四人の内で小柄な方であるフィリップ様がいわゆる女性パートになるのが主流のようだ。
何だ、主流って。
それは『生物』だから危険よ。
『せいぶつ』でも『いきもの』でもなく『なまもの』ね。
前世と違い、様々な紆余曲折を経て浸透した文化ではない。
私が意図的にその文化を流行らせた形なので、カップリング論争はまだ泥沼化はしていない、はず。
たぶん、ここからが地獄である。
ゲームのヒーローたちは、今日も学園の話題を独り占めしているようだ。
うんうん、きっとゲーム通りの光景ね。
シルヴァン様はどうにかあの『選ばれし男性の会』改め『薔薇の会』のメンバー入りを避けられている様子。
シルフィーネ様に守られているのか、はたまたお父様が手を回してくれたのか。
反面、他の四人はもはや『そういう四人組』と見られている。
最早ヒロインであるヘレンさんは空気だ。あくまで学園の噂の中では。
逆ハーレムルートで本人は『私こそが世界の中心よ!』とでも言わんばかりなのだが。
「「「「ヘレンさんもお可哀想に……」」」」
日に日にヘレンさんには陰で同情が集まっている。
何だったら彼らの噂話の結びは、彼女を哀れむのが習わしのようになっていた。
同情されているせいか、皆はヘレンさんに優しい。
最早マナーがどうこうとか誰も気にしていない。
彼女には、その天真爛漫な態度で『薔薇の会』を支えてほしいと思われている様子。
何だかんだで話題にしたいメンバーなのよね、彼らって。
元から華がある人たちなのだ。
いかんせん、今はそれがあらぬ方向にいっているけれど。
ところで彼らの耳にはいい加減、この噂は聞こえてこないのだろうか?
お父様にまで、つまり学園の外にまで広まっているワケなのだけど。
まぁ、私が動くことはないし、教えることはないけどね。
主なイベントは、ヒロインとヒーローたちがやることである。
彼らの誰とも関わりと持っていない私は、せっかくゲーム知識があっても、それを活かす場面に遭遇しない。
そう思っていたのだけど。
「オードファラン公女、ご無沙汰しております」
「あら、シルヴァン様?」
シルフィーネ様と同じ銀髪に赤い瞳。
レイト侯爵家の嫡男で今は王宮で文官勤め、将来は侯爵。
そして、何より攻略対象の一人である。
そんな彼が何故か学園にある図書館に現れ、私と出会った。
ちなみに元から顔見知りだ。
はて、図書館でシルヴァン様のイベントなんてあったかしら、と首を傾げる。
いえまぁ攻略対象との出会いすべてがイベントなワケはないのだけど。
「その……何やら、俺を庇っていただいたようで。まずは感謝をさせてください」
「はい? 何の話でしょう?」
シルヴァン様を庇ったとは。
「オードファラン公爵が学園の不穏な噂に巻き込まれないようにと忠告してくれました。それが公女がそう言っていたからと」
「ああ……」
流石にシルフィーネ様の実家が没落というのはあれだから注意してもらっていたのよね。
没落するとは限っていないけど。
「公女は平気ですか?」
「平気って?」
「……アレクシス殿下が別の女性を囲っていると」
「まぁねぇ。でも、学園の皆さんはそのことで私を見くびったり、蔑んできたりはしないから。皆さん分別がありますわ」
「……その原因がそもそも貴方のような」
それはどうかしら。
皆さん、何とも食いつきが良いというか。
正直、ここまで浸透するとは思っていなかった噂がいつまでも根強く残っている印象だ。
いえ、私がちょこちょこ火に油を注いでいるのが原因なのでしょうけど。
「どうなると思っていますか?」
「どうって?」
「殿下と貴方の婚約関係です」
「まぁ、恐ろしい質問ね。王家と公爵家が結んだ婚約が何ですって?」
「貴方の気持ちに関しての話ですよ」
「別にどうとも。基本的にはアレクシス殿下次第だと思っていますわ」
「殿下次第ですか……」
アレクシス殿下がどこまで本気なのかよね。
風聞は横に置いておいて。
恋で頭がいっぱいな彼らには周りの声が耳に入らない様子。
でも、生温かい目で見守られているヘレンさんは今のところ、誰からもいじめられていない。
皆、ヘレンさんのマナーとかもうどうでもいいと判断したのだ。
むしろ下手に淑女として成長されては、薔薇の会が解散になるかもしれない。
そんなことはさせられないとヘレンさんはありのままを許されている。
これといって盛り上がるような不遇なイベントが起きなくなってしまったワケだけど……。
まぁ、別に彼らの攻略は出来ているみたいだからね。
「……あまり彼らに貴方が近付くのはお勧めしませんが。気になるなら見てみますか? 噂のヘレンさんと麗しき薔薇の貴公子様たちを」
「いえ、けっこうです」
ピシャリと断じられてしまった。
中々に好感度がマイナスだ。
ここからルート入り出来る保険があるのかしら?
「あっ」
「ん……? あっ」
そんな風に他愛もない会話を続けていたところ、ヒロインことヘレンさんが私たちを見つけて声を上げた。