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60 ただ確実に失われた一つの未来

「陛下、最後にアレクシス殿下たちによろしいですか?」

「ああ」

「殿下の枷を外してあげてください」


 私のお願い通りに殿下の枷が外される。


「アレクシス殿下」

「……マリアンヌ」

「見ていた夢は醒めたものとお見受けします。だからこそ今、貴方に伝えるべきことを」


 生気のない顔をしている殿下だけど。


「アレクシス殿下、ルドルフ様、ニールセンさん。貴方たちは今、別に生徒たちに嫌われてはおりません」

「……は?」

「よく聞き、考えてくださいな。会場の皆さん、別に貴方たちのことを悪く言っているワケではありませんのよ。ただ今までの貴方たちの振る舞いから、そういう風に見られていただけのこと。確かに陛下は貴方に罰を与えられました。そもそも婚約破棄を勝手に宣言するというのも私たちの場合は良くないことでしたものね。しかし、間違えてはいけません。貴方は王族としての立場を一時凍結されただけということを。すべてを奪われたワケではないということを」

「…………」


 私は、殿下たち四人を見回す。


「実は私からは今回の件、貴方たちをこれ以上は責められないのです。だって聞きましたでしょう? 貴方たちは『真実の愛』を貫くと覚悟を決めた人たち。それでしかない。少なくとも『公爵令嬢を陥れた悪辣集団』なんて誰も噂していません。ヘレンさんもそうですよ? 彼女は可哀想で、哀れな人としか思われていない。でも気を付けて。この噂を覆して貴方たちが得することはありません。そうでしょう? 『不貞行為をした上、婚約者を陥れる王子』『公爵令嬢に身分を弁えず暴言を吐く身の程知らずの騎士モドキ』『調子に乗って身分差が覆ると思っていた馬鹿な男爵令嬢』。ニールセンさんは……まぁ、似たようなものね。そんな風に言われるよりは現状の方が遥かにマシでしょう。そして、この噂が成立している以上はオードファランから貴方たちに罰を求めない、求められない」


 彼らが事件を起こしたりすると、ファンが嘆くからね。

 そうするとせっかく芽吹いた文化が廃れてしまう。

 そんなことになれば人類の文明開化は先延ばしにされてしまうわ。

 ですので不祥事NGでお願いしたい!

 せめて、次のジャンルという概念が彼女たちに芽吹くまで!


「あとは……生粋の王族であるアレクシス殿下には受け入れがたいかもしれませんが。意外と市井で暮らすのも悪くありませんよ? 少なくとも私は将来、公爵家を出て、市井で暮らすことも視野に入れていますから」

「え……?」


 私がそう言うと、殿下やヘレンさんは驚いたような顔をする。


「驚くことはないでしょう? 陛下がおっしゃったように私はもう王族に嫁ぐ予定はありません。ならば家を継げない貴族子女と同じように自分で自分の身を立てる人生を模索しなければ。ルドルフ様が騎士を目指しているように。あ、ちなみにルドルフ様も別に騎士の道が断たれたワケではありませんので。性格的な面には矯正が必要ですが、ルドルフ様が実力もあり、また才能もある騎士だということは私もヘレンさんも分かっていますから。ね、ヘレンさん?」

「は……はい……。マリアンヌ様のおっしゃる通りです……」


 まぁ、殊勝な態度になってしまって。


「…………」


 当のルドルフ様は目を見開いて私たちを見ている。

 この反応はあれかしら。

 私にまでその実力を認められているとは思わなかった、みたいな。


「そう。今回の件で失われたことは、実は多くはありません。アレクシス殿下の王族籍が剥奪されず、ただ凍結されただけということは当然、返り咲く未来もあり得るということです。むしろ市井で苦労し、民に寄り添ってみせることで彼らの生活を、苦労を、その心を知れば『この王子ならば支持する』と考える者も増えるかもしれない。貴方たちに必要なことは謙虚さです。実力や才能はあるのですから。しかし、性格的な面がきちんと矯正されないなら貴方たちは破滅するでしょう。ねぇ、ヘレンさん? 傲慢なヒーローってロクな末路を辿らないのがセオリーじゃない?」

「……それは……そう、ですね」

「ヘレン?」

「というワケで! 諸々のしでかした件の罰が軽いままでいたいなら、大人しく陛下の裁定を受けて、苦労されることです。どうか間違いを正し、その才覚を将来、国の役に立ててくださいませ。貴方たちの未来は、それほど暗くはない。ただ、何もかもが用意された安定した人生ではなくなっただけのこと。努力次第でいくらでも覆せるものに過ぎない。分かりますよね? アレクシス殿下。貴方は、ただ少しの間、陛下にお仕置きを受けて謹慎している状態に過ぎない。その上、周りからも嫌われていないし、蔑まれてもいない。皆さん、貴方たちを『下』には見ていなかったでしょう? むしろ、愛を貫いた人たちと思ってくださっていたでしょう?」


 ヘレンさんが対象ではなかっただけの話。


「プライドが傷ついたとも思わなくていいんじゃないでしょうか。だって、ヘレンさんとアレクシス殿下たちが恋愛感情を抱き、結ばれることは運命みたいなものです。そんな運命の人や、友人たちと共同生活で学生生活ですよ? むしろ楽しんでもいいのでは? ねぇ、ヘレンさん。噂はさておき、ある意味で面白い生活になると思わない?」

「えっと……」


 女性向けというより男性向けなジャンル?

 いや、男女比がアレだからやっぱり女性向けかな?

 ある日、イケメンたちとルームシェアしながら学生生活を送ることになっちゃって!?

 私、これからどうなっちゃうのー!? と。

 最初は金持ちの顔だけバカなんだけど、優秀さもあるから段々と生活が向上していくストーリーだ。


「うん。やっぱり、まだまだヒロインっぽい生活じゃないかしら? これできちんとアレクシス殿下たちが生活に慣れてきたら、中々に悪くなさそう。市井の夫婦プレイとでも思っていれば盛り上がるかもしれないわ。アレクシス殿下、身分の低い者としての苦労を楽しんでみるのもいいかと思います。そうして、学生生活の終わりと共に王族籍が返ってくるんですから。むしろ、これは大チャンスでは? しっかり民の生活に寄り添うことが出来たなら、大きな経験となり、貴方の言葉は価値を持つでしょうね。『私は二年間、市井で暮らしていたから分かるのだ』と。議会での発言でも、無視出来ない意見となります。壮大な領地の視察みたいなもの……とも言えるのでは? 身分を隠して市井の民に溶け込み、愛する者や友人と苦労して暮らすのです。あー、考えていくとけっこう楽しいライフスタイル! それもアリでは!?」


「マリアンヌ、キミは……」

「マリアンヌ様?」


 まぁ、すべてはこれからの彼ら次第ということだ。


「ふふふ。今回の騒ぎで、確実に失われた未来は『マリアンヌ・オードファランが未来の王妃となること』だけ(・・)なのです。ついでにアレクシス殿下が将来の妃候補を失いましたが、それはご愛敬。貴方たちが嫌われず、これ以上の罰もない以上、すべてを取り戻す道はある。まだまだ人生はこれからで、貴方たちは若いのだから。だから落ち込み過ぎず、しかし反省はして、謙虚に頑張っていってくださいな。私も私で、今後の人生設計を色々と考えていきますのでお互いに頑張っていきましょう?」


 彼らが前向きになって生活していれば、それだけ皆さんの燃料……ネタ……励みになるからね!


「ねぇ、ヘレンさん。悪役令嬢マリアンヌがその未来を失ったと思えば、きちんと原作再現していると思わない? ヒロインの貴方は想い人と一緒に暮らせるようになってハッピーエンド。その先の生活に苦労が付きものなんて、どんな人生でも同じこと。これ以上を望むことなんてないわよね?」

「は、はい……マリアンヌ様」


 私の言いたいことは、これぐらい。

 これからの私は……まぁ、好きに生きていくつもり。


「それでは皆様、今日までの一年間、とても楽しませていただきました。皆様の未来にどうか幸あらんことを」


 カーテシーをして、陛下の許可を得て、私は彼らの前から去る。

 終幕というヤツね。物語はここで幕を閉じて。


「お嬢様、パーティー会場に戻るのでしたら私がエスコート致します」

「あら、そうね。お願いするわ、フィリップ様」


 私はフィリップ様に手を取られて、パーティー会場へ戻る。


「……お嬢様にはお説教があります」

「はい?」


 お説教とは。


「しかし、その前に。今夜のファーストダンスを申し込みます、マリアンヌ様」


 そういえば年度末パーティーはダンスの時間もあった。

 制服で来ている人も居るから、本格的なものじゃないけど。

 パーティーらしく雰囲気に沿ったものね。


「ええ、お受けしますわ、フィリップ様」


 パーティー会場に戻り、ダンスの時間になって。

 やっぱり、ここはあの真っ赤でド派手な悪女ドレスを着てくるべきだったかな、なんて。

 そう思うのだった。


終わ……らない!


本日、私の作品『人生をやり直した令嬢は、やり直しをやり直す』のコミライズ、

漫画家あさふみ先生の描いたコミック2巻が発売です!(宣伝)

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― 新着の感想 ―
読者まで丸め込むマリアンヌの話術。
世の中にはね、両刀使いという人もいるみたいだから 男色家から、両刀使いジャンルへ移行もあるかと ヘレンさんに絆されちゃって、うんぬんカンヌンってシナリオいくらでも作れるでしょー だから、王太子に…
見事な詭弁! マリアンヌ様の巧みな話術で丸め込まれそうでした(笑) ドレスをこそ泥する真似をするような人格がチャンスをもらったところで 国家元首の器ではないと思うけど… 国の行く末なんて知ったこっち…
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