06 薔薇
順風満帆な学園生活が続いている。
いえ、彼らは相変わらずなのだけれど。
その悪影響があまり広がってこないのだ。
それはそうと、ヒロインが逆ハーレムルートの攻略をし始めてからそれなりの期間が過ぎている。
「それにしては……」
気になる点がある。
まず、シルフィーネ様の兄君であるシルヴァン様の攻略が進んでいない様子なこと。
もっとあっさりと攻略されて彼らの仲間入りかと思っていたけど。
あとは、そろそろ他の動きもありそうなところだ。
案の定、私は父に話を聞かれることになった。
「……最近、アレクシス殿下とはどうだ? マリアンヌ」
「可もなく不可もなし、でしょうか」
「……良からぬ噂が出回っているようだが?」
「まぁ、それはどういったものです? 学園では様々な噂話がありますけれど」
「……殿下や、その側近たちがある男爵令嬢に入れ込んでいると」
「まぁ、それは噂されても仕方ありませんわね」
「お前は、それについて何の動きもしていないらしいが」
「お父様、そんなものは若い内だけですよ。学生の間は遊んでいたい、どうせ結婚は私とするのだから今ぐらい自由にさせてくれていいだろう、と。そういうものですから。ですので今は我慢してあげる時ですよ」
「うん……それをお前が言うのか? 言われる側ではないか、普通?」
あるある。
悪役令嬢ポジションというか、王子の婚約者で浮気される令嬢が国王や王妃様に言われるやつね。
「ひとまず殿下たちには今、何も干渉しないのがベストだと考えています」
「……何やら殿下たちが、男色家の集まりではないかという噂もあるのだが……」
「彼らは見目が麗しいですからね。綺麗な人たちが集まっているだけで、そう邪推されるのはままあることです。かといって、それを対処すべきなのは私たちではないでしょう? 殿下たちが自力で対処すべきです」
「お前からやんわり伝えるべきではないか?」
「お父様の耳に入るような噂を殿下が把握していないと? その方が問題ですよね。側近を変えてもらうべきではないでしょうか。いえ、彼らも今は対処を考えているところかも……? ならば、やはり様子見が良いかと」
「うーーーむ……」
まぁ、流石にあの噂がこうして学園外にも届くようになったワケだ。
果たしてこの方向でいつまで平穏が続くのか。
「まだ私たちが動くのは早いですよ。大きな問題を起こしたワケではありませんし。それよりもお父様、二、三お願いしたいことがございます」
「何だ?」
「まず、シルフィーネ様のお兄様なのですが……」
「シルヴァン卿がどうかしたか?」
シルフィーネ様の兄、シルヴァン・レイト侯爵令息。
彼は年上枠の攻略対象だ。
妹のシルフィーネ様が私やヒロイン、アレクシス殿下と同学年だからね。
彼は現在、王宮にある部署に文官として勤めている。
前世で言えば既に社会人だ。
同世代の恋愛事情からすると、ちょっと魅力的に映る年代感である。
とはいえ、ずっと王宮で働くワケではないはずだ。
何故なら彼は侯爵家嫡男なので。
間違いなく優良物件枠。
彼はハズレヒーローではなく当たりヒーロー枠だ。
そんなシルヴァン様だけど、果たして気になる婚約者は……なんといらっしゃらない。
そんなバカなと言いたくなる。
妹のシルフィーネ様の婚約は決まっているというのに。
ゲーム的に考えるとヒロインと結ばれるためにフリーなのだろう。
じゃあ殿下も婚約者いらないでしょ、と言いたい。流石にそれは現実的ではないけど。
まぁ、そんな当たりヒーロー枠で今も特にヒロインに侍っていないというのだから、狙い目のようにも思える。
ただ、ねぇ。
彼にアプローチしてもヒロインに絡まれそうだし、余計な火種になりかねない。
無理して攻略対象から次の婚約相手を見繕う必要もないのだ。スルーが吉だろう、うん。
「おそらくアレクシス殿下のグループに目を付けられていると思います」
「うん……?」
「無駄に学園に通うように言われるかも?」
「何だそれは」
逆ハーレムルートだからね、そりゃあ声掛けるよね。まだ上手くいっていないのは学園生活が充実しているからかな?
「変な問題に巻き込まれると、レイト侯爵家の嫡男がダメで、シルフィーネ様の婚約者もダメで、という地獄のような環境になりかねませんので……何かしら手を打ってほしいです」
「自分の心配をせずに他家の心配か……」
「シルフィーネ様は友人ですから」
「まぁ、分かったが」
「それと、私の悪評が少しでも広まる様子がありましたら陛下公認の者たちに私の監視をしていただいて、その記録を残すように言っていただけますか?」
「……それは?」
「まぁ、常套手段ではないですか。アレクシス殿下に私のありもしない悪評を吹き込んで破局させるなんて。あ、その際はシルフィーネ様も監視していただいた方が良いかもしれません」
「……分かった。今すぐでなくていいのか?」
「噂が立ち始めてからでも良いかと。今のところ、彼らや彼女の好きにさせていますから」
この状況でわざわざ私の悪評を広めるのは悪意がある。
その際はまぁ、対処せねばならない。
「あとは……ちょっと広めてほしい題材の物語があります」
「物語??」
お父様は首を傾げる。
まぁ、これはちょっとした実験だ。
前世ではそれなりに認知されていたけど、あれはあの時代であの国だったからな気もする。
果たしてこの国で広がるかどうか。
私はいわゆる男性同士の恋愛を中心とした小説や演劇作品を世に出してみることにしたのだ。
前世では、創作に取り組んだことはあまりないので、依頼を出す形。
その際、前世の日本にあった表現である『薔薇』という言葉を浸透させたらどうなるのかなーと。
こういうのは言いやすい言葉があると流行るものだから。
一応、この国の宗教関係では問題ないはず……うん。
広がり過ぎたら規制されるかもしれないけど。
大人しく平穏に過ごしていればいいだけとも思うけど、何だかここまできたら……ほら。
ちょっとね。
だって本当に綺麗にあの噂が広まっているんだもの。びっくりするぐらいに。
だから、ちょっと火に油を注いでみたくなったというか?
公爵令嬢だし、悪役令嬢だし、好きに出来る力がある。
なのでちょっとした遊び心だ。
そして。
しばらくした後、見事に『薔薇』は浸透していったのだった。