58 真実の愛
パーティー会場を出た私たちは、会議室らしき場所へ移動する。
そこには先客が居た。
「父上……? 何故」
「父さん……!?」
「え、お父さん!? なんで!」
会議室に居たのは、私のお父様ことオードファラン公爵、宰相閣下、バーニ伯爵。
顔を見たことはないけれど、今の反応的にニールセン商会会長、アウグスト男爵ね。
つまり薔薇の会メンバーたちと、私やフィリップ様の父親たちが勢揃いしている。
「全員、座れ」
陛下に命じられ、渋々と彼らがそれぞれの父親の下へ着席する。
私たちに遅れて王妃様も会議室に来られたわ。
私やフィリップ様とお父様、宰相閣下は陛下たちの側に座る。
「父上! さっきの話は一体何なのですか!」
「まず、順を追ってだ。事実確認から始める。それまで口を閉じていろ、アレクシス」
「は、はい……」
アレクシス殿下に会場で言い渡された処遇は、王族としての権利の一時凍結。
今後、彼のことは準男爵相当の一貴族として扱うこと。
王宮から出て、ロッツォさんが用意した屋敷で暮らすこと。
そこに王宮から使用人は連れていけないこと。
監視が付くこと。
同行者は、ルドルフ様、ロッツォさん、ヘレンさん。
これらの処遇は詳細を追って、各貴族家へ通達することだ。
身分についてだけど。
現在のリムレート王国にある爵位を大雑把にまとめて。
公爵>侯爵>伯爵>子爵>男爵という身分差で、基本の五爵位があって。
そこに辺境伯という特別な爵位や、王宮に務める文官に与えられる文官爵。
騎士たちに叙される騎士爵などがある。
文官爵や騎士爵は、世襲制ではない一代限りの爵位。
それらの階級は、基本的には男爵の下だ。人によってそれ以上の扱いの場合もある。
アレクシス殿下の言い渡された『準男爵』はというと。
名前の如く、男爵の下の身分。文官爵や騎士爵よりは、少し上。
そういった爵位だ。基本の五爵位基準だと末端貴族といえる。
ただまぁ、あれだ。世襲のものであっても爵位とは個人が持つものである。
公爵位を有するのはあくまでお父様ことジオルド・オードファラン。
じゃあ、その娘でしかない私は正確には何なのかという話もある。
貴族子女は無位無官だ。それでも貴族。ある意味で子供たちは皆、準男爵扱いでもあるのよ。
本当はちょっと違うけどね。
ほら、爵位を継げなければ結局は同じみたいなこと。
だからこそ皆は苦労したり、奪い合ったりするのだ。
でも、無位無官だからって公爵家や侯爵家の子を愚弄して親や家門が動かないわけもないので、正確な爵位の名前ではないけれど『公爵令嬢』『侯爵令息』など親に準じた身分だとも言えるわ。
準男爵となった殿下は、今よりは格段に扱いが落ちるのは明白。
でも、だからといってそこまで蔑ろにしていいかというと微妙。
彼の身は、まだきちんと守られるということだ。
しかし、期待もされないだろう。
少なくとも王太子になることはないだろうと貴族たちは考える。
それだけでプライドの高い殿下には耐え難いことかもしれないわね。
「まず、昨日の時点でアレクシスとマリアンヌの婚約は正式に解消している。よって、アレクシスが会場で宣言した婚約破棄は無意味だ。既に二人は婚約していなかったからな」
改めて陛下からそう伝えられると、ヘレンさんが私を睨み付けてくる。
なぁに? これぐらいはやるだろうって分かっていたはずでしょう?
お互い、転生者なんだってバレバレだったんだし。睨まないでほしいわね。
「し、しかし、私はそのことを聞いておりません、父上」
「言っていないからな。だが今、伝えた」
「ぐっ……」
「既に婚約解消しているところを、お前はわざわざ破棄を宣言したわけだ。恥をかいたな、アレクシス」
「先に言ってくださっていれば良かったではないですか!」
「そもそも婚約破棄など、お前が勝手に宣言していいと思っていたのか? 先に言っていてもいなくても、それが問題なのだ」
「う……」
陛下を前にたじろぐアレクシス殿下。
「お待ちください、陛下!」
そこでやらかすのがヘレンさんだ。あるあるパターンね!
イケイケ、ヒロインちゃん!
空気は読むものじゃない、破壊するものだ!
「会場で宣言してくださったようにアレクシス様と私は『真実の愛』で結ばれているのです! 会場の皆さんだって、あんなに祝福してくれて……!」
「ぶふっ!」
私はツボに入ってしまい、吹き出してしまう。
だって絶対に今、パーティー会場で盛り上がっているわよ。『真実の愛』について。
ハァ、面白。ヘレンさんもお可哀想に。
「……マリアンヌ、何を笑うことがある? 私に見限られたからといって、嫉妬してヘレンを侮辱するなど」
「あー、はい、そうですわね。アレクシス準男爵閣下」
「貴様っ!」
「アレクシス! 座りなさい!」
「ぐっ、母上……」
カッとなって立ち上がった殿下は、王妃様に窘められて渋々座り、私を睨む。
ちなみに陛下たちにはある程度、予測される言動パターンを事前に話している。
こういった場面でヘレンさんが身分などに構うことなく発言するだろうことも。
なので『陛下を前にして勝手に口を開くな!』というお怒りはあってないようなもの。
本当にやりやがったな、もういいってコイツ……と思われているだろう。
モンスターに対する予習はバッチリなのだ。
「笑うに決まっているだろう。私も他人事であれば笑い飛ばしていた」
「父上! 私は真剣にヘレンのことを考えて……!」
「そうか。では、彼女と共に屋敷で暮らすことは問題ないな?」
「あ……! そ、それは……」
先程の通達を思い出したのか、アレクシス殿下はたじろぐ。
「な、何か誤解がおありでは……」
「何の誤解がある? お前は『真実の愛』とやらを貫くのだろう? マリアンヌとは既に円満な婚約解消が済んでおり、お前たちの暮らす家も決まっている。そら、お前たちが望んだ通りだろうよ。違うか? そうなることを望んでいたんだろう?」
「そ……う、ですが、その。私の王族としての権利の凍結というのは……」
「お前たちには必要なことだ。お前たちは権力を持たせたままでは何も変わらない。故に、市井の民のように苦労してみよ。なに、生活は自らで支えていかねばならないが、護衛に付いてはきちんと付けておく。それにバーニ伯爵令息も共に居るのだ。だから安心だろう?」
国王陛下がアレクシス殿下の処遇を覆す気はないということが、嫌でもアレクシス殿下には伝わったようだ。
何ともいえない悲壮感を漂わせている。
実際に罰を宣告されると多少は大人しくなるのね。
でも、これで目を覚ますかは微妙かもしれない。
「そ、そもそも何故なのでしょう?」
「何がだ?」
「私とマリアンヌの婚約を解消した理由です。私は以前、解消は望まないと伝えておりました」
「お前は今日、マリアンヌとの婚約を破棄しようとしたはずだが? 何故そのような不満が出る?」
「ふ、不満ではなく……。何故なのかと」
「お前の予定が崩れたから不満と言いたげだがな。そんなにマリアンヌを貶めたかったのか?」
「ち、違います……」
違うのかしら?
正直、アレクシス殿下のその辺りの心情は不明なのよね。
「お前とマリアンヌの婚約解消の理由だがな。もちろん、お前たちの普段からの折り合いの悪さはある。学園ではほとんど互いに交流を取っていなかったようだし、別の者と仲睦まじく過ごしていた」
「それは、マリアンヌだって」
「だが、最たる理由はそれではない。以前のパーティーでの一件こそが最たる理由だ」
「パーティー?」
「婚約者が居る者は婚約者をパートナーにするダンスパーティーがあっただろう。お前はあの時、明確にマリアンヌを貶めようと画策したな?」
「な、何のこと……」
「既に証拠は掴んでいる。マリアンヌが用意させたドレスを盗ませて隠し、それと酷似したドレスを作らせ、そちらの女に着せていたな? あれをやったのはお前の意思だ、アレクシス。証拠もある。言い訳をするなよ?」
「っ……」
「よくもまぁ非道なことを考えるものだな。マリアンヌがあの時、お前が用意させてその女に着せていたドレスが『盗まれたドレス』だと騒ぎ立てていたら、どうするつもりだった? お前は堂々と正式な調査をさせ、隠していたドレスは返しておき、マリアンヌが一方的な言いがかりを付けたのだと広めようとしただろう。マリアンヌの評判を落とした上で、彼女に屈辱的な謝罪を強要するつもりだったな? 今後もその女に対する不満を零そうにも、マリアンヌが言い難いものにするためだ。結局、その悪辣な策もマリアンヌに見破られ、対処されて終わったがな? どう転んでも醜悪な上、情けない。策を見破られなんだなら、ある意味で上に立つ者としての才覚ありだったろうがなぁ……。見破られ、華麗に躱されるような企みなど最低の評価だ」
「ぐ……」
アレクシス殿下は悔しそうに黙り込み、ヘレンさんはバレていたことがショックのように青ざめる。
「その一件が婚約解消の理由だ。本当ならば、もっと早くにお前たちの婚約解消は成っていた。そんなことまで企てる婚約者など要らないだろう? 今日までは、マリアンヌへの意趣返しと取れなくもない状況だった。しかし、お前はマリアンヌのしてきたことを何も分かっていなかったと証明したのだ。お前は、ただ彼女を貶めようと画策していた。婚約解消するのは当然だろう。当時、パーティー会場にはマリアンヌの隣にオードファラン公爵も居たのだぞ? 黙っているワケがないだろうが」
なんていうか。
色々あったけど、やっぱり厳しかったのよね、私たちの関係。
「……なぁ、アレクシス。今も同じ気持ちなのか?」
「え?」
陛下がアレクシス殿下の様子を窺うように声を掛ける。
責めるような声色ではなく、心配するような。
「先程までの自分の言動について、何か疑問を抱いたりはしないか」
「な、何のことでしょうか」
「すべてだ。この一年間を思い返してみよ。自分が何故そんなことをしてきたのか。本当に自分の意思で行動出来ていたのか。或いは、抱いている感情は今も本当に同じものなのか。愛だろうと何でも構わない。本当にお前はその感情を今も抱いているか?」
私の訴えていたことの最終確認ね。
ゲームのエンディングは確かに迎えた。
強制力があるのならば、ここで終わりだろう。
少なくもヒロインの進む道で、具体的な内容はこの先にはない。
「仰っている意味が分かりません」
「……その男爵令嬢を今も愛しているか?」
「はい! もちろんです!」
「アレクシス様……」
ヘレンさんと見つめ合うおバカさん。
「では、マリアンヌとの婚約解消に異論などないな?」
「……! いや、しかし私は」
「ああ、先に言っておく。マリアンヌは王子妃にはならない。次代の王妃になるつもりはない、というのが当人の考えだ。私はそれを尊重する。故に、いくら公爵家の後ろ盾ある身分だったとしても、彼女を伴侶にする者が王になることはない。お前が再びマリアンヌと縁を結ぼうが、それが理由でお前が次代の王になることはない」
「は……? そんな、何を」
「それが今回の件で、王家からの慰謝料代わりのマリアンヌへの補償だ。彼女の希望を叶え、彼女は絶対に王妃にはならない立場となった」
「……!! そんなことが! 勝手ではないですか、身分には義務が」
「黙れ」
「……!」
陛下の怒気を孕んだ一言で黙らされる殿下。
「言っていておかしいと思わないのか。これ以上、マリアンヌに干渉するな。何かを主張する理由にも使うな。ウンザリだ。お前は本当なら、もっと重い処罰も考えていたのだぞ。廃嫡することだって考えていた。それを今まで止めていたのはマリアンヌだぞ? そちらのバーニ伯爵令息も、アウグスト男爵令嬢もだ。彼女がその気になれば、お前たちの弁えぬ言動など、とうの昔に処断していた。特にバーニ伯爵令息、お前はずいぶんと温情を掛けられているようだな? 公爵令嬢を愚弄し続けておいて、それだけで済んでいたことこそ感謝せよ」
「ぐ……」
「特に先程、ラビス侯爵令息が止めなければ、公爵令嬢にお前は何をしようとしていた? お前の身分で公女相手に、それも公衆の面前で! 許されることではない! むしろ、未遂に済まされたことを有難く思え!」
陛下、すごい味方してくれるわねぇ。
なんて、しみじみ思う。
私も私で色々としているのだけどね!
「はぁ……。お前たちが真相を知っていたというなら、マリアンヌに辛辣であっても分からなくはなかったのに」
「……真相? マリアンヌは、やはり何か企んでいたのですか!?」
「やはりとは何だ。何の根拠もないくせに。適当なことばかり言いおって」
「い、いえ、私は確かにマリアンヌの怪しげな動きを調べていて、根拠はあります!」
「その態度の時点で根拠はないと言っているようなものだ、バカめ。お前たちが真相を掴んでいたなら、そのような態度なワケがない」
「な……!」
「お前たち、先程のパーティー会場でどういう目で見られていたと思う? よりによって自ら『真実の愛』などと宣い、どう思われたと思うんだ」
「は……? いえ、我々はあんなにも皆に祝福されて……」
「『真実の愛』、どういう意味に思われたと思っているのだ?」
「え? いえ、それはそのままの意味で……」
「たわけが」
「……!」
「そんな! 陛下、聞いてください! 私たちは本気で愛し合っているのです! マリアンヌ様と違って、私たちには情熱があります! 愛情があるんです! ですから、どうか私たちのことをお認めください!」
無敵のヘレンさんバースト!
まだまだ堂々と口を挟んでくるヘレンさんに陛下は閉口し、そして。
「男色家だ」
一言だけ。そう口にした。
「……!」
あら。ロッツォさんが他三人と違う反応を示したわね?
もしかして気付いてる? いえ、気付いたのかしら。
彼以外は陛下の一言の意味が理解出来ておらず、キョトンとしている。
「……ほう? ニールセン商会の息子よ、お前は気付いたのか?」
「あ、う、その……」
「私が王であることには構わず話をするがいい。お前は何に気付いた?」
「……その。ええと。まさか、とは思っており……」
「それはおそらく、まさかではないだろうな。何故、そして、いつ気付いた?」
「う……。その。先程の会場で、フィリップ様の言葉が……」
まぁまぁ。ようやく? ようやく気付いたの?
「彼は、わざわざ『女性が好きだ』なんて言うから……それで、今までの違和感も……繋がって」
ロッツォさんは他三人と違って、冷や汗をダラダラと掻いている。
なるほど、フィリップ様の女好き宣言にヒントを得たのね?
ヒント、ヒントか。
もしかしたら、ヒントを与えられてもいいから、自力で気付くことが大切なのかしら。
「では、答えよ。お前たちはどのような集団と思われていると思う? いや、違うな。今日までずっと、どう思われていたのか、それが分かったか? 答えてみるがいい」
陛下の圧を受け、ロッツォさんが口をパクパクとしてから、小さく呟いた。
「……男色家、ですか?」
とうとう気付いたロッツォさん。
でも、遅かったわねぇ。
「は? どういう意味? ロッツォ」
ヘレンさんが怪訝な顔をして、ロッツォさんに問う。
でも、認めたくないのか、彼はそれ以上を言わずに黙る。
「ふふふ。皆さん、ご存知ではありませんでしたか?」
私はそこで声を上げた。
陛下に目配せすると、私が話していいと頷かれる。
「……何をだ、マリアンヌ」
アレクシス殿下が私を睨み付けてくるけど。
私は彼に微笑み返した。
「『真実の愛』って世間ではね? 『男色家の愛』のことを指す言葉なのよ?」
「は?」
「え?」
「ふふふ。だからね? 先程、アレクシス殿下は自らそう口にしたの。そして、それを皆さんが正しく受け止めて、祝福してくれたのよ」
「な、何を……言って?」
「マリアンヌの言う通りだ」
陛下が私の言葉を引き継ぐ。
「お前たちはな。学園の生徒たちからも、世間からも、貴族からも。『男色家が集まって出来たグループ』だと思われている。この半年間近くずっとだ」
「は……?」
「な、何を」
「え、え?」
「ああ……!」
彼らは一様に絶句している。
ロッツォさんだけが逸早く絶望しているようだ。
「だからこそのフィリップ・ラビス侯爵令息の先ほどの宣言なのだ。女性好きだと公言する必要があった。お前たちとは違うと示すためにな」
「わ、私たちも、そんなものではありません! 第一、私は常にヘレンという女性を!」
「その発言は、マリアンヌと婚約状態であった頃からの不貞行為だと受け止めるが? やはり、お前の有責での婚約破棄とするか? 慰謝料を用意せねばな」
「ぐ……! し、しかし私たちのそばには女性であるヘレンが居たのも事実で……」
「だからこそだ。マリアンヌ、言ってやっても良い。私はもう疲れてきた」
「かしこまりました、陛下」
私は快く陛下の言葉を引き継いだ。
「ヘレンさんはね? 『可哀想な人』だと思われていたのよ」
「……は? 私が、何……?」
「何を! ヘレンのどこが、何がだ!」
「──彼女は可哀想な人なのよ、だって」
私はニコリと微笑んであげる。
「ヘレンさんはね、男色家の集まりである貴方たちのカモフラージュのための女性だと思われていたの。彼女がそばに居れば、女性に興味があると信じてもらえるから。そう、都合のいいお飾りの令嬢ね。だから、皆が優しかったでしょう? ヘレンさん。貴方の周りの女性たちは貴方に嫉妬なんてしなかった。だから虐められもしなかった。だって貴方、彼女たちにとって『可哀想に』って哀れまれていたんだもの」
真相を告げて。
「そして、世間では『真実の愛』は男性同士の愛のことを示す。アレクシス殿下は、自らの意思で、自らの口から、その真実の愛を宣言した。だから皆にこう思われた。その愛の対象はヘレンさんじゃない。ルドルフ様とニールセンさんが愛する対象。それを皆で祝福していたの。そして、今もきっとこう思われ、そして囁かれているはずよ?」
そう。
「ヘレンさんもお可哀想に……」
ってね。
「「「「………」」」」
ああ、ふふふ。
彼らの絶句する様がとってもおかしいわ。
写真を発明してほしいわねぇ。