57 宣言
「アレクシス殿下、続きをどうぞおっしゃって? 皆さんが貴方の言葉を期待して待っていますよ」
「……マリアンヌ」
何故か悔しそうにするアレクシス殿下。思惑通りにいかないからだろうか。
殿下からヘレンさんに視線を移すと彼女と目が合う。
敵意を見せつつ、怯えたフリをする器用なヘレンさんに私は微笑んであげた。
「ですが、実は私、殿下がおっしゃりたいことはきちんと分かっているのです」
「何?」
「ですのでご安心ください、アレクシス殿下。私の方でも準備を進めておきましたよ」
「準備だと? 何を言っている」
「国王陛下も王妃様も、アレクシス殿下、貴方の言いたいことを見守ると約束してくださいました。ですから今も黙して殿下の振る舞いを見ていらっしゃるでしょう?」
そこでアレクシス殿下は国王陛下たちに視線を向ける。無言の圧力を感じるわね。
「ですので、大事なことは私を貶めることではありません。貴方が何を大切になさっているのか、それこそが大事なこと。あとはアレクシス殿下のお気持ち次第でございます。どうか、この場で貴方の、本当の気持ちを聞かせてくださいませ。皆が貴方の言葉を待ち望んでいるのですから」
アレクシス殿下は、チラチラと陛下たちの様子を窺うものの、陛下たちは無表情のまま見下ろすのみ。
戸惑っているようだが、もう遅いだろう。
陛下たちの前で始めた茶番劇なのだ。最後までやり切ってもらうしかない。
「……お嬢様、平気ですか?」
「ええ、もちろん。大丈夫ですよ、フィリップ様」
フィリップ様に取られた手がぎゅっと握り締められる。
緊張しているのかしら。
あとはもうなるようにしかならないけどね。
「アレクシス殿下、それとも貴方の気持ちはその程度なのでしょうか? この場ではっきり宣言出来ない程度の? それはまぁ、なんというか。がっかりですわねぇ? ふふふ」
悪役令嬢らしく笑ってみせる。やっぱり悪女ドレスを着てくるべきだったわ。
しかも一人で相手を見下して笑っているならともかく、フィリップ様に手を取られたままなので微妙に締まらない絵面よ。
それでも私の挑発が効いたのか、アレクシス殿下はカッとなった様子で告げる。
「私は、今日ここで宣言する! 第一王子、アレクシス・リムレートの名において……マリアンヌ・オードファラン! お前との婚約を……破棄する!!」
出た、婚約破棄。
言ったわねぇ。最早あるあるを通り越した定番だ。
いっそ有名な観光名所を目にしたような気分。一種の感動がある。
『これが噂の婚約破棄かぁ、テーマパークに来たみたいね!』というものよ。
「婚約についての要望はお聞きしました。それで? それだけですか、アレクシス殿下」
「お前……! よくも悪びれもせずに……! 何とも思わないというのか!?」
婚約は既に解消しているので最早どうでもいいことなのだ。
ただ、婚約破棄宣言だけで終わってしまうと周囲の空気が台無しにされてしまう。
それはちょっと勿体無い。周りの皆さんが楽しんでいるままで幕を下ろしたいところよ。
「殿下の目的は私との関係を清算することだけですか? 所詮は……ふふ、その程度?」
言えー、言えー、例の台詞を言ってしまえー。
そう内心で唱えながら、殿下を挑発する。
「マリアンヌ様! どうか罪をお認めになってください! 今謝っていただけるなら、お優しいアレクシス殿下はきっと許してくださいます!」
ヘレンさんがそう言って追撃してくる。
婚約破棄宣言された後で謝らせてどうするのかしら。
それは順番が逆ではない? まぁいいけど。
「あらそう? では、申し訳ございませんでした」
私はまた、とりあえず頭を下げておいた。
「なっ……! なんで」
「き、貴様……」
でも、あっさりと謝ると凄く驚かれる。いや、本日2回目の謝罪なのだけどね。
「お前にはプライドがないのか、マリアンヌ!?」
「そうです、い、いえ、その」
何か謝ったら怒られた。
ヘレンさんも思わず殿下に便乗しそうになっているじゃない。
悪役令嬢として往生際悪くもっとごねてほしかったんだろうなぁ。
それは許す気がない人の所業では?
「そのような軽い態度で許されると思うのか!?」
「それは陛下がお決めになられるかと」
「は……!?」
「アレクシス殿下、ですから。それで? その話の続きはないのですか? やっぱり恥ずかしいですか? やっぱり、真実は……ねぇ?」
だから言えー。アレを言ってしまうのよー。
私の断罪とかどうにでもなる予定だから大事なのはそこじゃないのよー。
「何ですかね、このやり取りは」
フィリップ様が呆れたように呟く。
ちなみに陛下たちは無言だが、殿下がこちらを向いて見えない時には頭を抱えているわ。
それはそうと断罪理由は他にもうないのだろうか。
やっぱり監視を付けていますよと脅していたせいかキレが悪いわね。
私の断罪はしたかったけど、あの理由もだめ、こっちもだめとなって、今の形になったのかしら。
そんなに無理して断罪しなくてもいいのにねぇ。
噴水にぐらいヘレンさんを突き飛ばしてあげておけば良かったかな。
「フィリップ! お前はマリアンヌに騙されている!」
ああ、話がフィリップ様の方に行ってしまった!
違うのよー、ヘレンさんについて宣言、言質が欲しいのよー。
「そうよ! フィリップ、お願いだから目を覚ましてちょうだい!」
「……私は、どうあってもアレクシス殿下の下へは戻らないと思います」
「何故だ!? フィリップ!」
「……何故かと問われましたら、それは」
そこでフィリップ様は私に視線を向けた。
ん? 何だろう。
フィリップ様は、私に視線を向けた後でスゥーッと息を吸ったかと思うと。
「私は! 女性が! 好きだからです!!」
まさかの女好きを宣言した!
「は……?」
「え、何?」
「……何言ってんだ、フィリップ、お前」
「!?」
アレクシス殿下、ヘレンさん、ルドルフ様、ロッツォさんがそれぞれにフィリップ様の言葉への反応を示す。
もちろん彼らだけではない。
周りの人々、特に女子生徒たちが何とも言えない悲鳴を上げている。
どういう感情の悲鳴かしら。
ちょっと『いやぁあ』という類のものも混じっている気がする。
あと、男子生徒たちが激しくうんうんと頷いているわ。
あ、シルヴァン様とセドリック皇子もだ。むしろ『よく言った』と言わんばかりの態度である。
「……その中でも」
でも、フィリップ様の言葉はそこで終わらなかった。
「私は、特定の一人の女性が好ましいと思っています」
「ん?」
フィリップ様が私に向かって告げる。私は首を傾げた。
ヘレンさんへの告白をここでしたいってこと?
確かにそれは予定にないけど……。
いえ、流石に人の気持ちまで強制は出来ない。
フィリップ様は特に悪いこともしていないのだし、今日までさんざん力になってくれたのだ。
それにアレクシス殿下に宣言させるとしたら周りからの評価はともかく、本人はヘレンさんへの気持ちを真剣に持っているということだ。
だから、ここがフィリップ様がヘレンさんに告白出来るラストチャンスなのかもしれない。
そう考えると、それは邪魔出来ないわよねぇ。
何せ一世一代の告白チャンス。
しかもフィリップ様だって、攻略対象なのだから全く可能性がないワケでもない。
ならば、告白ぐらいさせてあげるべきね。
「好きになさっていいわ、フィリップ様。頑張ってね」
今からとなるとトンデモ・シチュエーションでの告白だと思うけど。
私は空いている手でグッと親指を立ててあげた。玉砕しても骨は拾ってあげましょう。
「……ニブいお嬢様は置いておきましょう。アレクシス殿下、私は今言ったような理由で貴方たちとは一緒には居られない。一緒に居たくないのです。ですが、私は貴方たちの邪魔もしません。私は……」
またスゥーッと息を深く吸って、フィリップ様は声を張り上げる。
「私は! 愛を貫きます! アレクシス殿下! 貴方はどうなのですか!? 今さらここまできて臆するのですか!? マリアンヌ様を責め立てて濁すばかりで、その気持ちを打ち明けることはしないのですか! 私はアレクシス殿下とは古くからの友人です! ですから、貴方が誰に気持ちを向けているか、それを知っています! 今! 貴方が気持ちを明らかにするかどうか! それを皆が待っているのです! いい加減に逃げるのはお止めください! どうか、アレクシス殿下、貴方の真実の気持ちを! お聞かせください!」
フィリップ様が軌道修正をして、殿下の告白タイムへと切り替える。
これで断罪パートは強制終了になるか。やるわね。
「フィリップ……」
「アレクシス殿下、貴方の気持ちを言葉に。勇気を出してください」
「お前……。そうか。そうだな……。分かった。私も気持ちを伝えるとしよう」
おっ。
とうとう青春告白パートが始まるのね!
「はい、皆も、陛下たちも貴方の気持ちを聞きたいと思っていますよ」
「……ああ、ありがとう、フィリップ」
すごい。ギスギスしていたのが嘘みたいに、友情シーンな空気になっているわ。
「皆、改めて聞いてほしい! 私は!」
再度、アレクシス殿下はヘレンさんを抱き寄せて彼女がそばに居ることを強調する。
「私は、ここに居るヘレンと……真実の愛を貫く!!」
「──!」
言った! キーワードを口にしたわ!
フィリップ様が合図のようにぎゅっと私の手を握り締めてくる。
ええ、今こそ畳み掛けるわよ!
「それって! ルドルフ様とニールセンさんは!!」
私が声を大きくして問うと迷惑そうにするアレクシス殿下。せっかくの宣言に水を差すなと言いたげだ。
「ルドルフは変わらず私の側近だ。ロッツォも無論、友人のままだ。何よりヘレンがそう望んでいるからな」
はい、殿下。そう言い切りました!
「おめでとうございます! アレクシス殿下!!」
私は必要なことを言わせたので祝福の言葉を贈る。
「真実の愛を! ルドルフ様と、ニールセンさんと共に! おめでとうございます! ご安心下さい、アレクシス殿下と私は既に婚約解消しておりますので! 何の心配もありませんからね! 皆さん、拍手で盛大にお祝いを!!」
そこでようやくフィリップ様から手を離し、私は拍手をする。
フィリップ様も一緒に拍手をし始めた。
アレクシス殿下たちは、私との婚約が既に解消されていることに驚いている様子だが、知ったことではない。
「おめでとう! おめでとうございます!」
「おめでとう!」
「おめでとう! おめでとう!」
わぁああああ! パチパチパチパチ! と。
途端に会場は祝福で満たされ、そして楽団は音楽を再開する。
「「「「「おめでとう!!」」」」」
うーん、これは最終回。間違いないわ。
誰もが笑顔を浮かべ、祝福だけが会場を満たしているのだ。
何の文句もないハッピーエンドに違いない。
散々なほどに拍手と祝福の言葉を贈られた彼らは戸惑いつつも笑顔になっていく。
そして、ずっと黙ったまま、用意された椅子に座っていた国王陛下が立ち上がり、私たちが居る場所まで降りてくる。
自然と再び沈黙が場を支配して、陛下の言葉を待った。
「皆、聞いての通りだ。第一王子アレクシス・リムレートとマリアンヌ・オードファラン公爵令嬢の婚約は既に昨日、解消となっている。これは王家と公爵家で相談して決めたことであり、双方が納得してのものである。王家と公爵家の関係はこれからも変わらない。ごく円満な婚約解消であった」
陛下の宣言により、殿下たちは解消の話が私の嘘ではないと悟る。
アレクシス殿下は嬉しそう寄りな表情。
でも、ヘレンさんは訝しげというか、怪しむような困惑した表情だ。
「また! この一年間で起きた出来事と今、アレクシスによって行われた宣言を受けて! アレクシス・リムレートは王族としての権利を一時凍結! 今日よりアレクシスを準男爵相当のただの一貴族として扱い、王宮から出て生活をしてもらう! これはアレクシスが学園を卒業するまでそのままの扱いとする! アレクシスが暮らす場所はロッツォ・ニールセンが借りて用意した屋敷とし、その屋敷にはアレクシスの選んだ者たち、ルドルフ・バーニ、ヘレン・アウグスト、ロッツォ・ニールセンのみが同行する! 侍女など王宮使用人の同行者は付けない。監視は付けるがな。その屋敷で、王族としての権力を振りかざす横暴など通じない暮らしを学ばせることとする!」
国王陛下はそのようにアレクシス殿下の処遇を決めた。
「え……? 何を……父、上?」
「アレクシスたちへの処遇の詳細は追って各貴族家へ通達する。皆、随分と騒がせたな。私や王妃、それからアレクシスたち関係者はここで退席し、今後についてより密な話し合いを行う。皆はこのまま、どうかパーティーを楽しんでいてくれ。以上だ」
陛下はそこまで宣言し、配下に命じてアレクシス殿下をはじめとした関係者たちをパーティー会場から連れ出した。
もちろん、私も関係者側だ。
会場から連れ出されるのは、殿下たち4人と私、フィリップ様。
流石にセドリック皇子やシルヴァン様は今回の関係者扱いではないらしい。
「な、なんで……。何が。おかしいわよ……何か、こんな」
一緒に連れられていくヘレンさんが呆然と呟く声が聞こえた。
彼女の予定通りにはいかなかったのだろう。
言っては何だけど、ヘレンさん。かなりガバガバチャートだったと思うわよ。
それは私の方もだけどね。
「アレクシス。話が終わった後で、また会場に戻れ。お前たちがどう見られていたのか教えてやる」
「え? 父上……どういう」
あら。国王陛下がネタバラシ宣言をされたわ。
とうとう彼らが真実を知ってしまう日が来てしまったのね。