54 パーティー前日
学園の年度末とは、3月下旬を指す。
王立学園は三学年あり、当然この時期に三年生は卒業だ。
身分制度のある国家であり、生徒らもそれに関係があるので、ただ卒業生を見送るだけには留まらない面がある。
たとえばシルヴァン様は既に卒業されているけれど、彼が卒業する時なんて在校生だからと黙っていられない子は多く居ただろう。
どうしても関係を持ちやすい学生の間に縁を結びたいと願ったはず。
そういう事情なので、在校生たちは卒業生たちとの最後の交流が盛んだ。
在校生たちが注目する対象は、卒業を間近に控えた先輩たちである。
ラストチャンスを物にするために。
注目を浴びてきたヒーローズこと薔薇の会でも、その注目度は少し下がってしまう時期なのだ。
シルヴァン様以外の私たち『主要キャラクター』は全員が一年生。
ヒロインが入学してからの一年間が原作の舞台だった。
普通は? 卒業パーティーが断罪の舞台となるところかと思う。
もし、そうだったら三年間もアレだったわね。流石に付き合い切れなくなっていたのでは?
何にせよ1年間程度で良かったと思う。
でも、まぁ年度末パーティーでも似たようなものだろうか。
本来の悪役令嬢はもっと派手にやらかしているので断罪されるに足る理由がある。
少なくとも退学は免れないレベル。
なので、その後の悪役令嬢がどうなるかはさておき、年度末パーティーでも断罪イベントはやるのだ。
「……何の罪状で断罪するつもりなのかしらねぇ」
ヘレンさんはやる気だった。何をだろうか。
よく分からないけど、彼女にもヒロインとしての矜持があるのかもしれない。
とにかく悪役令嬢がのうのうと過ごしていることが気に食わないのだ。
本末転倒では? 貴方、逆ハーレムがしたかったのではないの……?
そういう目的は、私の側にフィリップ様が付いた時点で上書きされたのかもしれない。
「どう思います? 皆さん」
さて、私が今居る場所は王宮。『特殊事案対策記録室』の部屋である。
ここに集まったのは私、フィリップ様、シルフィーネ様、シルヴァン様、セドリック皇子、エドワード様だ。
ヒロインの友人ことミリアーナさんは事情を何も知らないので呼んでいない。
というか、ヘレンさんの記憶に彼女のことがなさそうだ。
未だにヘレンさんからミリアーナさんへの接触はなかった。
元々のネタは知っていても、今世ではあまりにも眼中にない存在らしい。
ミリアーナさん、女性陣に引く手数多状態の人気なんだけどねぇ、今。
やっぱり素敵な男性と恋仲にでもならない限りはヘレンさんの注目を集めないのか。
「……とうとうここまで来てしまいました、と思います」
フィリップ様が諦念の籠った声色で言う。
彼らにだって、何度も道を正せる機会はあっただろうに。
それはフィリップ様が証明している。
「どうしてああなるまでになったんだろうね、彼ら。下手をすれば我が身のことだったのが恐ろしいよ」
とは、セドリック皇子の言葉。
「ヘレンの影響なのでしょうか」
「まぁ、それは大きいでしょうね」
「何故、彼女はああも『ああ』なのでしょう?」
「世の中には、そういう人も居るのよ、シルフィーネ様」
まず、まともな人間は現実で逆ハーレムを目指さないと思う。
天然でやっているならともかく、ヘレンさんは意識して知識を使い、攻略している。
その時点で彼女がまともではないといえば、そうだろう。
前世にだってネット上の話だけど居たもの。
話が通じない人。
自分の解釈のみが正しい前提の人。
何を言われても聞き入れない人。
だからまぁ、ヘレンさんやアレクシス殿下たちは、ただただ『そういう人』たちだったのだ。
それは運命の強制力とかそういうものじゃない。
ただの人間の多様性というか。
生まれがいいからって誰もが常識的に育つとは限らない。それが王族であり、長男であろうとも同じこと。
それだけの話だった。
「ここから彼らがどうするのか。そして、どう対処するのがいいか。これは一年後、バロウ皇国で同様の事案が起きるだろうことの対策検証会議でもあるわ」
半信半疑ながらも信じる人、信じないながらも私の言葉には従う人。
考え方はそれぞれだけど、少なくともここに集めた彼らは同じ方向に進んでくれる。
「ルドルフ様はその後、シルフィーネ様に干渉してきた?」
「いえ。時折、遠くから見てくることはあるものの、接触はありません」
「効いているみたいだねぇ、お尻ペンペンの刑。以前までよりぐっと扱いやすくなったよ」
「では、バロウ皇国でもああいう態度な方は、その親の弱みを握って躾けさせるということで」
「試してみるよ」
「……まだ見ぬ犠牲者が」
「何か言ったかしら、弟子1号」
「いえ、何も……」
うんうん。そうよね。
「そうだわ。ラストプランに向けてのご協力、皆さんありがとうございます。国王陛下の認可済みプランですので、流石に人手が欲しかったので助かりましたわ」
感謝すると皆さん苦笑いだ。
断罪パーティーまで間近となり、流石に私の方も積極的に動いている。
彼らがパーティーでやらかそうとすること前提。
しかし、同時に彼らには『踏み止まるチャンス』を与える。
それは陛下たちを納得させるためにも必要な工程だ。
ああ、その『彼ら』にヘレンさんは含まれていない。
アレクシス殿下、ルドルフ様、ロッツォさんの三人に最後のチャンスが与えられているだけよ。
与えられるチャンスとは別に、学園では噂が流れている。
それは、アレクシス殿下がパーティーで愛の告白の準備をしているという噂だ。
これは、直接的にヘレンさんに伝えてもらうように頼んでいる。
流石に聞き逃すということはないだろう。
パーティーの進行もアレクシス殿下たちがやらかすことを前提とし、当日のスケジュールに組んでいる。
ちなみにパーティーはダンスパーティー形式だ。
ドレスを着てきてもいいし、学園の制服で過ごしてもいい。
「アレクシス殿下、マリアンヌ様のドレスは用意しませんよね」
「期待はしていないから大丈夫よ。シルフィーネ様は?」
「私は流石に家で用意してもらおうと思っていたのですが……」
「俺が用意したよー」
「早くないですか? セドリック皇子」
婚約してからまだまったく日が経っていない。
ドレスなんて準備するのに時間が掛かるものだ。
ましてセドリック皇子はこちらの国に伝手などないはずだけど。
「俺のお抱えチームも連れてきてるからねぇ。縁がありそうってなった段階から準備は始めてたさ」
「そんな人たちを連れてきていたんですの?」
「おや、珍しい。オードファラン公女にも知らないことが?」
「大概のことを知りませんけどね、私は」
隠しキャラなセドリック皇子。
実は従者と二人だけではなく、バックアップチームも居た模様。
そりゃあそうよね。
「……お嬢様のドレスに付いてですが、何か特別な要望などはございましたか?」
「要望?」
フィリップ様の質問に首を傾げる。
「何か今回の事案に必要な色や宝石などです」
「いえ、それは特にないわね」
これでセドリック皇子の手を取るとかのあるあるルートを進んでいたら、アレクシス殿下の色を纏わずに参加して……とかあるのでしょうけど。
私の婚約解消後は、おひとり様予定である。
なので、そっち系に拘る必要はない。
恋愛方面はどこかに放り捨てているので、これはもう悪役令嬢あるあるパターンからも脱線しているわね。
うん。これは恋愛ジャンルなんですー、って言い張ると怒られるやつよ。私知ってる。
だから私は『自由謳歌』タイプの悪役令嬢よ。
捨てられ公爵令嬢は前世の知識を活かしてスローライフする、よ。
「マリアンヌ様って……」
「そうだよね」
「なぁに? シルフィーネ様、セドリック皇子」
「いえ、何も」
「何もないよー」
ますます私は首を傾げるだけだった。
とりあえずお二人の仲は良くなっているようで何より。
そんなこんなの作戦会議をしつつ、パーティーを待つ日々。
噂では、ロッツォさんが彼らの暮らすための屋敷を探し始めたらしい。
条件は男性三人、女性一人で暮らせるような屋敷。
王都にそんな都合のいい場所があるのか。
生活面はどうするのか。
留学生のエドワード様が、ロッツォさんの望む屋敷について相談に乗ってあげているそうだ。
そんな噂の内容。ウケる。
ルドルフ様はシルフィーネ様に接触はしてこない。接触は。見てきてはいる。
それでも時折、お尻を痛そうにしているので影経由で伝わる日々の態度から、きちんとバーニ伯爵が対処しているのだろう。
また態度も中々に殊勝さが出てきた。ちょっぴり。改善の兆しかもしれない。
どうやら一定の効果が見込める対応だったみたい。
ただ、シルフィーネ様を見ることも出来なくなっていたので私を睨み付けることにしたみたい。
躾けの内容で重視してもらったのはシルフィーネ様を襲うような真似をさせないことだからね。
なのでシルフィーネ様はダメでも、私のことは睨んでもいいと考えるらしい。
やっぱりルドルフ様はダメかもしれない。
ヘレンさんはアレクシス殿下を連れて何かとフィリップ様の説得を試みている。
ラストスパートなのでフィリップ様には言葉を尽くして説得してみるように言ってあるわ。
護衛には王家の影が付いているから問題なし。
そして、年度末パーティー前日。
私はお父様と共に再び国王陛下や、宰相閣下たちと会っていた。
今日は手続きを進めるために来ている。
「これで……第一王子アレクシス・リムレートと、マリアンヌ・オードファランの婚約は解消とする。今まで迷惑を掛けた、オードファラン公爵。そして、本当にすまなかったな、マリアンヌ」
「陛下、決断を引き延ばさせてしまったのは私の方ですから。お気になさらないでください」
「そうかもしれないが……」
はい。
結局、前日になって殿下とは婚約解消になりました。
私からの提案だけでなく、影からの報告もあって陛下がそう決断された。
アレクシス殿下が今後どうなるとしても、私と結ばせることはもうしないと決めたらしい。
「しかし、いいのか? マリアンヌ。慰謝料は要らぬと」
「散々今まで好きにさせていただきましたし。プランの方に予算も割いていただきましたので」
あと私、お金には困っていない。
オーナーとなっているカフェ『マリーゴールド』が黒字続きなのと、演劇・小説・絵画界隈からのリターンがけっこうあるのだ。
「アレクシス殿下たち、特に学園の生徒たちに嫌われてはいませんからね。彼らの今後の生活が保障された方が生徒たちもきっと喜びますわ」
「そうか……」
王家としての評価ではなく、愛を貫く者としての評価で、その評判を支えるのがアレクシス殿下だ。
一部の熱狂的な支持を確保している。
流石は王族ですわ!
「……アレクシスは明日、マリアンヌをエスコートしないだろう。ドレスも贈っていないようだな?」
「はい、陛下」
「……だから代わりと言ってはなんだが、明日は、宰相の息子にマリアンヌのエスコートを頼んでいる」
「フィリップ様に?」
「ああ」
私は、お父様に視線を向ける。無言で頷かれた。
どうやら殿下の行動パターンは読まれているらしい。
なので、どうせエスコートなんかしないだろうと代役を用意してくれていたようだ。
「ありがとうございます、陛下。それに宰相閣下も。お気遣いいただきまして感謝しております」
「……公女は、フィリップ以外の相手を考えていたか?」
「いえ、宰相閣下。普通に一人で参加する予定でした」
何せ前世持ちの私は、令嬢メンタルがゴリゴリとアレなので、多分おひとり様へっちゃらなのだ。
孤高の悪役令嬢ね!
「それなら丁度良かった。明日はよろしく頼む」
「はい、宰相閣下」
「マリアンヌ」
「お父様? どうされました?」
「……婚約解消に傷付いてはいないか?」
「いえ、全然」
「本当か? 本当は引き延ばした理由は殿下との関係を続けたかったからとか」
「それは大丈夫ですわ、お父様。私、そういうのはあまり気にしませんので」
「……そうか」
親としては心配するわよねぇ。
ごめんなさいね、お父様。
でも失恋のショック的なことはないので安心してほしい。
まぁ、これで、何にせよ。
明日が断罪パーティーだ。