52 ペンペン作戦アフター
「バーニ伯爵。罰を執行する際には必ず『お尻ペンペンの刑』だと宣言するように」
「は……?」
私は、伯爵にきちんと教えてあげることにする。
「騎士団の体罰よりもそちらを選ぶのは最良の選択ですが、それでもいくつか重要なことがありますのよ。それは『尻叩き』などという言い方をしてはいけないということですわ。ルドルフ様がこれから受けるのは尻叩きではなく『お尻ペンペンの刑』です」
「な、何を言って……」
「バーニ伯爵。ルドルフ様はね、きっと騎士に向いている方です」
「え」
「だからこそ、そんな彼は騎士団の体罰など受けても『なにくそ』と思い、むしろそれを跳ね返すために鍛錬し、やがては凄腕の騎士となるでしょう」
攻略対象だし、才能はあるはずよね。
「武家としてはそうなったルドルフ様は誉れとなりましょうが、その性格はやはり変わらないまま。その頃には武力で従わせることも出来ないモンスターとなっていますわね。同様に、バーニ伯爵が家でルドルフ様の躾けをする際も同じこと。彼は殴られた程度では、へこたれません。むしろ反骨精神を燃やしこそすれ、決して私たちの常識に染まることはないでしょう。故に『ただの体罰』では意味がありません。だからこそ……『お尻ペンペンの刑』と宣告することが重要なのです」
「そ、その。最後の意味だけが良く分からず……。オードファラン公女」
「簡単なこと。この躾けをルドルフ様の『武勇伝』にしないことが重要です。『俺様は親に体罰を受けてきたが、跳ね返してやったんだぜ!』と語らせてしまえば意味がない。ですが『僕ちゃん、お父ちゃまにお尻ペンペンされたんだ』というのは恥ずかしくて人に語れないでしょう? それが! 重要なのです」
あら、皆さんが何とも言えない表情をされていらっしゃる。
「ルドルフ様は今日より、シルフィーネ様に関わろうと行動する限り、必ず『お尻ペンペンの刑』を受けてもらう。そう宣告された上で。他の体罰は許しません。先程のようにルドルフ様を殴り付けるのも許しません。ただ、その大きな身体を押さえつけ、『お尻ペンペンの刑』を宣告し、尻を叩くのです。もちろん、他の騎士たちの前で。どうせ取り押さえる人員も居ますので、どれだけの人に見られても同じですわよね?」
ほら、あれ。
前世だと『暴走族』の名前を『珍走団』に変えたら数が減ったんじゃないか、というアレよ。
『体罰を受けた騎士』ではなく『お尻ペンペンの刑を受けた僕』として、きちんと周知するの。
「こ、公女がそこまで我らに強制するようなことでは……ないかと」
「あら。とても大事なことを言っているのよ、これはルドルフ様のことも考えてのこと。彼がこのような状態から更生出来るかが決まるの。ねぇ、レイト侯爵。私の提案をバーニ伯爵に受け入れさせていただけますわよね? もちろんオードファラン公爵家としても、シルフィーネ様のために尽力致しますわ」
「うむ……」
「セドリック皇子。彼は対策を打たねば必ずシルフィーネ様に執着しますわ。その対策は騎士団の体罰では有効ではない。また『この方法での改心が可能なのか』の検証は、充分にバロウ皇国の利益になると思いますわ」
「……それは」
「ルドルフ様と『同じ枠』の貴族令息がバロウ皇国にもいらっしゃいますの。性格は違いますけどね。試してみるのもいいのではなくて? 少なくとも騎士団の体罰は今までなくもなかったはず。それがあってもこの様なのですから」
シルフィーネ様との一件で立場の弱いバーニ伯爵。
レイト侯爵が娘のためにそう躾けるように願うなら断れない。
なにせ、穏便な『婚約解消』を提案してくれている。
もっと慰謝料を請求するような婚約破棄でもいいところを、だ。
もちろん身分差もあるので、余計に言いにくい。ついでに公爵家も敵に回すし。
「バーニ伯爵、オードファラン公女の提案を受け入れてくれるな?」
「うぐ……はい、侯爵閣下」
「バーニ伯爵。貴方も『お尻ペンペンの刑』を告知することは恥ずかしいでしょう。ですが、その恥ずかしいという感情が重要なのです。ルドルフ様も恥ずかしく思うでしょう。親に情けない姿を見せることになります。親に情けないと思わせることになります。それが大事なのです。決して『親に反抗する俺様ちゃん、マジで格好イー!』とか思わせてはなりません。ひたすら恥ずかしいと思わせることが重要です。別に叩くお尻なんか痛くなくてもいいのです。ただ親に『お尻ペンペンの刑』を執行された。それがルドルフ様の行動や、価値観を変えてくれます」
「…………はい」
と。
そんなやり取りを経て、ルドルフ様は父親に『お尻ペンペンの刑』を受けることが決まったのだ。
確かな満足。
その後のフィリップ様が一言。
「お嬢様は言ってて恥ずかしくならないんですか?」
「別に?」
「…………ルドルフもお可哀想に」
などと言っていた。
そんなレイト侯爵家での会談から一週間ほど。ルドルフ様は、今日まで学園に姿を見せていない。
私とフィリップ様は元気に毎日登校を再開した。
ヘレンさんがどうにか私たちの悪評を流そうとしているらしいけど、驚くほど何の影響もない。
女子生徒たちは普通に話し掛けてくるし、陰でひそひそと悪口を言う素振りもなかった。
また、シルフィーネ様とセドリック皇子が私たちと一緒に過ごすようになっていた。
「あれからどうなったのかしらねぇ」
そもそも言われたような体罰をきちんとするかは謎ではある。
たぶん、オードファラン家からの密偵とかはバーニ伯爵家に潜入していないから内情は分からない。
「……懸念したような突撃はありませんでしたわ」
「そうね、それはいいことだわ。まだ油断しない方がいいと思いますけどね」
「あれで効果があったら……どうするんだい、オードファラン公女」
「良いことではありませんか」
「うーん。いや、効果があるなら……彼はかなりどうしようもなく見えたからね」
そんな雑談をしつつ、過ごしていた。
ちなみにヘレンさんが時々睨んでくるけど、話し掛けてはこないわ。
アレクシス殿下も相変わらず。むしろ、情緒不安定に見えるヘレンさんに手を焼いているご様子。
前は他にも人が居たけど、今や殿下とロッツォさんだけですからね。
そして、とうとうルドルフ様が学園に。
セドリック皇子が一応、彼を警戒してシルフィーネ様のそばに居るようだ。
学園での彼の立場は『従者』だからね。割と自由に動ける。
私とフィリップ様は気になったのでルドルフ様の様子を見に行くことにした。
「お嬢様が様子を窺いに向かうのは珍しいですね」
「そう?」
「以前までは一切の興味を向けてこられなかったかと」
「ああ、序盤はねぇ」
「序盤とは」
ヘレンさんが攻略を進めている半年間ぐらい、特に関わらなかったからね。
「ルドルフ? どうしたんだ?」
「い、いや……別に、何もありません、殿下」
「ルドルフ? 元気がないわ、どうしちゃったの?」
「何でもないんだ、ヘレン……」
そんなやり取りをしている集団、発見!
私たちだけではなく、他にも遠巻きに彼らの様子を窺っている見守り隊がチラホラと居る。
たぶん原作通りだったら『きゃー、今日も格好いいわ、ヒーローズ!』とか騒がれつつも、周りは意識せずにヘレンさんとの会話に夢中になっているところだ。
実はゲームでもモブな皆さんはあの距離感で周りに居たのに、彼らの視界には映らず、その声も聞こえなかったのかもしれない。
ルドルフ様の様子からすると、どうやらバーニ伯爵はきちんと刑を執行したらしい。
ただ殴る蹴るの体罰だけだったら、彼の場合はあんなに気落ちしないだろう。
将来的には剣での切り殺し合いだのが出来る人材だもの。
それにしてもヘレンさんの前とはいえ、あんなに狂犬のようだった彼が大人しくなったものだ。
「効果あったんじゃない?」
「……そのようですね。お可哀想に……」
フィリップ様がかつての同僚を哀れんでいる。
仲間とか言われちゃったし、友情が残っているのかしら。
「マリアンヌ! それにフィリップ!」
「あら」
アレクシス殿下が、彼らの様子を窺っていた私たちに気付いた。
最初からお怒りモードだわ。
「どうする? ささっと逃げちゃう?」
「お嬢様のお好きにどうぞ」
「では、ちょっかいを掛けに行きましょう」
「……はぁ」
溜息が深いわね、弟子1号。
トコトコ、のこのこ? と彼らに歩み寄る私たち。
「どうされましたの、アレクシス殿下」
「……!」
私の存在に気付くとルドルフ様が憎々しげに睨んできた。
ちょっと気になったので私は、パン! と音を鳴らして手を叩いてみる。
そうするとビクッとなるルドルフ様。
「まぁ、まぁ、まぁ! 興味深いわ」
「ぐっ……」
一週間。家で躾けをされたルドルフ様。
騎士としての再教育でも、貴族令息としての再教育でもない。
犬の躾けをされたのだ。
だが、それが思いの外に効果があった。
「え、何?」
「何だ、マリアンヌに何かされたのか、ルドルフ!」
「い、いや……俺は……」
「ふふ、私は何もしていませんよ。ね、ルドルフ様」
「ぐっ……」
以前までの彼なら私に喧嘩腰に突っかかってきたはず。
それがどうだろう。今や憎々しげに睨むだけになっている。
「それよりもルドルフ様、お身体は大丈夫? 先程から見ていると、随分とその……お尻を痛そうに庇っていらっしゃるけれど」
「ぐっ! そ、そんなことはない!」
「あら、本当? そう見えただけだから。貴方が言うなら、きっと皆もそれを信じてくれるわね」
「あ、当たり前だ!」
「あら。その言葉遣い。きちんとバーニ伯爵に報告しないとねぇ? ふふふ」
「あっ……!」
ルドルフ様が百面相をしていた。
怒りたいけど怒れない、絶望しつつも誤魔化したい。
情けなさと恥ずかしさがブレンドされた、実にいい表情。
思わず舌なめずりをしたくなるわ。
「マリアンヌ! ルドルフに何をした!?」
「あら、私は何も? それに何かしたと思うなら私ではなくルドルフ様当人にご確認なさって?」
「ルドルフ?」
「い、いや、俺は何も……」
「それに。ルドルフ様の体調が悪いことに心当たりがあるのなら私ではなく、アレクシス殿下やロッツォさんではなくて?」
「は? 何故、私たちが……」
「ふふふ、これ以上を聴くのは野暮というもの。私はこれで退散致しますわ。あ、そうです。ルドルフ様とシルフィーネ様、婚約解消されましたよ」
「……は!?」
「え!?」
去り際に爆弾を投下しておく。
アレクシス殿下とヘレンさんが驚愕して、ルドルフ様に顔を向ける。
「では、ごきげんよう」
その間に私は退散することにした。
「……さりげなく、ルドルフの体調不良を殿下たちのせいと言いましたね」
「あら、嘘は言っていないじゃない?」
元を辿ればそうなるのだから。
「周りの人たちも耳にしていましたが」
「うんうん、偶然に聞かれてしまったわねぇ」
「責任問題だけを言うならロッツォは関係ないはずでは」
「仲間なんだから巻き込んでいいってルドルフ様が」
「言ってません。……行動はそうでしたが」
友情は不滅ねぇ。
そうして、シルフィーネ様たちの婚約解消は人々に伝わる。
婚約解消したルドルフ様が、お尻を痛めて学園に登校してきたのだ。
即ち。
「つまり、そういうことよね?」
「一線を越えられたから……それが原因で婚約解消?」
「ルドルフ様がお尻を痛めるって……絶対にヘレンさんが原因じゃないわよね」
「そうなるわよね……」
「ルドルフ様は責められる方だった?」
「意外とロッツォさんが……」
「ルドルフ様、なんだか以前のような男らしさ、逞しさ? というのかしら。それがなくなっているような……」
「そうね。どこか大人しく、女性的になって……?」
「つまり、そういうこと」
「とうとう叶えられたのね、真実の愛を……」
「意外な展開だったわ。てっきり彼は男らしい、男性担当かと……」
「驚くべき解釈ね。でもだからこそ、それこそが真実の愛……」
学園は相変わらず騒がしくも平和な日々だ。
「ルドルフを虐めるなんて! きっとマリアンヌ様が権力を振りかざして何かしたのよ!」
なんてヘレンさんが騒ぐも、皆はそれどころではないのだ。
ヘレンさん劇場には皆、もう興味はないし、まず私を貶めることにも興味は抱かれていない。
公爵令嬢だからと羨ましがられる立場では私もなくなっている。
かといって見下されたり、陰で笑われたりもない。
あれね。悪役令嬢を陥れるのって、悪役令嬢側もきちんと注目を浴びてなきゃダメなのよね。
興味のない対象がどこそこで悪事をしていたって騒ぎ立てられても『ふーん』としか思わない。
世の悪役令嬢たちは、類まれな美貌や才能とかで羨ましがられているからこそ噂が立つのだ。
そういう意味で私は、学園の噂のメインストリームではない。
なので盛り上がらない。注目を浴びているのは、いつだってヒーローたちなのである。
完璧な原作再現ね!
「ヘレンさんは最近何を焦っていらっしゃるのかしら?」
「ね、最近特にすごいわよね」
「愛されていると思い込めていた余裕がなくなっているご様子ね」
「つまり、流石の彼女も気付き始めたのね、真実の愛に……」
「一線を越えられた空気を感じていらっしゃるのよ、身近に居るから余計に」
「だからってマリアンヌ様をどうこうおっしゃっても意味がないのにねぇ」
「本当に。婚約解消も進んでいるのでしょう?」
「陛下や宰相閣下が公認なんですもの。当然ね。そしてアレクシス殿下は真実の愛を……」
「ヘレンさんだけが空回りしていらっしゃるのよね」
「ええ、本当に……」
「「「「「「「「「「「「「「「ヘレンさんもお可哀想に……」」」」」」」」」」」」」」」
断罪パーティーまで残り一ヶ月だ。




