51 犬の躾け
フィリップ様に注目が集まる。
シルフィーネ様とシルヴァン様が早々に退席したので、ここには居ない。
居るのは私、フィリップ様、セドリック皇子とレイト侯爵、バーニ伯爵、そしてルドルフ様だ。
その他、侍女や護衛も少し離れて見ている。
場所はレイト家の邸宅、その中庭で、外だ。
人数が多かったのと屋敷の中にルドルフ様を入れたくなかったのだと思う。
さて、追い詰められたルドルフ様、まさかのフィリップ様頼り。
ゲームではいわゆる水と火、犬猿の仲のお二人だ。
アレクシス王子が中央に配置される場合に両隣を飾る二人。
ちなみにセドリック皇子はパッケージには描かれない。合掌。
ルドルフ様はバーニ伯爵に殴られた後、立ち上がることも出来ないままだ。
「……私に何と言ってほしいのですか、ルドルフ」
眼鏡をクイと上げながら、そんなルドルフ様を見下ろすフィリップ様。
なんともまぁ、随分と差が付いたもね。
「何とかしろよ!」
「ふむ? つまり、助けてほしいと。私にも文句を言ってほしいのではなく?」
「当たり前だろうが!」
「……何故?」
「は……?」
ルドルフ様の中で、周りに居る人たちのことはどう処理されているのかしら。
私にせよ、シルフィーネ様にせよ、フィリップ様にせよ。
「私と貴方は元々、仲が良いとは言えない関係です。それなのに、この状況で私が貴方を助けると何故思うのですか?」
「仲間が理不尽に追い詰められているんだぞ!? 助けるのが当たり前じゃないか!」
「仲間って。まず、貴方は理不尽には追い詰められていませんよ。貴方がレイト侯爵令嬢に対して何度も横柄な態度をしてきたため、縁を結ぶ意味がない、レイト嬢にとって不愉快な関係であり、不利益であると両家が判断したことです。発端はルドルフ、貴方なので、ただの自業自得です」
「ヘレンとのことは誤解だって言っているだろ! なのにそれも聞かないで、シルフィーネは!」
「……今回、誰もヘレンについて話していないと思いますが」
「は?」
「貴方一人がヘレンがどうこうと言っているだけですよ? 婚約解消となった理由はルドルフ、貴方の態度であり、二人の相性の悪さです。そこにヘレンは無関係です」
本来なら関係ありそうなんだけど。
そこはアドバイスしておいたのよね。
ヘレンさんを解消の理由にしたら、たぶん面倒くさいし、鬱陶しい勘違いをするんじゃないかなー、って。
案の定だと思ってレイト侯爵に目配せすると、侯爵は辟易した様子で頷いた。
「これ、私が説明するようなことではないと思いますが……」
「すまないな、フィリップ君。……バーニ伯爵令息。お前とシルフィーネの婚約を解消にした理由は、彼が言ったようにお前の態度からシルフィーネとの相性が悪いと判断したからだ。そこに他者は無関係である。お前が勝手にどこかの女を理由だと思い込んでいるだけだ。こちらがそれを理由にしていないにも拘らずな。……ひたすらそう主張するということは、他所で不貞行為でもしていたのか? 汚らしいな」
「ち、違う! 俺はヘレンとは、」
「誰もお前の女性遍歴など聞いていない。興味もない。だから語らなくていい。何度も言うが、それは婚約解消の理由ではない。理由はひたすら、ルドルフ・バーニという人間の言葉と態度、性格、考え方、価値観だ。お前はシルフィーネには相応しくない。二度と娘と関わるな。迷惑だ」
「ぐっ……!」
そこは悔しそうに黙るんだ。
んー、あれね。『権力』かしら?
男性、かつ、権力がある人には逆らわない感じ?
前世だと根っからの体育会系社会で揉まれて、さらに拗らせたような。
『出来る女性』は苦手だけど『持ち上げてくれる女性』にはメロメロ。
頭脳労働者に対する、無意識の劣等感……いや、優越感がある?
小学生や中学生が『あいつ、ガリ勉なんだぜー!』って他人を馬鹿にするような感覚でフィリップ様やシルフィーネ様を見下している。
加えて、アレクシス殿下という権力者、即ち『ガキ大将』には嬉々として従う舎弟根性がある。
ヤの付く人たちは詳しくないけど、ルドルフ様の取り巻く世界はそちらの流儀がメインなのかも。
あと、プライドはかなり高いわね。
自分が婚約解消された、自分が捨てられた、つまり『自分が馬鹿にされた』と考えたら、恨みを抱く。
自分がいじめをやるのは当然で、いじめられっ子の反逆には激怒するタイプ。
上から押さえ付けても、その怒りの矛先は下に向かう。だとすると、あれね。
「レイト侯爵」
私はそこで侯爵を止めた。
「……何ですかな、オードファラン公女」
「侯爵が娘を侮辱されたことを怒るのは至極真っ当であり、その権利もあるかと思うのですが。ルドルフ様は、侯爵の言葉は黙って聞いていても、その後で貴方に説教された怒りをシルフィーネ様にぶつけようとすると思いますわ」
「……は?」
「彼の中ではシルフィーネ様は『自分の下の存在』なのです。犬と同じですわ。彼の中だけで作られた格付けに沿って物事を判断する。実際の身分とはまた別の尺度で生きているのです。ですので、彼を改心させたいならシルフィーネ様に鞭を振らせて『躾け』をさせる必要があるかと」
「何を……そんな」
「お前!」
「この、いい加減に!」
「バーニ伯爵、けっこうですよ。今のようにルドルフ様は言われたことを理解出来ませんし、身に付きません。公爵令嬢に敬意を払えと言われても、私が彼を従える力を示していないので、ガルガルと吠えてしまう。犬ですからね。人間として対話するのは諦めて良いかと」
「…………」
「お前、言わせておけば!」
「ルドルフ!! 動くな!!」
「くっ……!」
「ほら、犬の躾けのようなやり方しかルドルフ様には効果がないでしょう?」
私に食って掛かろうとするルドルフ様。
それを牽制するバーニ伯爵。
私の説明に絶句するレイト侯爵。
「犬かぁ。そう言われると納得してしまう面があるな」
「犬……」
眼鏡クイ。
フィリップ様は私の説明に何とも言えない表情。
セドリック様とエドワード様は感心した様子。
「相手を人間だと思うから良識的な対応をしてしまうんです。話せば分かるはずだと。理解し、反省してくれるはずだと。構いませんが、それで攻撃されるのはおそらくシルフィーネ様になります。しかし、犬と思えば適切な対応が見えてくるのでは?」
「……しかし、そんな。だが……」
レイト侯爵は真っ当な人物だ。国王陛下や宰相閣下と同じね。
バーニ伯爵も立場を弁えているし、常識がある。
でも、だからこそ薔薇の会の行動理念が理解出来ない。
常識的に対応してはいけないのだ。
ネット社会で生きてきた私にはこう言える。
『人類には信じられないような人間が居る。そういうものですよ』と。
常識が通じない人間は、たぶん今世の環境だと視界に入らないのよ。特に高位貴族だとね。
そういう人も居るんだぁ、怖っ、関わらないでおこっと!
という感覚が、おそらく乏しい。
貴族令息なのだから、道理を説けば理解し、改心し、貢献してくれるだろうなんて考えてしまう。
善良で常識的な人たちだなぁ。
なお、私が常識の通じる人間側なのかは別判定よ。
「……どうすればいい? 公女の意見を聞きたい」
「真っ当に対応をするなら、まずアレクシス殿下から遠ざけて、ルドルフ様に対して媚びないで接することの出来る男性陣に体罰ありきでしごいてもらうあたりですね。身分差に厳格であれ、と。私やシルフィーネ様を下に見るなと。身体に刻み込みます。これもかなり良識的な対応かと。体罰といっても刃物など使わなければ、彼の体格ならある程度は痛いだけで済みます」
「……そうだな。王都を離れた場所の騎士団に入れるのもいいか。近くに置いておきたくないからな」
「ただ、これだと根っこの部分は変わらないかもしれませんわね。シルフィーネ様の前に立ったらまた同じ態度になるかも」
「……他にはあるか?」
「どうせシルフィーネ様に言い掛かりを付けにくるのだから、彼女に護衛を付けておき、王家の影とも連携して、何かあったら即座にルドルフ様を排除し、人知れず処分する」
私は扇で首を掻っ切るジェスチャーをしてみせる。
これ、伝わるかしら?
「それは流石に……」
「あとは犬の躾けをするプラン」
「……そのプランは何だ?」
「シルフィーネ様を連れてきますと、ルドルフ様は彼女に言い寄ろうとします。『ヘレンとは誤解なんだぁ、愛シテナインダー』とかおっしゃって。その度に彼を抑え込み、ズボンを脱がしてお尻をバンバンと叩くのです。シルフィーネ様に近付いたり、話しかけようとしたら、そういう目に遭うと身体に教え込む。騎士団の体罰とは違う、羞恥心と痛みで『わからせ』ます。何度かそれを繰り返した後で学園に放流して経過観察ですね。もちろん、学園でもやらかしたら、その度にお尻ペンペン」
私は扇で叩く仕草をする。
「…………」
「……お嬢様」
「それは犬というか、子供の躾けでは? しかも比較的、かなり平民的というか」
「でも、意外と効果的かと」
ちょっと侯爵家と伯爵家の婚約についての話し合い結果としては目を逸らしたくなる結論だけど。
「……バーニ伯爵はどう思う?」
「わ、私は……」
バーニ伯爵が流石に私のプランに狼狽えている。
「ルドルフ様は体格も良く、筋肉も付いていて、また騎士団の流儀は彼の価値観に反しませんわ。騎士の体罰で一時的に躾けたところで、彼は決闘なりでその相手に勝利すると、また価値観を上書きします。その頃には敵なしのモンスターが出来上がっているかもしれません。かといって、言葉で教え諭しても彼の耳には届かない。騎士の流儀ではない体罰が効果的ではないかと」
だからこそのお尻ペンペンである。
「……分かり、ました。やりましょう」
「は!?」
バーニ伯爵が観念したように頷いた。
ルドルフ様は私を睨みつつ、何を言っているんだと言いたげだった。伯爵が承諾したことに驚愕している。
「じゃあ、シルフィーネ様をまた呼んできてー。ルドルフ様が大人しく出来るか実験ですね!」
かくして、ルドルフ様お尻ペンペン作戦が始まったのだった。
お尻が腫れ上がるまで叩いて、痛みでお尻を抑えながら学園生活をさせて、その姿を学園生徒の皆さんにご覧に入れましょう。
うんうん。
特に何の他意もない光景になると思うわ!