50 救援要請
「は……?」
ルドルフ様は集まったメンバーに対して怪訝な表情を浮かべていた。
私のことは睨み付けていたわ。
席に着いた彼にシルフィーネ様から婚約解消を告げられると、理解が追い付かない様子で小さな声を漏らす。
ところでプラスチックってどう作るのかしら。
流石に無理よね、ふわっと知識では。
私は上品に紅茶を飲みつつ、そんなことを考える。
プラスチック製のストローこそ王道だと思うわ。
紙? 断固としてダメよ、紙ストローは。
「何を言っているんだ、シルフィーネ……」
「お父様。ここから先は、家同士の話かと。私はもうバーニ伯爵令息と話す意味はないので下がらせていただきますね」
「ああ、シルフィーネ。そうしてくれ、シルヴァン。頼むぞ」
「はい、父上。シルフィ、行こう」
「ありがとう、シルヴァンお兄様」
あら、一切の応答をせずにシルフィーネ様を下がらせるようだ。
意外な対応かもしれないわ。でも、安全面を考えるなら無難よね。
……これ、もしかして私が注意を促して同席を望んだから、こういう対応になった?
「ま、待て! 何だ!? 一方的に! それだけ言って立ち去るなど許せるはずがないだろう!」
「バーニ伯爵」
「はい、侯爵。ルドルフ」
「父う、」
「ふざけるな!」
「ぎゃっ!」
実は王宮騎士団長だったりするバーニ伯爵が、私たちの目の前でルドルフ様を殴り飛ばした。
鉄拳制裁。体育会系男性の社会感である。親父にもぶたれたのよ。
「お前とは話す価値もないだろう」
「ぐっ……な、何を……父上」
「お前、学園に入ってからロクにレイト侯爵令嬢との交流がないな? その場に彼女が居ても声すら掛けず、無視し続けていたのだろう」
「そ、それは……」
サッと視線を逸らすルドルフ様。
その反応からして無意識の行動ではなかったのかしら?
え、自覚的にシルフィーネ様のことを無視してたの?
「狩猟祭では獲物を贈らなかったと聞いている。婚約者が居るのなら、婚約者に贈るのが礼儀だ。それさえも分からなかったのか」
「あれは! シルフィーネがそれでいいと……」
「本当に?」
「は?」
私はそこで口を挟んだ。
部外者のことに首を突っ込むスタイルだ。
「ルドルフ様、貴方、そのことをきちんとシルフィーネ様に確認された?」
「な、何を言っている……?」
「狩猟祭の日、ルドルフ様とシルフィーネ様が会話しているところなんて私、見ていないけれど?」
「は?」
くすくすと笑ってみる。
「あの時は……俺は……お前に……」
「『お前』? ふふ、伯爵令息は公爵令嬢に『お前』などと吐き捨てて良かったかしら? ねぇ、バーニ伯爵」
「いいわけがありませんな」
「私とシルフィーネ様の仲ならいいのよ? 彼女とは友人らしくありたかったから認めているの。でも、ルドルフ様にそのような態度を許したことなんて私、ないのよねぇ」
「お、お前……うっ」
ルドルフ様が伯爵に睨まれて口を噤む。
でも、そこは謎の根性を見せるルドルフ様。
「俺を嵌めたのか! 狩猟祭の日、俺はお……こ、公女から獲物についてどうするか、シルフィーネからの要望を聞いていた!」
「ふふふ。別に罠に嵌めたつもりなんてないけど。ルドルフ様、私はあの時『シルフィーネ様に獲物を贈るな』とは言っておりませんよ。ただ『ヘレンさんに贈ることを黙認する』と言いました。つまり『ヘレンさんに贈れ』とも言っておりませんの。あの提案が、確かにシルフィーネ様からの提案だったところで、貴方にはそれでも尚シルフィーネ様に獲物を贈る選択肢があったのではなくて?」
「そっ……それ、は……」
私は珍しく扇を取り出し、口元を隠す貴族令嬢仕草をする。
「愚かなこと。あの時点で貴方がシルフィーネ様との婚約関係を如何に軽く考えていたのか、明確になりましたわ。まぁ、狩猟祭に至る以前の問題でしたから、あれだけが今回の婚約解消の理由ではないでしょうけれど、ね?」
「な……」
口をパクパクと開くルドルフ様。
「お、俺は! ヘレンとはそういう仲じゃない!」
「今、その話はしていないよね?」
そう指摘するのはセドリック皇子。
私と並んで『何でここに居るの?』枠だ。
まぁ、私よりは正当な理由があるか。
「君さ、ルドルフくん。シルフィーネ嬢との婚約を解消されて、なんでそんなに慌てているの? 君、明らかに彼女との縁組なんて望んでいない様子だったじゃないか。何? 好きだったのかい、彼女のこと。あの体たらくで?」
「す、好きとか嫌いの問題ではない……。それに何だ、お前は!? たかが留学生の従者が偉そうに!」
あら、意外。セドリック皇子のこと、アレクシス殿下から聞いていないのね。
「そう来たか。ここで正体を明かしてもいいの? マリアンヌ嬢」
「お好きになさっていいのですよ。正解なんてありませんから」
「そうか。ていうか、腹心の部下にも話していないってことは、アレクシス王子も他人に伝えてないってことだよな」
つまりヘレンさんがセドリック皇子について知っているのはおかしい、と。
ならば私が言っていることも『真』なのではないか、ね。
「俺、実はエドワードの従者じゃなくてバロウ皇国の第三皇子なんだよねー」
「……は?」
「ていうか、俺が座っててエドワードが控えるように立っている時点で、俺たちの本来の立場が違うって分からない?」
「あ……」
本日、セドリック皇子の従者であるエドワード様は如何にも従者です、という様子で佇んでいた。
正式な告知がなかったとしても気付く人はそれだけで彼らの本来の立場に気付くはずだ。
「そんな……」
「そして、シルフィーネ嬢の次の婚約者に内定している男だ」
「は!?」
「まずは正式な婚約解消をしてもらわないといけなかったからね。事の顛末をこうして見届けさせてもらったよ」
「あら、おめでとうございます、バロウ皇国のセドリック皇子。私もシルフィーネ様を紹介した甲斐がありましたわ」
「ははは、君にそう言われるのは複雑なんだけどね?」
それは知らないっと。
「お、お前……! お前ら! 何を勝手なことを……! シルフィーネは俺の婚約者だぞ!」
「違いますよ?」
「違うだろ?」
「お前は、レイト侯爵令嬢の話を聞いていなかったのか? お前と彼女の婚約は既に解消している。これは家同士の判断だ。覆すことはない」
私、セドリック皇子、バーニ伯爵が畳み掛けるようにルドルフ様に現実を突きつけていく。
「な、何故ですか、父上……!」
「何が何故なのだ……。お前はおかしくなってしまったのか? お前の普段からの態度が、彼女の婚約者としてそぐわなかった。それだけだ。お前、相手が格上の令嬢だということが分かっていないのか」
「俺はアレクシス殿下の近衛騎士になる男です!」
「ハッ!」
父親に鼻で笑われちゃった。
そのアレクシス殿下の将来があんまり明るくないから、そのハッタリは効かないのよねぇ。
「とにかく決定事項だ。アレクシス殿下の下に行きたいのなら好きにしろ。だが、これ以上、レイト侯爵令嬢に付き纏うことは許さない。彼女に直談判することも禁じる。お前、王家の影からも監視されているそうだな? 無体なことを考えても、それらすべてが明るみに出ることを忘れるなよ」
「……!」
「レイト侯爵、この度は愚息が大変申し訳ございません」
「いや、バーニ伯爵からの謝罪は既に受け取っている。それに円満な婚約解消を認めてくれたからな。バーニ家に対して思うことは、我らにはないよ。しかし、次男殿はなんというか、騎士として以前の問題に見受ける。貴族令息としてかなり厳しい再教育が必要ではないか?」
「おっしゃる通りでございます。ルドルフ、お前もこれまでのレイト侯爵令嬢に対してしてきた無礼な振る舞いを詫びろ」
「そんな……何故、俺が……」
「お前っ!」
「ぐっ……!」
父親に凄まれて、いつものような態度が取れなくなるルドルフ様。
個人で彼と対峙していたら、たぶん怖い部類の男性と思うけど。体格差があるからね。
こうして見ると親元で暮らす少年よねぇ。
「……なんで、こんな……いきなり……おかしいだろ……」
とうとう、ぶつぶつ文句を言い始めた。
普段の威張りちらし騎士モドキくんムーブが形無しね。
「……フィリップ! お前、何を黙っているんだよ! お前も何とか言えよ!」
「え、ここで私ですか?」
困ったルドルフ様は何故かフィリップ様に助けを求め始めた。