05 ダンスレッスン
学園の授業の一つにダンスレッスンがある。
その時は自前で用意したドレスを着てきても許される。
もちろん、貸し出し用の既製品ドレスもある。
「マリアンヌ様は自前のドレスですよね? それとも殿下に、は……いえ、その」
「期待出来ないわね。まぁ、別に本格的なパーティーではないのだから構わないわ。それに自前のものを用意しようと思っているのだけど」
「何か問題でも?」
「いえ、ちょっと今回は彼らのためにある提案をしてみようと思うの。さっそく先生に許可を申請してみるわ、ふふ」
「はぁ……?」
マリアンヌが何やら計画してるらしいが、それが何なのか分かったのはダンスレッスン当日だった。
「ま、マリアンヌ様!? その格好は!」
「ふふ、どうかしら? 似合うでしょう? 男装も」
マリアンヌは男性側の服装で現れたのだ。
髪もリボンでまとめている。
男装の麗人といった体に女子生徒たちから黄色い悲鳴が上がった。
マリアンヌは内心で『悪役令嬢の美貌は、やっぱり凄いわね』などと思っていた。
「本日の私は男性パートを担当致します。どうか、レディの皆様、私にエスコートさせてくださいませ」
また女子生徒たちから歓喜の声が上がり、マリアンヌは苦笑する。
「さらに今回は先生へ提案させていただきました。男子生徒のどなたかにも私とは逆に女性パートを担当していただくのはどうかと」
マリアンヌのその言葉にハッとする生徒たち。
当然、その視線は『彼ら』へ向けられる。
「きっと素敵な経験になることでしょう」
そう、これはマリアンヌから『彼ら』のための贈り物なのだ。
これならば彼らも気兼ねなく男性同士で踊ることが出来るだろう。
「本人の自己申告で、となると禍根を残します。なので、今回の提案をさせていただいた私から女性パートを担当する男子生徒を指名させていただきます。私の責任で選びますので、拒否はしないでくださいね。これはあくまで授業なのですから」
マリアンヌは変わらず微笑みながら続けた。
完全にお膳立てが整ったというワケだ。
「フィリップ・ラビス侯爵令息、貴方を指名致します」
その指名を聞いて、ほとんどの生徒たちが『やはり』と思う。
指名されたフィリップは教師の手前もあり、渋々といった様子で女性パートを担当することになった。
「フィリップ様、ドレスは着ないのですか?」
男装のマリアンヌが声を掛ける。
「……着るワケないでしょう」
それに対してフィリップは嫌そうに答えた。
「なるほど、『男性のお姿のままが良い』のですね? 私も理解が浅く……承知致しました」
「はぁ……?」
フィリップは『何を言っているんだ?』という表情を浮かべる。
対するマリアンヌは。
「ふふ、分かっています。いえ、分かりましたから。そうなのですね……、男性のお姿のままが良い……」
何やら訳知り顔で頷き、生温かい視線を向けながら微笑む。
如何にもそこに深い事情でもあるかのように。
含みを持たせながら言葉を繰り返した。
当然、他の生徒たちの耳にもそれは聞こえている。
ダンスレッスンは男装の公爵令嬢の麗しさと、禁断の愛に苦しむ悩み多き男子たちへの好奇で満たされていた。
「アレクシス殿下、私と踊りますよね!」
「ああ、ヘレン。当然だろう?」
アレクシスのパートナーにヘレンが当然のように名乗り出る。
婚約者を差し置いて出しゃばった、或いは選ばれたと。
そのように勝ち誇りたくてヘレンはマリアンヌに視線を向けたが、その時にはもうマリアンヌ目当ての女子生徒たちに囲まれていた。
「……選ばれないのが分かってて男装したの? そんな手で逃げるとか」
マウントを取り損ねたヘレンはほんのり苛立ちを感じるものの、攻略対象たちを前にしてはっきりとは言えなかった。
「あ、フィリップ様は殿下たちと踊っていただければ……俺たちはダンスが苦手なものでして」
フィリップは結局、攻略対象たちを相手に女性パートのダンスを踊る羽目になる。
「はは、フィリップ。どうせならドレスを着てみたらどうだ?」
「殿下まで! お断りですよ、まったく」
そんな光景を遠巻きに見る生徒たち。
「アレクシス殿下、嬉しそうですわね……」
「ええ、きっと本当に喜んでいらっしゃるのよ」
「マリアンヌ様もあのように男装までされて」
「きっとこれまでも苦労されていたのね」
ダンスレッスンの合間に、ひそひそと交わされるやり取り。
彼らの様子を遠くから生温かい視線で見守る。
「フィリップ様、次は私と踊りましょう! あ、でも私ぃ、女性パートしか踊れなくてぇ」
「ヘレン、貴方まで! 流石に私も怒りますよ」
「あはは!」
アレクシスたちのグループはそんな風に一つの場所に固まってダンスレッスンをこなしていた。
彼らはどうもヘレン以外の女子生徒と踊る気はない様子だ。
「あれは……やっぱり?」
「彼らと踊れるのはヘレンさんだけなのね。そうよね、せっかくフィリップ様と踊れるのだから……」
「ええ、他の女子生徒に囲まれてはせっかくの機会を失うと思っていらっしゃるのよ」
「それにしてもヘレンさんたら何も知らずにあんなにはしゃがれて……」
「きっと鈍感な彼女だから、あの役に選ばれたのね」
「そうなのでしょうね……なんというか、やっぱり」
彼らの様子を遠巻きに見ながら囁く。
「「「ヘレンさんもお可哀想に……」」」