48 その頃のヘレンさん
「ねぇ、セド……」
「君、本当にしつこいねー。従者の俺なんかに構うの、やめてほしいんだけど」
「そんなこと! セドはもっと凄い人だよ!」
「うわぁ……」
「な、何?」
「いや、よく言えるなぁって」
「な、何を……?」
「君がアレクシス殿下とよく話してるの、知ってるんだけど?」
「そ、それが何? アレクシス様とはそんな、」
「つまり、殿下から『何か』聞いててもおかしくないだろうって俺から見ると、そう思うワケ。で、そんな君がエドワード様じゃなく、やたらと俺にだけしつこくすり寄ってくるってさぁ……。『ああ、こいつ、殿下から聞いているんだな』ってなるワケだ」
「……!」
セドリックの指摘を受けて、ヘレンは絶句し、青ざめる。
(しまった……! そうなるの!? でも、逆ハーレムルートでそんな反応……!)
「別に君、俺と仲良くする必要性ないんじゃない?」
「な、なんで……?」
「いや、充分でしょ。殿下に騎士様、大商会の息子。君は充分にいい男を捕まえたよ。もうそれで満足したら?」
「ち、違……。私、そんなつもりじゃ……」
「はいはい。そういうのはあの三人担当だから。俺は、この学園で自由に過ごしたいの」
「セド、なんでそんなに冷たいの……?」
「冷たい? それは勘違いだよ」
「勘違い……?」
「君のことはむしろ応援してる」
「え? 私を応援?」
「そう。ぜひ、あの三人の心を離さないでおいてほしい。俺のためにも」
「え? どういう……」
「流石に三人以上も男性を連れ歩いて……って無理だと思わない? 本当は気付いているんじゃない?」
「……な、にを……」
「ほら、男性と女性じゃ価値観って違うだろう? もちろん個人差はあるけど。女性側としたら相手が王子様やエリートで、きちんと自分が目を掛けてもらえる立場なら『二番手』に甘んじてやっても、まぁアリかと思う人も居るかもしれない。パートナーの身分も裕福さも重要だろうからね。でも、男性側としたら、あんまり他の男と一人の女性を共有したいと思う奴は少ないんじゃないかな? それが惚れ込んでいる相手なら尚更。俺なら伴侶となる女性のことは独占したいと思うけど?」
「そんなこと……。男女差別だと……そういうのは良くないと思う……。セドにそんなこと言ってほしくないよ、私……」
「それ、今の会話に合っている言葉だと本当に思ってる?」
「…………」
「じゃあ、そういうことで。頑張って彼らを逃がさないようにね、ヘレンさん」
「あっ、待っ……」
ヘレンはもう何度目か分からないアプローチをすげなく躱わされて、去っていくセドリックを追いかけることも出来なかった。
「どうして……」
上手くいっていたと思っていた。
だが、攻略対象たちの反応は二極化してしまっている。
(途中まで上手くいっていたのに! 今だってアレクシスたちは私を愛してくれているのに! なのに、セドリックもシルヴァンも全然好感度が上がらないじゃない! それに何より……フィリップ!)
フィリップは髪型まで変えて、あろうことか悪役令嬢の従者になっている。
一度は攻略を完了させ、自分のモノにしたはずの男をむざむざ奪われた事実にヘレンは屈辱を感じていた。
(悪役令嬢のくせに! ずっと大人しいと思ってたら、あんな! 騙し討ちみたいに!)
悪役令嬢マリアンヌは、きっと最初からフィリップ狙いだったのだ。
ヘレンがシルヴァンやセドリックの攻略に動いた隙を見計らい、アプローチした。
最初からそのつもりで、マリアンヌは大人しいフリをして、チャンスを待っていたに違いない。
それに気付かず、自分のものになったはずのフィリップを奪われてしまった。
(絶対に許せない! マリアンヌが余計なことをしたせいでセドリックやシルヴァンも私を遠ざけるようになったのよ!)
本当ならアレクシスやセドリックにマリアンヌの悪評を吹き込んで、追い詰めてやりたかった。
なのに、わざわざ監視が付くと言われて。
今の学園でヘレンを虐めるような人間は居ない。
それは快適ではあるが、悪役令嬢がボロを出していないということでもある。
かといって自作自演での冤罪はリスクが高いと突きつけられて、ヘレンには何も出来なかった。
(何も出来ない私をきっと嘲笑っているんだわ……! こうなったら……今の状況で出来ることをやるしかない! マリアンヌだけは絶対に許せないんだから!)
ヘレンは、未練こそあるが……あることを決めた。
「フィリップごと、追い詰めてやるんだから」
味方となってくれるアレクシスの立場の方がマリアンヌより上だ。
それにヘレンとアレクシスが一線を越えてなどいないことは、監視が逆に証明してくれる。
セドリックに言われたことではないが、男女で評価が変わるのも事実だろう。
あくまで友人関係に過ぎないヘレンとアレクシスと違い、マリアンヌとフィリップの関係は不貞だとすれば。
監視されていようとも事実に基づく指摘や噂であればいいのだ。
(悪役令嬢なんだから、評判の落ち方だって凄いはずよ。ヒロインの私はアレクシスたちと居ても、周りの皆に祝福されている。だから……逆に悪役令嬢のマリアンヌは皆に嫌われるのよ。それが運命。私にはヒロイン補正があるんだから、マリアンヌには逆の補正があるはず!)
フィリップごと悪役令嬢マリアンヌを追い詰める。
攻略対象の一人を諦めるのは業腹だが、マリアンヌへの怒りはそれを上回った。
「見てなさいよ。私から奪ったからって調子に乗ってフィリップを連れ歩いたこと、後悔させてあげるんだから!」
ヘレンはそう決意し、アレクシスたちの下へ向かうのだった。
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「……見ました?」
「ええ。セイン卿に散々アプローチしてフラれて……挙句に何やらマリアンヌ様やフィリップ様に恨み言を」
「どうしてそうなるのかしら?」
「ほら、ヘレンさんの中では、男性陣の愛の対象は自分だけだから……」
「だとしても、逆恨み? にならないかしら」
「この場合、どうなのかしらね?」
「アレクシス殿下は、マリアンヌ様と協定を結んでいらっしゃるのでしょう?」
「まぁ、あのお二人の婚約関係自体は表向き破綻していますのに二人ともそのことは気にせず、どころかあえての婚約継続で、その上でマリアンヌ様は堂々とフィリップ様と過ごし、殿下はあちらのグループで過ごされていらっしゃるんですもの。それって、つまりそういうことよね」
「ねぇ。お互いに婚約解消をすぐには出来なくても、互いに不干渉で、互いの『好きな相手』と過ごすことを容認する……。そういう協定なのだと思うわ」
「フィリップ様はどうやら罪作りな方のようですけどね……」
「アレクシス殿下やルドルフ様からのアプローチが凄いものね……」
「勿体無い……」
「宰相閣下が動かれているとか」
「陛下公認なのでしょう?」
「公爵家との調整中ではないかしら?」
「シルフィーネ様は、セイン卿と最近、交流されているそうよ」
「まぁ、本当? シルフィーネ様ならエドワード様と交流した方が良いのではないかしら?」
「はっきり聞いたことはないけれど、エドワード様にはあちらの国に婚約者が居るのではない?」
「ああ、それはありそうですわね」
「どちらにせよ、すべてアレクシス殿下やマリアンヌ様、そして陛下や公爵様たちがお決めになることよね」
「そうね。ヘレンさんは何も出来ないわよ。というより、現実を見れていないから空回りしていらっしゃるわ」
「そうみたいねぇ。でも、もうあの立場はヘレンさんにしか無理よね」
「流石にね。建前が崩れるもの。彼らの『真実の愛』のためには、ヘレンさんという建前が必要だわ」
「そうね。彼女が何をしても……どうにもならないわよね」
囁き合う女子生徒たちは、去り行くヘレンの背中を見る。
「「「「「「「「「「「ヘレンさんもお可哀想に……」」」」」」」」」」」




