45 冬イベント
リムレート王国の王都では、冬場でも雪は積もらない。
立地的にそういう土地のようだ。
とはいえ気温は下がっているので皆さん、それなりの服装をしている。
なのだけど、会場内は中々に熱気が溢れている気がした。
「中々の……盛り上がりぶりなのでは?」
「そうね、お祭りの日ぐらいの盛況ぶりだと思う」
対象とした参加者枠がどうしても限定的なので、それなりに人同士の間のスペースが開いており、歩きやすい。
前世のそういったイベントほどの圧倒的な密度ではないけれど、それが逆に快適だ。
事前にどういった展示をするか、物販をするかは『パンフレット』化している。
といっても文字を羅列したような実にシンプルなものだが。
物販ベースに並べられた商品群もきちんと参加者たちの興味を惹けているらしく、そこかしこから楽しそうな会話が聞こえた。
「……意外です」
「うん? 何が?」
「彼女たちの様子が」
はて。どういう意味かしら。
「何だか皆、下位貴族や平民の……友人同士のような、そんな雰囲気があります。彼女たちの間にも爵位の差があるかと思うのですが」
「まぁ、同好会だから細かいことは言わないように? 学園でもそうじゃない」
「それはそうですが……」
獲物や戦利品を前にして身分の差など関係ない。
とか言い出すと、流石に後々の問題になりそうなので控えましょう、ふふ。
「共通の趣味を、皆と一緒になって楽しむ場なのよ。だから、これでいいんじゃないかしら」
「そう、ですね」
認めちゃった。
彼女たちに沢山の燃料を投下した実績もあるのに。
でも、ここ数ヶ月のフィリップ様の活動もあって流石に皆さんも『対象』から外してくれている印象だ。
とはいえ、そもそも攻略対象。
元から女子生徒たちからの人気の高い男子なので、完全に注目されなくなったワケではないけれど。
「しかし、絵画の展示というには配置がおかしい絵画もありますが……」
下見の時には疑問に思わなかったのかしら?
後から配置変えすると思っていたのかもね。
基本、奥側に進むと普通の美術館のような配置で絵画が飾られているのだけど、それだけではない。
フィリップ様が指摘しているのは、物販ベースそれぞれの場所にも例の画風の絵画が設置されている点だ。
「イメージグッズなんだから、その代表となる『キャラクター』を設置しておかないと」
この新刊を売ってますよ! なポスター的な役割の配置だ。
これがあるため、人々の流れがきちんと物販ベースにも流れている。
頒布される薄い本こそないけれど、イメージ的には前世のイベント会場風の店の設置をしている。
ただ、もちろんあんな風に縦にずらりと並べられるほどの店舗数はないので雰囲気だけ再現ね。
机の上に布やレースなどを敷いて、その上に商品を置くタイプの店舗だ。
店の作りはイベント系の雰囲気だけど……どちらかというと屋台が並んだお祭り会場に近いかも。
「お祭りっぽいわねぇ、この雰囲気」
「そうですね。意図してそうしたのではないのですか、お嬢様」
「ううん、雰囲気を再現しようとしたら自然とこうなった感じ」
まぁ、冬イベントといえばお祭りではあるのだけどね。
とりあえず言えることは、皆さん、とても楽しそうで何よりだわ。
「奥のスペースに行く? 素敵な絵画が飾られているわよ。下見の時に見なかったものもあるから」
「……恐ろしいのですが」
「大丈夫、弟子1号を題材にした絵画はないわ。流石にそこまで嫌がらせはしないわよ」
「そうですか……?」
「まぁ、彼女たちの創作意欲が今後どうなるかは分からないけど」
「何か?」
「いいえ、何もないわ」
今年はフィリップ様の絵画はないわ。
でも、逆になかったことで燃え上るものもあるかもしれない。
それはもう私の制御を離れたことなのよ。
誰にも情熱は止められない。止まらないからこそ、進むしかないのだ。
「奥側は……さらに盛り上がっている様子ですね」
「黄色い悲鳴が聞こえてくるわねぇ」
「一体何を用意したのですか?」
「うーん、文化的に受け入れられないかと思ったけど、もしかしたら『当たった』かも?」
「はぁ……?」
この世界、演劇や小説はあるものの、漫画文化は発展していない。
なのでいきなり漫画をお出ししても『何これ?』という反応が返ってくるかもしれない。
だから、後々にはそうなっていくかもしれない種を撒いたのだ。
私とフィリップ様は人の流れに沿って奥のスペースへ進んでいく。
通路にはそれなりの数の絵画が展示されているわ。
「……よくこれだけ数を揃えられましたね」
「凄いわよねー。やっぱり絵を描ける人って凄いわ」
私は企画し、出資し、許可を得て、人を募り、必要なものを用意しただけだ。
コンテンツの充実には、どうしても多くの人の力が要るのよ。
最奥のスペースへ進むと、そこには目玉展示として『学生作品』を展示していた。
成人した絵師ではなく、あえての学生作品だ。
別に優秀賞だとか、そういうものは用意していない。
「……あれは。あの画風の殿下たちですか」
「ふふふ、そうよ」
アレクシス殿下、ルドルフ様、ロッツォさんの三人が、それぞれ一人ずつ一枚の絵画に描かれている。
胸元をはだけさせ、服を緩めに着こなしてポーズを取り、かつ正面に視線を向けている、つまり『こっちを見ている』絵だ。
それだけでなく絵画の隣に『台詞』を添えていた。
アレクシス殿下『私だけを見ろ』
ルドルフ様『お前は俺のものだ』
ロッツォさん『僕は貴方を離さない』
……などなど。
「……何ですか、あれ」
「ふふふ、絵に台詞を付けてみたの。まずは一枚絵と台詞だけ。そこからスタートかなって」
一コマ漫画ではないけれど、絵画と台詞の融合だ。
まだ脳内でそれらを結び付ける文化がないかもしれない。
でも、私の意図した方向では受け止められている様子だ。
あれなら、シンプルに『見ている相手』が女性と考えてもいいかもしれない。
まぁ、そういう方向性のイベントではないので、彼らの目線の先に居るのが誰かは、彼女たちの脳内が決めることだ。
「!!!」
「!!?」
黄色い悲鳴やら声にならない悲鳴やらで彼女たちが盛り上がっている。楽しそうだわ、ふふふ。
ちなみにこの最奥に飾られた台詞付きの三点の絵画は、三つ合わせて題名を『真実の愛』と銘打っている。
「こ、これは……なんて斬新な」
「このような表現があったなんて……」
「ああ、刺激が強過ぎますわ……!」
うんうん、楽しんでいるわねぇ。
「大丈夫ですか、彼女たちは……」
「安心して。救護施設とその人員は用意しているから」
「何か起こる前提じゃないですか」
まぁ、イベント会場だし、何かあったら怖いもの。
さらに移動する私たち。
「……あちらは?」
「あれは、ちょっとした仕掛けありの、似たようなものね。ちょっと試してほしいことがあって」
「ガラスに……先程のような文字が? いや、それだけではない?」
そこに展示されているのは、レイヤー構造の絵画。
まず下地となる『背景』の絵画があり、その手前側に重なるようにガラスを設置している。
そのガラスには『人物』の絵画が『切り出されて』貼り付けてある。
さらに手前にもまたガラスが設置され、散らばった花や小物などが切り出され、貼り付けてあって。
一番手前には『フキダシ』付きの台詞が貼り付けてあるの。
「横や斜めから見れば構造がどうなっているのか分かって、正面から見ると背景の絵画と切り出された絵がすべてが重なって見えるのよ」
「複数の絵、要素を重ねて……一つの表現を……?」
一枚絵の中で重ねて表現する技術自体は既になくもないものだ。
でも、ガラスを挟んで『構造』をそのまま表現して人に見せる物はまだないんじゃないかな? と。
そう思ったので作ってもらったわ。
あとは、こうして『どういう構造なのか』を示して、これを見た人に『こうすればいいんだ』と伝えて創作意欲が湧くことを期待してのものね。
横から見たのと正面から見たのでは印象が変わるので、ちょっとしたアトラクション要素も含む。
そのためか、けっこう人が集まっている展示だ。
正面の床面に『ここに立って見てください』というありがちな案内も設置している。
実は、こういうのは色々と散りばめていて『線画と黒塗りだけの絵画』とかもある。
あえて色を塗らないタイプの白黒の絵ね。
実は余計な線を消すために白塗りもしているわ。
いつか、彼女たちの創作活動の足しになればいいなぁ。
私が次に開発研究するのは、やっぱりトーンかしら?
展示物の中では、特に学生作品ということで『真実の愛』三点セットに注目が集まっている。
一体誰が描いたのか?
そう、それは当然、ミリアーナ・ベルジュ子爵令嬢の作品だ。
賞こそ与えていないが、配置は如何にも金賞・最優秀賞みたいな配置。
絵画の説明看板には描いた人の名も『ミリアーナ・B』と示されている。
作品に対する評価だけでなく、描いた人物にも注目が集まっている様子よ。
「これは……主旨はともかく、美術品の展示会としても、評価されるべきものではないでしょうか」
あら。中々の高評価ね。
フィリップ様は意外とこういうのを許容してくれるらしい。
ところで会場内には流石に食べ物系は置いていない。
一応、近隣の店舗には、この日に催しがあって人通りが増えるかもしれないとは通達している。
なので、それこそお祭りよろしく近隣で屋台を出す許可を取り、屋台を出してもらっている。
彼らの儲けにもなればいいわね。
また参加者には参加証が配られ、会場から一時的に外に出てもまた戻ってくることが可能だ。
なのでお昼休憩で離れた参加者たちが、また戻ってくることもある。
イベントの開催期間は二日間。
一日だけにしようかとも思ったんだけど、それだと混雑し過ぎる気もしたので、二日間にした。
あまりに長引かせても息切れしてトラブルが起きそうだからね。
物販の品切れとかになったら、良くないだろうし。
まぁ、メインコンテンツは展示だけど。
「二日で……大丈夫ですかね?」
「うーん。一日目だから珍しくて人が集まっているのかもしれない。明日も同じように集まるのか。でも、あまりお祭りが長引くのもね。楽しい内に終わってしまう方が良い思い出になると思うわ」
そんな風に思っていたのだけど。
色々と様子を見ながら、どうにか大きなトラブルもなく一日目を終えた。
そんなところで、私の下に届いた多数の手紙。
それは嘆願書だった。
イベントの延長嘆願。
というか、参加者たちの『保護者』が目にする機会も与えてほしいというものだった。
「……保護者?」
今日、家に戻った参加者たちが親にも教えたのかしら? これが親フラグ。
趣味に理解のある親なのね。趣味を話せる関係なのは良いと思うわ。