43 ヒロインの友人
ミリアーナ・ベルジュ子爵令嬢。
それが、本来の『ヒロインの友人』枠である人物だ。
ゲームでは、大人しめの性格。
天真爛漫なヒロインと気が合うのは、色々と正反対の性質だからだった。
ゲーム的に言うとサポートキャラクターの面が強く、色々と攻略対象の情報を教えてくれる。
ただし、攻略対象との出会いのきっかけになるなどの要素はない。
攻略対象たちは全員がこの世界、この時代においては優良物件。
故に彼らの噂も出回っており、ミリアーナが教えてくれることも、そういったものが多い。
どちらかというと彼らのことを何も知らないヒロインこそが浮いた存在だったのだろう。
普通に貴族令嬢をこなしていれば知れる程度の情報ばかりだったと今なら分かる。
なのでミリアーナが殊更に情報通というワケではない。
ただ、普通に社交を相応にしていて、当たり前に知れる情報を知るぐらいはきちんと出来る令嬢ということは分かる。
加えてイベントなどでチラホラ会話するものの、サポート役としては後半、特に役には立たなくなる。
具体的に言えばルートが確定した辺りからだ。
『ここからは貴方次第よ』とプレイヤーを突き放してくる。
なので、サポートキャラとして呼び出すことはなくなっていく。
攻略対象と結ばれた後で話すと『おめでとう!』と祝福してくれるので、普段の友人関係はちゃんとあったのだろう。
あくまでゲーム上のヒロインと彼女には。
今世は、ヒロインが転生者なため、ミリアーナからのお助け情報は不要だ。
ヘレンさんもどうも単独で動いている様子。
現実で考えれば、社交の足掛かりというか、グループや派閥の参加への足掛かりに交流を取りそうなものだけど、ヘレンさんはそうしていないように見える。
ヘレンさんは、悪役令嬢の私以外の女性が意識出来ないみたい。
「さて、現実の彼女はどういう人なのかしらね」
「子爵令嬢に会われるのですよね、お嬢様。学園で?」
「ええ、そうよ」
放課後、私は忘れていたヒロインの友人に会いに動いていた。
シルフィーネ様ではなく、フィリップ様を同行中。
「……何故、こちらに」
「同好会に所属しているみたいよ。放課後に活動しているんですって」
前世とは様々な面が違うのだけど、学生活動的には似たようなものもある。
この学園では、学園側の許可を得て生徒たちが何かしらの活動をすることが多い。
「何の同好会ですか?」
「ふふ、少し期待はしているけど、まだ何も分からないわ」
「はぁ……?」
そうして話している内に私は目的の教室まで辿り着いていた。
独特の匂いがする。おそらく、この匂いは……。
私は、そっと教室の扉を開いた。
そこには、キャンバスに向かって椅子に座る一人の女子生徒が居た。
「お邪魔するわね」
ここは美術系の同好会の活動拠点。
絵画を嗜むのが主な目的と聞いている。
刺繍ではなく絵画なのがいいわね。
「貴方がミリアーナ・ベルジュさん?」
「……はい?」
振り返って私たちを見る彼女。
赤茶色の髪の毛は三つ編みにされてまとめられている。
絵に描いたような、大人しく素朴な女性という印象だ。
華やかなヒロインを引き立てるためか、地味な雰囲気。
でも、中々に素材は悪くない。
きちんと着飾れば文句なしの華やかさも得られるだろう。
「え!? あ、貴方はオードファラン公女!? それにラビス侯爵家の……!?」
「驚かせてごめんなさい。ミリアーナ・ベルジュ子爵令嬢、で合っているかしら?」
「は、はい!」
「少し貴方と話がしたいのだけれど、いい?」
「え、話? 私とですか?」
「そう、貴方と」
「わ、分かりました」
彼女からは敵意は感じられない。
至極、普通の態度だと思う。
高位貴族相手に恐縮している。
転生者で知識があって、という様子もなさそうに思う。
そういうタイプが私を見たら、思い付くのは公女ではなく悪役令嬢の方だろう。
もっと警戒心を見え隠れさせるはずだ。
彼女にはそれがない。
「中々上手い絵を描くわね」
「あ、ありがとうございます、オードファラン公女……」
彼女が描いていたのは風景画であり、特筆すべきことはない。
上手く描けてはいるので、それなりに才覚はありそうだ。
「ミリアーナさん、貴方に聞きたいのだけど。貴方はヘレン・アウグスト男爵令嬢と仲が良かったりする?」
「アウグスト男爵令嬢ですか? ええと、それは確か……その、噂の……?」
噂の。
その表現は、やはりヘレンさんと友人関係ではなさそうだ。
「そうね、噂の。どんな噂なのかしら? それも教えてくださる?」
「ええと、その。ええと……いいのでしょうか?」
ミリアーナさんは私ではなくフィリップ様に視線を向けた。
「いいのかしら、弟子1号」
「お気になさらず」
眼鏡クイ。
「いいらしいわ」
「はぁ……。その、高位貴族令息たちが、その。……愛のために囲い込んでいるご令嬢と」
愛のために囲い込んでいる。
うーん、どちらとも取れる言い回し!
やるわね!
「はぁ……」
深く溜息を吐くフィリップ様。
「ふふ、そうね。彼らの愛のために囲われているご令嬢ね。そんなアウグスト嬢と仲が良かったりしない? ミリアーナさん」
「いえ、特に親しくはないです」
やっぱり。お助けキャラも友人も要らずかぁ。中々な性格をしているわね、ヘレンさんも。
「ですが」
「ええ」
「入学して、しばらくした頃、彼女に話し掛けられたことはあります」
「まぁ、どんなことを?」
「今、彼女が親しくされている男性たちについて、当時聞かれました」
「あら、聞かれたのね。それで貴方はなんて答えたの?」
「一般的に知られている程度のことを答えました」
「そうしたら彼女は?」
「がっかりした様子で『やっぱり、その程度かぁ』と言われました。それからは特にアウグスト嬢と交流はありません。私も少し何というか、彼女の態度が『嫌な感じ』でしたので、交流したいとは思いませんでした」
「なるほど」
ヘレンさんたら、完全に友人関係の構築を失敗しているわね。
お助けキャラとして利用するだけしてやるつもりだったのかしら。
原作を知っている身として、それ以上の情報がないか探ったのでしょう。
ゲームに慣れたプレイヤーは、お助けキャラを頼って攻略する必要はなくなるからね。
「そう、分かったわ。それだけ聞ければ充分よ。ありがとう、ミリアーナさん」
「お役に立てたなら幸いです」
ヒロインとの友人関係なし。
転生者でもなし。
私に対する敵対意識なし。
高位貴族への敬意と警戒心あり。
至極、真っ当な人物のようだ。
ならば、これ以上、ミリアーナさんと関わる必要などない。
ないのだけれど。
「……まだ何かありますか?」
「うーん、とね。少し待ってね」
「はい」
ゲームに彼女のその後の描写はない。
ただヒロインの友人であっただけだ。
幸せになったとも、破滅したとも書かれていなかったはず。
ただヒロインの幸せは祝福してくれるポジションだったので破滅はしていないと思われる。
「貴方、婚約者は居る?」
「え? その、居ません」
「ベルジュ子爵家を継ぐ予定はある?」
「いえ、我が家には弟が居ますので」
「弟ね。女性でも爵位は継げるはずだけれど……?」
「それはそうですが、我が家は弟に継がせる方針です」
「そう、それは家門の方針なら何も言わないわ。それはそれとして、ミリアーナさんは当主になる教育は受けていない?」
「ある程度は……。ですが、基本的には嫁入り前提での教育を受けています。出来たとしても当主代行での一時的なものなどです」
「そう」
「ベルジュ子爵令嬢は、学力が高いですよ、お嬢様」
「あら、把握しているの?」
「はい。その程度なら」
「上位の成績?」
「それなりに」
「それなり」
「それなり……」
ミリアーナさんがムッとしているわね。
プライドは高そう?
「婚約者が決まっていない令嬢の中でなら?」
「……それは、隠れてトップ……かもしれません?」
「ふふ、そこははっきりしないのね」
「調査不足です、申し訳ありません」
「いいのよ、何となくそのような気がしたから」
ミリアーナさんは成績が張り出されるようなトップの成績ではない。
ただし、先に言った『婚約者の居ない令嬢』として考えて、婚約者の居る令嬢たちを除外していくと隠れたトップ層の成績、賢さらしい。
ということは現在、婚約の決まっていない令息からすると、賢さ優先ならば候補に上がる令嬢となる。
ただし、家格は子爵家であり、家門としては目立って望む相手とは言えない。
現在、彼女の婚約が決まっていないことも、おそらくそれが理由だろう。
「今現在、貴方の婚約は内々で誰かと進んでいたりする?」
「……いえ。少なくとも私には聞かされていません。もしかしたら家には何か届いているかもしれませんが」
「子爵の方針的には、貴方をどういった形で嫁に出す気でいるの?」
「……学園で良縁があれば、と」
「貴方次第?」
「……はい」
「なるほど」
これは高位貴族令嬢として囲い込むには悪くない人物かもしれない。
派閥に取り込めば、彼女も家格の低さをカバー出来るし、こちらで紹介すれば縁も繋げる。
ただ問題は私、結局はアレクシス殿下と婚約解消の予定で、今後は自由活動にシフトしていく予定の立場ということか。
次なる相手を見つけることは考えていない。
そんな私の派閥に取り込まれても……という、相手に提示出来るメリットが少ない。
「うーーーん」
でも、勿体無いわねぇ。
せっかく誰よりも早く見つけた良物件なのに。
今なら彼女に恩を売れる。
私は、殊更にヘレンさんを悔しがらせたくはないので、別に彼女をたらし込んで勝ち誇る気もないのだけど。
でも、ここで私以外の誰かが彼女に手を伸ばした時、ヘレンさんはどう動くだろうか。
彼らのグループを去ったフィリップ様にあんなに執着してくる人たちだ。
『勝手に私の知らない人と縁談を結ばないでよ!』という考えで、ミリアーナさんの今後を邪魔してくる可能性がなくもない……。
ミリアーナさんからすれば、謎過ぎる行動で予測出来ないから対処のしようもない。
今は、それこそ彼女の婚約が決まっていなくて目立っていないから手を出されないだけで……。
何かしらで注目されることでもあれば、ヘレンさん発信でアレクシス殿下が『君にはヘレンの友人になってもらいたいんだ』とか言われて連れていかれるかも?
そして、彼女の婚約にまで口を出して……とか。あるあるパターンな気がするのよねぇ。
考え過ぎかしら?
「ヘレンさん周りの騒動なのだけど、ミリアーナさんはどう思う?」
「それは……ええと」
私が尋ねると彼女は、私ではなくフィリップ様を気遣う視線を向けた。
「彼女にも問題はあるかと思いますが……同情の余地はあるのではないかと」
その反応は。
『王子と公女の婚約を破綻させている下位貴族令嬢』でも『真実の愛を悪役令嬢に邪魔されても健気な王子の恋人』でもない。
「貴方は誰推し?」
「誰オシ? オシとは?」
「……アレクシス殿下と……ルドルフ様?」
「そ、それは! その! いいのですか、その話をここで……?」
ミリアーナさんはチラチラとフィリップ様に視線を送る。
まるで私だけなら問題ないけど、彼に聞かれるのは……と言いたげな。
一般的な対応とは異なる。
この世界ならではの反応だろう。たぶん。
「ところで。巷で流行っている演劇や小説の、一部の流行なのだけれど。貴方は興味がある? 世間では『薔薇』と呼ばれている文化なのだけれど」
「そ、それは……」
目線を逸らしつつ、チラチラとフィリップ様を見る。
あるのね? あるタイプの反応ね?
「極一部の令嬢に近々、『薔薇』向けのイベントに展示する予定の絵画を見せたのだけれど。耳にしたことは?」
「……噂には聞きました。密やかにその存在を囁かれていると」
そういうのが耳に入る立ち位置なのね。
「貴方、その絵画を見てみたい? 密やかなイベントの予定だから、まだまだ参加者は募集中よ」
「え……。オードファラン公女が主催者なのですか?」
「ええ、そうよ。というか薔薇の流行を作ってもらったのも私。まぁ、実際に作ってくれたのはそれぞれのプロだけれど。それで、貴方はその絵画に興味は? ある? ない? 正直に答えてくれていいわ。どちらでも怒らないし、貴方を悪いようにも扱わないから」
「……あります」
あるんだ。
深くは嵌っていないけど、それなりに興味があるタイプかな?
これは、むしろ薔薇というより、ノーマル寄りの気質かもしれない。
この業界、ジャンル違いの趣味にとやかく言うのは御法度だ。
そうなるぐらいなら距離を置くのが無難である。
むしろ、それならば。
「演劇の台詞の添えられた人物画ってどう思う?」
「台詞の、添えられた?」
この世界、流石に現代風の漫画文化はない。
原型こそ、そこそこ昔からあるけれど。
流石に早いかしら。
いいところ、小説の挿絵辺りが受け入れられるところかな。
というか、ポスター文化の方が先? どうだろう。
劇場の客引き用の絵画とかかしら。
その特異なポジションから、何かしらの才能を持っているのではないかと期待してしまう。
「一度、貴方にその絵画を見てほしいの。そして、意見交換をしたいのだけれど、いいかしら?」
「え、見せていただけるので?」
「ええ、我が家で保管しているから。もちろん展示にも足を運んでくれると嬉しいわ」
「ぜ、ぜひ! よろしければ!」
「ふふ、もちろんよろしくてよ」
私の記録している案件にとっても、彼女との交流は不可欠だものね。
ヘレンさんやアレクシス殿下に彼女が何かされないかという懸念もある。
私が保護する名目で、ミリアーナさんとは交流することにした。
そんなミリアーナさんが……例の絵画にとても感動したらしいのは、また別の話だ。
感動する彼女に私は悪魔の一言。
「貴方も描いてみる? この手の画風で。今度のイベントの展示品は多い方がいいのだけど」
そう言った。
「や、やります! やらせてください!」
彼女の何かに火を点けたらしい。
芸術には、きっと人の心を震わせる何かがあるのねぇ。
「また犠牲者が増えた気がしますが」
弟子1号が哀れな者を見る目でミリアーナさんを見ていたわ。