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42/47

42 補完

「殿下たちが来られましたね」


 シルフィーネ様が彼らを見付けて、集まった皆さんに伝える。

 私たちは早めに登校して校舎へ進む道から少し外れた場所で集まって話していた。


 私の居る場所から、まだ遠い場所を歩いているのはアレクシス殿下だけでなく、ルドルフ様とロッツォさん、ヘレンさんもだ。

 彼らは合流済みだったらしい。仲良しグループねぇ、まさに青春!


 さて、誰が最初に私たちに気付くかしら?

 そんな風に思って観察していると、最初にこちらに気付いたのはヘレンさんだった。

 流石はヒロイン。何かの電波をキャッチする能力があるのかもしれない。


 ヘレンさんは、まず目ざとく私に気付いた後で一旦、怯えたような振る舞いをしようとし、すぐにピタリと止まる。

『どうした、ヘレン?』という感じのことを彼女に問いかけるアレクシス殿下。

 彼女が気付いたのは私の存在だけじゃない。

 私の周りに居る、フィリップ様、シルヴァン様、セドリック皇子たちにも気付いたのだろう。

 一応、シルフィーネ様もゲームの登場人物なのだけど、あまり眼中にはないらしい。



 ちなみにヒロイン・ヘレンさん以外の女性キャラは『ヒロインの友人』と『ヒロインのライバル』シルフィーネ様。

 そして『悪役令嬢』なマリアンヌよ。

 ヒロインのライバルと悪役令嬢って何が違うの? というと、ざまぁ対象かそうでないか。

 ラインを越えた所業をするか否か、或いはヒロインの味方になるかどうかの違いね。

 別にシルフィーネ様が破滅する予定はないのだ。


 でも、悪役令嬢こと私の友人キャラでもある。その点は現実のシルフィーネ様も一緒ね。

 シルヴァン様とは関わりは薄いけれど、シルフィーネ様とは前々から気心の知れた友人だ。

 公爵令嬢に身分が近い侯爵令嬢で年齢も同じだから何かと縁があるのよね。


 ゲームと多少違うところがあるとすれば、前世の記憶を思い出す前でも、私は彼女との身分差をあまり問題視しないようにしていたことかしら。

 だってねぇ。シルフィーネ様ぐらいはフラットに付き合わないと、まともな女友達が居なくなりそうじゃない?

 それが今世の世界観だといえば、それはそうだけど。

 皆さん、公爵令嬢の私を慮ってばかりでは流石に疲れるというもの。

 なんだかんだで前世の記憶を思い出す前から、今の私の片鱗があったのかもしれない。


「……こちらに向かってくるようです。お嬢様の予想通りですね」

「ふふ、突撃してくるって思っていたら本当に来るのねぇ」


 ヘレンさんを筆頭にズンズンと歩いてくる薔薇の会。

 さてさて、彼らの注目は最初にどこへ向かうのか。


「マリアンヌ」


 あら、私だった。そして第一声はアレクシス殿下から。


「随分と学業を疎かにしているようだね。しかも、君の怠惰な生活のためにフィリップを連れ回していると聞いている」


 どこ情報でそういう受け取り方になるのかしら。

 いえ、『特殊事案対策記録室』の活動は、知る人のみが知るものだけどね。

 それにしても一、二ヶ月前はまだやんわりと話していたアレクシス殿下がスーパーイライラモードで話してくるようになっているわ。

 順調に悪役令嬢の好感度が下がっているご様子。

 悪役令嬢としては婚約者に対するその態度や、ヘレンさんを平然と同行させている姿をやいやいくさすところなのだけど。


「ふふふ」


 とりあえず何も返答せずに微笑み返しておいた。


「マリアンヌ様! フィリップ様も迷惑されています! 彼を振り回さないであげてください!」


 ヘレンさんがそう言ってくる。王子とヒロインのコンボ攻撃が始まったわね!

 話し掛けられているのが私なせいか、シルヴァン様やセドリック皇子は黙っている。

 セドリック皇子はまだ表舞台では、ただのセド・セイン卿だ。

 留学生エドワード様も表向きは隣国の伯爵令息に過ぎない。

 もちろん、表向きでもそれなりの態度で接するべきだし、アレクシス殿下はセドリック皇子の正体も知っているから敬意を払われるでしょうけど。

 この状況だとセドリック皇子は強く出ないでしょうね。


「そう」


 私は、ヘレンさんの言葉に短くそう返事をした。

 ここに至った彼らとの会話は、まともに取り合わないのがいいと思う。

 対話が出来るか怪しい状態というのが真っ当な感性を持った人々の意見だ。


 なので、ここは……彼らの言葉を私なりに『脳内補完』する遊びをしましょう。

 今度のイベント開催へ向けて、より参加者たちの希望に沿えるように、その考えをトレースするのよ。


「フィリップ、お前も私たちの下へ帰ってきたいだろう?」


 フィリップ (はぁと)

 お前も私たちの下 (意味深)へ帰ってきたいだろう (はぁと)


「そうだぜ、フィリップ。お前が居なくなったせいでヘレンがいつも寂しがってるんだよ!」


 フィリップ (はぁと)

 お前が居なくて寂しいのは本当は俺なんだ (はぁと)


「……お嬢様、何か良からぬことを考えていらっしゃいませんか?」

「まさか、そんな。疑り深い弟子1号ね」

「いえ、マリアンヌ様が何か良からぬことを考えている時のご様子かと」

「まぁ、シルフィーネ様までそんな。誤解だわ」


 ただ、私は彼らの気持ちを深く理解しようと健気な努力をしているだけなのに。


「今、私たちが話しているところだろう。きちんと私たちの話を聞け」


 他に目を向けるなんて許さない、お前は俺の言葉だけを聞いていればいいんだ (はぁと)


「はぁ……」

「フィリップ! お前な、その女の従者なんてなって、それでいいと思ってんのかよ!」


 フィリップ、お前のそばに居るのが俺以外なんて耐えられないんだ (はぁと)


「ふふふ」

「……これ以上、妙なことを口走るのはやめていただけますか? 何か嫌な気配を感じるので」


 眼鏡クイ。


「フィリップ! どうして!? マリアンヌ様に何か弱みを握られているの!?」

「お嬢様のそばに居るのは私自身の意思ですが」

「そんなはずない!」


 そこで私をキッと睨み付けるヘレンさん。


「ふふ」

「……!」


 それでも、ただ優しく微笑み返す私を不満そうに睨んでくる。


「マリアンヌ、フィリップを解放しろ。彼は私の側近だ」


 フィリップは絶対に渡さない、彼は俺のそばにだけ居ればいいんだ (はぁと)


「絶対、まともに話を聞いていませんよね、マリアンヌ様」

「お嬢様、相手の話をまともに聞いていないのはお互い様になりますよ」


 あらあら、シルフィーネ様と弟子1号のダブルツッコミよ。

 中々に訓練されてきたわね。


「シルヴァン様も! フィリップ様がマリアンヌ様と一緒に居るなんておかしいですよね!」

「いいや、アウグスト嬢。特に問題はない行動だ」

「え?」

「ラビス侯爵令息がオードファラン公女の従者となるのは、公爵も宰相閣下も認めている。必要なことだと。なので問題はない」

「そんな! どうして、シルヴァン様も……私の言うことを聞いてくれないの……」


 ヘレンさん的にはシルヴァン様の攻略は、けっこう進んでいる認識だったのかしら。

 まぁ、確実にエンカウントは増えていたはずだから、それが攻略度合と勘違いしていても仕方ないわね。

 というか、別にゲーム通りだとしても攻略対象は『ヒロインの言うことを何でも聞いてくれる人』ではないと思うわ。


「セド! セドもおかしいって思うよね!?」


 セドリック皇子は表向き、ただの従者だから呼び捨て枠なのね。


「……おかしいって言われてもなぁ。急に何を言っているんだい? あと、そういうところだろ」

「は?」


 セドリック皇子は呆れたような態度で肩を竦め、同行してくれていた王宮騎士にバトンタッチする。


「再度、通達させていただきます。アレクシス・リムレート殿下、マリアンヌ・オードファラン公爵令嬢、シルヴァン・レイト小侯爵、フィリップ・ラビス侯爵令息、ルドルフ・バーニ伯爵令息、ヘレン・アウグスト男爵令嬢、ロッツォ・ニールセン殿の七名は陛下の命令により、王家の影の監視・護衛対象になっております。その行動や会話は影によって監視し、記録されており、またこの命令は陛下のご意思によって実行され、撤回されておらず、撤回の予定もございません。影は陛下の命令に従うのみ」


 王宮騎士により、再度通達された内容にヘレンさんたちは驚愕する。

 アレクシス殿下もだ。

 この人たち、やっぱり監視がなくなったと思っていたらしい。


「なっ……!? 何故だ!?」

「陛下のご命令であり、陛下のご意思であるからです」

「既に私は父上に抗議しているのだぞ!」

「……抗議されたことが必ずしも叶えられるとは限らないのではないかと存じます」


 ヘレンさんが、そこで青い顔になる。

 何か私に関する悪評の吹き込み作業でもしていたのかしら?


「ど、どうして私たちまで……?」

「理由については変化ありません。既に通達があったものと」

「ならば何故、またそんなことを言いにきたのだ」

「殿下たちが誤った認識でいる可能性があるかもしれない、とのことでした。そのご様子ならば、妥当な判断であったものと存じます」

「……マリアンヌ、君の差し金かい?」


 あらまぁ、どういった思考回路でそう繋がるのかしら。


「元々、私やアレクシス殿下には監視も護衛も付いていますよね? 何をそのように慌てていらっしゃるの? ふふ、もしかして秘密の逢瀬でもされていらしたのかしら」

「なっ、何を言う! 見苦しいぞ、マリアンヌ!」

「見苦しい?」


 はて。どういう見苦しさだろうか。


「君は、私とヘレンの仲を邪推しているようだが……私と彼女は、ただの友人だ」

「それは存じていますけど?」

「……何を」

「ふふ、ヘレンさんは『ただの友人』ですよね? ええ、私もそう承知しておりますわ。以前にも、ルドルフ様からそのように聞いておりました。その際には、ルドルフ様はフィリップ様のことを、とても特別なご表現で評され、情熱的な関係を求めているのだなぁ、と感じましたのよ」

「お嬢様、言い方」

「ふふふ」


 あらあら、弟子1号が無駄な抗議をしてくるわ。


「……随分と皮肉なことを言う。まさか、フィリップを連れ歩くのはそれが理由だと言いたいのかい、マリアンヌ」

「ええ、まぁ、それは……そうかもしれませんわね。ルドルフ様も、アレクシス殿下も、とても熱い想いを抱いていらっしゃるので」

「友人を気遣い、心配して何が悪い!? フィリップは私の友だ! 将来は側近として、宰相となり、私のそばに仕える者だ!」

「まぁまぁ! やっぱり、とても情熱的に求められるのですわね、ふふふ」

「……お嬢様」

「いえね? 私もアレクシス殿下や、ルドルフ様、ニールセンさんの情熱的な気持ちは存じておりますの。そして応援もしているのですけれど……。ですが、流石にご本人の気持ちを蔑ろにされるのは如何なものかと。お三方ばかりが燃え上っていて、でも、そうはなれない人も、やはりいらっしゃいますので……。愛するからこそ、きちんと相手の気持ちを慮ってほしいと願っておりますの」

「なんで僕も……?」


 と、疑問を挟むのはロッツォさん。

 話の流れ的になんでそこに自分が含まれたのか分かっていないらしい。

 相変わらず情報に疎いというか何というか。

 ご実家、大丈夫なのかしら。


「くどい。だから、私とヘレンはそのような関係ではない。愛などと……。君がそこまで嫉妬深いとは思わなかったよ、マリアンヌ」

「ふふふ、そうですわね。私の嫉妬ということにしておいてくださって構いませんわ。今はまだ昂るお気持ちが抑えられないのでしょう? ええ、ええ。どうぞどうぞ、私をご利用なさってくださいね。ですが、まぁ監視と護衛に付いては私がどうのとは関係ございませんので。ただ、ご承知おきくださいませね。そして、きちんと相手のお気持ちを慮ることですわ。そのせいで、監視が始まったと思ってくださるとよろしいかと。ねぇ、エドワード様」

「……まぁ、留学生として、身分に相応しい然るべき対応を取らせていただくだけです」

「ふふ、お近付きになろうとするにも、やっぱり急に距離を詰めるのが、よろしくなかったのではないかしら。ね、ヘレンさん」

「……!?」


 ヘレンさんが百面相をする。

 これで彼女的には『攻略を失敗したから』こうなった? と思うかしらね。

 セドリック皇子と急いで距離を詰め過ぎた結果なのだと。


「ヘレンに妙な言い掛かりを付けてくるんじゃねぇよ!」


 と、ルドルフ様。


「はぁ……」


 そんな態度の『まだ婚約者』に溜息を漏らすシルフィーネ様。

 相変わらずシルフィーネ様に挨拶もない。


「これはひどいねぇ、大丈夫かい? レイト嬢」

「いえ、大丈夫です、セイン卿」


 セドリック皇子がシルフィーネ様を気遣う。


「アレクシス殿下、俺は王宮騎士と同行し、今回の通達を共に受けるように言われてきました。確かに殿下たちに通達が成されたと見届けましたので、それでは御前、失礼致します」

「シルヴァン……お前は」


 シルヴァン様は無言で礼を返すだけに止める。抗議の姿勢だ。


「シルフィーネ、体調が良くなければ共に学園を出るか?」

「……いえ、お兄様。平気ですわ。ですが、気分は優れなくなりましたので保健室へ寄ってから授業に出ます」

「そうか、無理はするなよ」

「ええ、ありがとう、シルヴァンお兄様」


 妹を気遣う兄の姿に話題を逸らされた殿下たちは黙り込んでしまう。

 王宮騎士が同行しているのもたぶん大きいわね。特にルドルフ様。


「ふふ、朝から皆さんの注目を集めてしまったみたいですわね。ほら、周りを見てくださいませ。皆さんが何事かと注目されていらっしゃいますわ」

「……っ」


 アレクシス殿下は、ここで周りを見回して我に返ったようだ。


「マリアンヌ」

「ご心配なく。殿下のお気持ちは充分に理解していますからね。応援していますよ、ふふ。ルドルフ様、ニールセンさん。フィリップ様は私の従者として雇用していますので。お二人でアレクシス殿下を支えてくださいませね」

「当たり前だ! フン! フィリップ、後悔するなよ? その女と一緒に居たらお前は……」

「そういうのは本当に要らないので。やめてください」

「この! 勝手にしろ!」


 嚙みつきそうな勢いでフィリップ様を睨むルドルフ様。


「まぁまぁ、やっぱり私、ルドルフ様に興味がございますわ」

「はぁ!? だから、俺はお前みたいな女に興味ないって言っているだろ!」

「ええ、ええ、そう聞きましたわ。私のような……『女性に興味がない』と。ルドルフ様は、フィリップ様のことを……とても強く想われていらっしゃるのねぇ」

「ハッ! この頭でっかちの真面目野郎は、考え過ぎて逆にバカなんだよ!」

「……はぁ」

「ふふふ、ですってよ」

「もう彼とは関わりたくありませんね。あとお嬢様の言い方」


 あら、フラれちゃった。


「まぁまぁ、ルドルフ様。そういうこともありますわ、お気を落とさずに」

「何の心配だよ!?」

「誰にだって、想いが遂げられないことはございますの。世の中、片思いなんて沢山溢れていますわ」

「はぁ!? だ、誰が! だから俺は……!」


 そこで焦ってヘレンさんに視線を向けるルドルフ様。

 告白してない時に好きな人に気持ちを知られちゃった男子学生かしら。


「まぁ、お話はこのぐらいにしておきましょう。ただ、フィリップ様にはフィリップ様の気持ちがあるということで。ですが、私たちはアレクシス殿下と、ルドルフ様と、ニールセンさんのお気持ちを応援してもいるのです」

「気持ちを応援って……」


 ヘレンさんが抗議したそうに私を睨み付ける。

 そして、フィリップ様、シルヴァン様、セドリック皇子へと視線を移した。


『逆ハーレムルートを阻止された! 三人だけで我慢しろってこと!?』みたいに思っていそうな顔ね。


「では、そろそろ失礼致します。皆さん、朝からご協力ありがとうございました」


 私は淑女の礼をして場をお開きにするように促した。

 とりあえず、あちらからの突撃を待ち構える形で対応出来たのは僥倖だろう。

 懸念していたルドルフ様あたりからの腕を掴んでギリィッとされる展開は回避したわ。

 暴力反対、痴話喧嘩程度で抑えておくのが一番。


「フィリップ、私はお前を諦める気はないからな」

「……アレクシス殿下」


 フィリップ (はぁと)

 俺はお前を諦めない (意味深)


 と。

 最後の台詞まで決めていくなんて優秀な王子様だわ。


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― 新着の感想 ―
こうして冬の薄い本が厚くなるのですね…
マリアンヌ嬢! 「帰ってきたいだろう」→「帰って『期待(意味深)』だろう」って心の翻訳をお忘れですわよ~! 自作のざまぁ話で、 「噂をバラ撒き」→『噂を薔薇蒔き』と漢字変換第1候補に出てきて噴きま…
()があるだけでこんなに違う意味に!最高。
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