38 じゃない方メンバーのお茶会
私は基本、表舞台には立っていない。
原作通りならば悪役令嬢はもっとヒロインに嫌がらせをしている。
今の時期はさらに苛烈となり、大いに自分の評価を下げつつ、彼らの愛を育む手助けをしている時期だ。
しかし、悪役令嬢が動かずともヒロインは見事に立ち回り、アレクシス殿下やルドルフ様の心を掴んだ。
でも、それだとやっぱり『イベント』が足りなかったのかもしれない。
フィリップ様は自らの状況を省みて違う道を選択した。
シルヴァン様は傷の少ない道を選んだ。
セドリック皇子はレイト侯爵家と交渉中。
意外とヒロインに靡かずに済んだ攻略対象たちだ。
「そんな方たちが集まるなんてねぇ、ふふ」
王宮でのあれこれがあってからまた数日後。
知人を集めたお茶会を開いていた。
そこで集まったのが噂のメンバーたちだ。
「マリアンヌ様被害者の会ですわね」
「まぁ、シルフィーネ様ったらご冗談を」
「冗談ではありませんが?」
シルフィーネ様、シルヴァン様、セドリック皇子、従者のエドワードさん、そして弟子1号。
ヒロイン側に付かなかった面子ね。
「さて、色々とありますが。最近は如何でしょうか、シルヴァン様」
「非常に疲れました」
私は、じーっとシルヴァン様の様子を窺う。
フィリップ様とセドリック皇子も一緒になって彼の様子を見た。
「ヘレンさんのことをお好きになられました?」
「いいえ、全く」
「本当に?」
「はい、そもそも彼女のことは最初から警戒していたので」
「あんなに可憐な方ですのに」
「オードファラン公女は以前、妹越しに俺に忠告してくれましたよね?」
「まぁ」
「そのお陰で彼らの評価に巻き込まれずに済んでいたのですが」
シルヴァン様はそこで、ちらりとフィリップ様に目を向ける。
フィリップ様は構わず続けるように手振りで示した。
ちなみに他のメンバーは着席しているけれど、従者という名目のフィリップ様は立ったままだ。
真面目な彼らしい。きちんと従者をやり切るつもりみたい。
セドリック皇子の従者であるエドワード様も立っている。
この場では、本来の身分で振る舞うらしい。
「警戒心を抱いたままなら、攻略対象であっても篭絡されずに済むのかしら? 早期治療が重要ね」
そもそもイベントが足りてなくて好感度も足りていないのかもしれない。
今回のケースだと、そこそこ深く攻略された上でヒロインの魔の手から目を覚ましたフィリップ様の方が特例か。
「マリアンヌ様の要望であのグループと接触せざるを得なくなりましたが……セドリック皇子がここに居るということは役割は終わりでいいのですね?」
「そうですわね。たぶん、今からお三方がヘレンさんに籠絡されることはなさそうです。この状態から、それでも彼女に絆されるなら不可思議な力を警戒するべきでしょうね」
その状態に陥るなら魅了の魔法パターンね、きっと。
「反面、アレクシス殿下とルドルフ様は陛下たちも諦めてしまわれました」
「諦めた……?」
「殿下の処遇は私に一任してくださるそうです」
「それはまた。本当ですか?」
「ええ、今は私が殿下の生殺与奪の権利を握っております、ふふふ」
実の両親に丸投げされるレベル。
我が婚約者ながら、なんとまぁ。
「とはいえ、お任せいただいたのは陛下たちが、アレクシス殿下のあまりな言動にお疲れだったからと、私への謝意と微かな我が子への希望があってのこと。国として悪いようにはしないと信じてくださった故でしょうから」
「厳罰は望まないと?」
「それはどうでしょうね? あちら有責の婚約解消と、それに伴う償いを課すだけでそれが厳罰になるのでは? 少なくとも彼らにとっては。処刑なんて流石に出来ませんからね」
「当事者は公女とシルフィーネ、それぞれの家門だけですからね。これで他国に我が国の情報を流していたなら問題でしたが……」
シルヴァン様はセドリック皇子に目を向ける。
「バロウ皇国の差し金で、シルフィーネや公女の婚約を乱し、アレクシス殿下たちを誑かして我らが国に害を為すつもり……ではなさそうだ」
「あら、そのようなことをお疑いでしたか、シルヴァン様は」
「当然でしょう。公女は、面白おかしく噂を流して楽しんでいましたが……彼女のやっていることは『国内に混乱をもたらす』ための布石に見えます。そこにバロウ皇国からの留学生が近付き、良い仲になるなど出来過ぎています」
「なるほど?」
確かに。
シルヴァン様目線でヘレンさんを評価するとそうなるのね。
王家と公爵家、侯爵家の婚約関係を乱して王子を籠絡。
悪役令嬢あるあるというより、ヒロインあるあるで、他国の間者かと疑われるパターンだ。
「もしや、私からの要望を聞き入れてくださったのは、その調査のためでしたの?」
「……陛下や宰相からの要望でもありましたからね。公女は本当に状況を楽しんでいらして、そういった警戒心を抱いていなかったことが俺には驚きです」
これは私の落ち度ねぇ。
ゲーム知識があり、ヘレンさんの言動や態度から『同類』と知っていたからこそ、現実的な判断を下せていなかったみたい。
逆ハーレムルートが男色家の集まりに見えるように、それをこなすヒロインは他国の間者にも見えるのだ。
これもまた解釈を、見方を変えただけの話。
「では、疑いの目を持ち、近くでヘレンさんを観察したシルヴァン様の改めてな評価は?」
「……彼女がしているのは本当にただの『男漁り』のようです。ある意味で裏表のない人物だ。公女だけでなく、ラビス侯爵令息が離れたことによる揺さぶりでそれが露呈しました。あの女は、ただただステータスのある、容姿の整った異性を複数人抱え込み、愛されたいだけの人間です」
ふふふ、それにはシルヴァン様も含まれているので、微妙に自信家ね。
「だそうですけど、セドリック皇子の評価は?」
「……そこで俺に振らないでほしいなぁ」
「ヘレンさんを良いとは思ったのでしょう?」
「多少はね。でも、演技くさい時があったのは事実だと思う。何故か警戒し辛い雰囲気もあった。天性のものもありつつ、微妙にズレた素質がある」
「そうみたいですわね」
たぶん、ゲームそのままの、転生者ではない本来のヒロインだったなら純粋に惹かれていたのでしょう。
でも、ヘレンさんはいわば、まがいもの。
惹かれつつも『何か違うな……』と思わせるのかもしれない。
私も、もしかしたら無条件で嫌われていたかもしれない。
「では、お三方は今後、ヘレンさんとの交流には注意するということで」
皆さん、頷かれているわね。
「彼女はこれからも貴方たちに執拗に迫ってくると思います」
「それは予言?」
「予測ですわ、ただの。彼女がそう簡単に諦めるとは思えませんので」
「君たちなら彼女一人ぐらい排除は出来るだろう?」
「現状の彼女は『可哀想な人』に過ぎないので、私たちは排除する必要がないですね」
「……そうか。君たちは、ただ婚約を解消すればいいだけか」
「ふふ、そうなのです」
現在、被害があるのは男性サイドだけなのだ。
いや、私たちも婚約がダメになりそうだけど。
でも『ああいう相手なんだぁ、なら要らないかぁ』という状況。
ヘレンさんが居ようと居まいと、問題なのは婚約者側なのである。
「この後はどうする予定ですか、公女」
「のらりくらりと彼らの態度をやり過ごすだけですわね。シルフィーネ様は次の縁談に向けて水面下で動き、ヘレンさんに狙われているお三方は絶妙な距離感を保つ。私は彼らの言動を観察しながら、それを記録に残し、最後までの推移を見守る。その記録はバロウ皇国で役に立つかもしれませんわ」
今はアレだ。
『ざまぁ返しの準備は、とっくに整っているから断罪パーティーの日まで特にやることないぜ!』期間だ。
陛下や、親世代への説得が済んでいるので、彼らの罪状が重くなっていくのをじっくり楽しみにする時間。
中途半端なところで円満解決しても反省しているならともかく、暴走モードが継続するっていうなら、きちんと重めの罪で彼らを裁いた方が都合はいいという。
世の悪役令嬢たちが、わざわざ断罪パーティーの日まで待つパターンはそういう理由もあるのでしょうね。彼らの罪を重くしたい。
ゲーム期間が一年程度だから私は待てるけど、三年耐える系令嬢はとても我慢強いと思うわ。
まぁ、私の場合は、もう少し彼らが踊り続けることで、楽しんでいる皆さんがより長く楽しめるのもいいなぁ、というふんわりとした理由だけど。
「彼女たちについてのデータ収集をしたいとも思っています。シルフィーネ様がバロウ皇国と縁があるのなら、きっとお役に立ちますわ」
「私は、この国の学園を卒業するつもりですが……隣国でも似たようなことがあると思われるのですよね、マリアンヌ様は」
「一応、そういう予定ですわね」
「はぁ……。マリアンヌ様が代わりに行ってくださると良いのですが」
「私が?」
「留学されるのは如何でしょう? そして、問題を先に片付けてきてください。シルヴァンお兄様に仕向けた仕打ちはそれで問わないということで」
「まぁ、シルフィーネ様ったら」
それはそれで面白いかもしれない。
現在通りだと『続編』に出番があるのはセドリック皇子だけ。
でも、そこに『前作の悪役令嬢』が留学してきたら? ちょっとワクワクな展開だわ。
転生者が居たら凄まじい警戒をされそう。
「悪くないわねぇ、ふふ。留学だから帰ってくる予定もありますし、一年ぐらいお邪魔してみようかしら」
「それは、完全に我が国を玩具にする気だよね?」
「そのようなことありませんわ。ただ、異文化交流のためですのよ、セドリック皇子」
「よろしくない文化を広めないでくれるかなぁ!」
「ふふ、私が留学することになったら貴方はどうする? 付いてくるかしら、弟子1号」
「……お供しますよ、お嬢様」
まぁ、随分と忠誠心が芽生えたわねぇ。
宰相よりも従者が適職なのかしら、フィリップ様。
【シルヴァン様、運命のダイスロール】
5回目、運命のダイスロール!
・
・
・
・
結果:2
1回目:5
2回目:6
3回目:3
4回目:4
5回目:2
現在の合計値:20
【ノーマルエンド】
合計値14以上~20以下:ノーマルエンド、作者が考えて彼の運命を決める。
幸せになれるとは言っていない。
けれど、幸せになれないとも言っていない。