35 国王からの呼び出し
今日も今日とて王宮に割り当てられた『仕事部屋』に篭る私。
室内には公爵家からの護衛と侍女、弟子1号ことフィリップ様が控えている。
実は、室内の書類仕事は概ね終わっている。
まずは私の思い出せる限りのゲーム知識を書き出すところからだった。
もっと前に動いていれば、これは予言書となっていたかもしれない。
いや、この通りになると私は破滅する悪役令嬢なのだけど。
『逆ハーレムルート』と銘打っている以上、そうではないルートがある。
攻略対象5人+1人分の個別ルートがあるのだ。
あとは攻略失敗の場合のノーマルエンドもある。
ゲーム期間はヒロインが入学してからの一年間。
現実で考えると、この短期間で逆ハーレムを成立させるのって中々にハードスケジュールだと思う。
「チョロいのねぇ、弟子1号たちって」
「……何ですか、私を見ながら妙なことを。失礼な気配がしますが、お嬢様」
「いいえ、何でも」
およそ半年程度でアレクシス殿下、ルドルフ様、フィリップ様は篭絡されていた。ロッツォさんはその後ね。
三人が同時攻略されたのは、いつも一緒に居るからだろう。
メインキャラクター五人の内、最も攻略難易度が高いのはシルヴァン様だ。
そもそも卒業生のため、普段は学園におらず、エンカウント率が低いのが原因だろう。
在校生でなくていいのなら私のお兄様も攻略対象にされてもおかしくなさそうだけど……。
そこは空気を読んでくれたらしい。誰が?
この新設部署、『特殊事案対策記録室』では、まず私の知識にあるゲーム展開を資料化。
同時に実際に現実で起きたことや、それぞれがどういう人物であるか、どういう生い立ちであるかなどを調査して記録。
二つを比較して、どのように異なるのか、或いは同じなのかを明確にしていく。
事業資金は私のポケットマネー。
薔薇文化の発展によってリターンが発生し、私のお小遣いとして渡されたお金だ。
現段階では、国王認可を受けて王宮に場所をお借りしているだけの、こじんまりとした個人事業である。
記録以外にその他、ちらほらと別活動中。
「今のところ、強制力的な事象は確認されていないわねぇ」
気付かないところで発生しているかもしれないけど。
少なくとも悪役令嬢である私は何に縛られているとも感じない。
ただ、一応は注意しておきたいのが『運命の強制力』というものが作用するのは、あくまで『結果のみ』である可能性だ。
どんなルートを進もうが、最終的に破滅するのは変わらないという可能性ね。
これはもう、私がアレクシス殿下と婚約解消していようがいまいが、お構いなし。
陛下の居ない間に婚約破棄を突きつけられ、強引に捕まえられて国外に追放されるとか、処刑されるとかあるかもしれない。
悪役令嬢が居る系の後期作品のためなのか、攻略対象たちの言動には、そもそも原作からしておかしなところがある。
シルヴァン様が『当たり』ヒーロー枠と言われているのはそのせいね。
まぁ、アレクシス殿下はおかしいでしょう。
いくら悪役令嬢があれこれしたと言っても、婚約破棄からの断罪コンボは、ちょっと待てというシーンである。
私の時代の作品なんてそんなものといえばそうだけどね。
ゲームにおいては私こそがざまぁ対象なので読者的には『いいぞ、やったれ! 処刑! 追放!』が望まれるキャラクターだ。
悪役には皆さん、厳しいご時世だったのである。
アレクシス殿下にワンチャンを与えたのは、そのせいもあるのかも。
余裕があったことも事実だけど『ムカつくから苛烈な罰を!』を許してしまうと、じゃあ悪役令嬢な私はどうなの? という気分にさせられるから。
あくまでゲーム内のこととはいえ、私の末路が正当な道筋によるものだとでも? という気持ちだ。
もし、相手を破滅に追いやれる立場だとしても、その主張を聞く場は用意されなければならない……気がする。
ケースバイケースで。悪役にも人権を!
「もし、アレクシス殿下たちが反省し、行動を改めるなら、お嬢様はどうなさるのですか」
「それはまぁ、そのまま婚約継続するんじゃない? そのために婚約解消を一時保留にしていただいたのだし」
「お嬢様はそれでよろしいのですか?」
「その場合はどの道、アレクシス殿下は王太子にはなれないからねぇ。私以外の令嬢を新たに婚約者に据えるならまだ分からないけど」
「……そうなのですか?」
「うん。陛下には私、王妃に向いていないからって話してるの。表向きは穏便な解決をしてオードファランと王家の仲違いを防ぐけど、私は自由にやらせてもらうつもりね」
王領の一部をさくっといただいたり、お父様が保有している爵位をいただいたりして、ついでに労働力……もとい、婿入り旦那様をお抱えエンドだ。
領地の管理を任せたい。
王妃にも貴族的な名誉にも関心が薄い私としては、自由人をやれつつ、豊かな環境が最も望ましい。
やらかし王子を引き受ければ、王家にも恩を売れるし、ウハウハな計画ね。
「以前から、そのように考えていらっしゃったのですか? お嬢様は」
「いいえ? 『あ、それいいな』と思い付いたから、そうなるように今は動いているだけよ」
「行き当たりばったりな……」
「ふふふ」
フィリップ様は頭脳派キャラであり、頭でっかちなキャラだ。
私のような思い付きで行動し、途中から気分で急に進行方向を変える人間はさぞかし苦手だろう。
そんなこんなのやり取りをしていたところ。
部屋に使いがやってきた。
「オードファラン公女、ラビス侯爵令息、陛下がお呼びです」
「陛下が? 分かったわ、案内してくださる?」
私たちは一応、王宮に居たので簡単に呼び出しに応えられる。
「例の件についてでしょうか」
「王家の影の監視?」
「はい」
「そうかもしれないわねぇ、タイミング的に」
王家の影による監視を提案したのは私だ。
アレクシス殿下がああいった態度を明確に取り始めたので、そろそろヒロインによる悪役令嬢への冤罪発言が連発される頃合いかな? と思い、動いてもらった。
あとは、隠しキャラことセドリック皇子の攻略に茶々を入れて邪魔することで、ヘレンさんには『駒取り合戦』に興じてもらおうと思って。
悪役令嬢の陥れをするにせよ、まずは攻略を進めていきたいわよねぇ。
逆ハーレムルートなんて選ぶヘレンさんなんだから。
また、ヘレンさんにもきっちり私に監視が付くと伝えてもらうようにもお願いしている。
これもあるあるパターンだけど。
『私、マリアンヌ様にいじめられているんですぅ』系の嘘発言を抑止するためだ。
それでも彼女はやらかしそうな気配があるけど。
ヘレンさんには、あくまで悪役令嬢の相手をするより、男性たちの攻略を重視して動いてもらいたいところ。
せっかく嫌がらせなしでもルート成立しているんだもの。
悪役令嬢なんていらない、いらない。頑張れヒロイン、応援しているわ。
私は、せっせとその光景を面白おかしく評価するだけだ。
「マリアンヌ・オードファラン、参りました」
「フィリップ・ラビス、参りました」
「入れ」
ある扉の前に立ち、来たことを中に伝えてもらって扉越しに名乗ると、部屋の中から陛下の許しが聞こえた。
私とフィリップ様は促されるままに室内に入る。
そこには陛下だけでなく王妃様と宰相閣下、それからセドリック皇子まで居たわ。
「座ってくれ、二人とも」
私たちは陛下の許可を得て、促された席に座る。
「先程、アレクシスがやってきてな。少し話をした」
私は、チラリとセドリック皇子を見る。
そういうのって他国の皇子に知らせていいのかしら。
「マリアンヌ、正直に言って君が以前話してくれたことは未だに信じられない面はあるのだが」
「はい、陛下」
それは仕方ない。むしろ、普通で常識的な反応で信用出来るわ。
おかしいのは私の方だもの。
「マリアンヌが望むようにしていい」
「……はい?」
陛下の発言に首を傾げる。
「我々は、アレクシスが何故ああなるのか理解が出来ない……」
「ええと」
これは何があったのでしょう。
陛下も王妃様も宰相も随分とお疲れのご様子。
セドリック皇子は困ったように笑っているわ。
「どんなやりとりをされたのですか、アレクシス殿下と」
「……ああ、宰相、頼む」
「はい、陛下」
フィリップ様のお父様こと宰相閣下が私たちにアレクシス殿下とのやり取りを教えてくださる。
随分とまぁ、随分だったらしい。
「その流れで私との婚約継続を望む意味が分かりませんわねぇ」
「そうなのだ!」
私がもらした感想に食い気味で肯定する陛下。
王妃様まで、うんうんと激しく頷いている。
「何なのだ、あのバカ息子は!? 何がしたいのだ!? 何故、ことあるごとにマリアンヌを貶めようとするのかも分からん!」
「そうよ、それにそこまでマリアンヌが気に入らないというのなら婚約を解消してもいいと言っているのに頑なに断って!」
うわぁ、国王陛下と王妃様が珍しく興奮されている。
よっぽどだったのだろう。
得体の知れないものを感じて『何だあいつ……』と困惑していらっしゃる。
「マリアンヌの言うように何かおかしな状態にあるのだと思わざるをえない。普通なら情緒の不安定さを理由に表に立たせないように処理すべきなのだろうが……」
「あの状態のあの子が、元に戻る可能性もあるのよね……?」
「可能性は高くないですが、はい」
「ねぇ、ラビス侯爵令息、貴方は?」
「私ですか?」
「貴方は、元々はあの状態だったということ? でも今は目を覚ましたのよね?」
そうなのだ。
もし、ゲームの強制力が働いているというなら、フィリップ様は髪を切っていないと思う。
それも『結果』は同じになる可能性もなくはないが……現状は、そういう強制力ってなさそう。
私とヘレンさんがゲームと違う時点で当たり前のようにも思うし、逆にそのせいで差異があるだけで、実は同じ場所に向かっているのかもしれない。
悪役令嬢、どうあがいてもバッドエンドか否か。
「私の場合、マリアンヌ様の助言を元に動き、現状を理解するに至りました。しかし、私の所感ですが……アレクシス殿下とルドルフは現状ですと、かなり厳しいように思います。他人の声がきちんと届いていない状態のように思えるのです」
「……そうだな。我々もそう感じた」
「殿下がマリアンヌ様との婚約解消を嫌がったということですが……」
「何故か分かるか? フィリップ。あれは言動が一致していないように思う。だが、アレクシスがそのことに自分で気付かないのだ。うすら寒いものを感じたよ。荒唐無稽なことを言い始めたマリアンヌだが、彼女は我々と話が通じている。しかし、アレクシスは現実の問題を話しているのに会話が成立していないように感じ、苦痛だ」
中々の評価ねぇ。
常識人な陛下は、もっと気楽に構えないとストレスで潰されそう。
何事もテイクイットイージーで生きた方がいいわよって伝えたい。
「おそらくオードファラン公爵家の後援は失くしたくはないとお考えなのかと。アレクシス殿下は、次代の国王になるつもりです」
「あの体たらくでか? 少々歳は離れているが、第二王子が居る状況でか?」
「はい、陛下。その上で、アレクシス殿下はすべてが思い通りになるとお考えです」
「何もかもマリアンヌが悪いことにしてか?」
「……おそらく」
「何故だ?」
「……その、端々に……明確な宣言はないですが、マリアンヌ様を忌避し、嫌悪するように思考を誘導され続けたからかと。今思えば、そのように考えます」
「思考を誘導? それはまさか」
「……ヘレン・アウグスト嬢に」
あら、これは意外。
フィリップ様がそこまでお認めになるとは。
攻略対象なのにヒロインをそう評価するのね。
「それは確かなの?」
「王妃様、確かではありますが、細かく言及すると罪に問うのは難しい、細かい言動の積み重ねなのです。言葉ではなく、彼女の身振り、視線、表情などで誘導されたように……今では感じます」
「具体的には?」
「マリアンヌ様が視界に入ると、ヘレンは何も言いませんが表情を強張らせたり、怯えるような時がありました。或いは嫌悪を段々と抱くような……具体的には言われておりません。しかし、少量の毒のようにじっくりと我々に浸透していったのではないか、と」
ヒロインかつ転生者で知識ありだからなぁ。
悪役令嬢なあの人のことを警戒しているの、と言外に態度で示し続けたのかもしれない。
ヘレンさん本人は意図してやっていない可能性もある。自然とそうしてきたら、彼らはその影響を受けてしまったのだ。
好きな人にそういう風に教え込まれ続けた結果、攻略じゃなくて調教ね。
「では、あの小娘を遠ざければアレクシスは元に戻るか?」
「……それは」
フィリップ様は私に視線を向ける。
私は『続きをどうぞ』という気持ちで微笑んだ。
「難しいように思います」
「何故?」
「……ヘレンに対して、私たちは多少なり恋情を抱いておりました」
「恋情」
「はい、ですので強引に距離を取らされますと、今の状態では逆に……」
「恋の障害と感じて燃え上がるとでも?」
「……可能性は低くはないかと」
「…………はぁ」
攻略対象たちって良くも悪くも恋人となる相手に影響を受けやすいのよねぇ。
だからこそって感じの人たちなのだ。
フィリップ様は凄いわね、そこまで自分の気持ちを分析するようになったんだ。
私が話した知識も影響しているかもしれないけど。
「マリアンヌよ、やはり君の好きにしていい」
「ええと、それはどういう意味でしょうか、陛下」
「隣国との問題に発展するやも、と忠告されているにも拘わらずアレクシスはあの態度だった。言動も支離滅裂に感じ、婚約者であり公爵家の娘であるマリアンヌに敵意を抱いている。そのくせ、婚約解消は嫌がるという……。それらの言動を、国王である私と王妃、宰相、そして隣国の皇子の前で堂々とやってのけるのだ。そのことについて疑問にも思わない。とてもアレを王太子になど据えられん。本来ならば廃嫡か、療養を理由にして学園に通うことを止めさせるところだ」
陛下の厳しい評価が下っている。
ちょっと見ない間に凄くやらかしているわね、アレクシス殿下ったら。
「だが、マリアンヌの話があるだろう? こちらも本来ならば捨て置くようなことなのだが」
「信憑性を感じる、と?」
「……そう評価するしかない」
アレクシス殿下のお陰ね!
「だから、マリアンヌ。これからは君の思うようにやっていい。アレクシスをどうしたいのか、決めていい。私が許可する。もちろん、今すぐにアレとの婚約解消を望むならそれでもいい。既に問題は起こしているからな……」
やっぱり陛下が常識人だと破滅回避は余裕みたいねぇ。
じゃあ、あとは私が思い描く通りにするだけか。
【ドキドキ! シルヴァン様、運命のダイスルール!】
加算式でダイスを振るのは合計5回。
使用するのはダイソーの六面ダイス (物理)。
5回振った出目の合計値でシルヴァン様の運命が決まる。
数値は低い方がバッドエンド。
確率が下振れれば、途中でバッドエンド確定。
確率が上振れで一定数値を超えれば、その時点でバッドエンド回避。
最小値5〜最大値30。
【ダイスの結果により定まる運命】
合計値5:デッドエンド、シルヴァン様、死す。
合計値6以上〜13以下:バッドエンド、薔薇の会メンバー入り。
合計値14以上〜20以下:ノーマルエンド、作者が考えて彼の運命を決める(幸せになれるとは言ってない)
合計値21以上〜25以下:グッドエンド、ヒーロー役確定。メディア化したらヒーロー役としてマリアンヌの隣にカラーで描いてもらえる。
合計値26以上〜29以下:ハイパーハッピーエンド、文句なしのシルヴァン様幸せオチ。
合計値30:シルフィーネ様との禁断の兄妹愛エンド
【ダイスロール】
2回目、運命のダイスロール!
三╰( ^o^)╮-=ニ= ◇
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結果:6
1回目:5
2回目:6
試行回数2回目(残り3回)
現在の合計値:11
チッ! バッドエンド回避確定!




