33 監視命令
マリアンヌとのサロンの一件があった数日後。
アレクシスが学園から下校しようとしたところで、普段とは違うことが起きる。
「アレクシス殿下、こちらにお乗りください」
「……何だ?」
アレクシスが、普段から学園を出入りする際には馬車の送迎がある。
だが、その日はいつもの馬車ではなかった。
王家の紋が入った馬車ではあり、いつもより少し大きい馬車だ。
「ご学友であるルドルフ・バーニ伯爵令息、ヘレン・アウグスト男爵令嬢、ロッツォ・ニールセン殿もご一緒にどうぞ」
「え? 私たちも……?」
彼らは、いつもと同じグループで一緒に過ごしていた。
馬車停まりでアレクシスとヘレンらは別れる予定だったのだが、その日は一緒に馬車に乗るように促される。
「何故だ?」
「陛下からの伝達事項があります。陛下が直接お会いするワケではありませんが、ご学友と一緒に聞くようにと取り計らわれました。しかし、この場で告げるようなことではありません。ですので、ご学友と共に場所を移してからの報告となります」
「父上から……?」
そのようなことは今までなかった。
特に学園に入学してからは、国王や王妃がアレクシスに干渉してきたことはない。
何故だろうとは思いつつもアレクシスは、ひとまず伝達事項を聞こうと考える。
「ヘレンたちも共にか?」
「はい、そのように仰せつかっております」
「そうか。ヘレン、いいかい?」
「えっと……」
ヘレンはアレクシスと王宮から来たであろう男性を見比べつつ、ルドルフやロッツォにも目を向ける。
「よく分かんねぇけど心配すんなって! 何かあっても俺たちが付いてっからさ!」
「ルドルフ……ありがとう。あの、でも、よく分からないんだけど。私たちも一緒に聞かなくちゃいけないなら、フィリップ様も一緒の方がいいんじゃ? あとは、シルヴァン様も……」
「アウグスト嬢の挙げられたお二人をお呼びする予定は特にございません」
「……でも、友達と一緒にって」
「私は命令を遂行するだけです。今ここにいらっしゃる方たちにしか、伝えるようには言われておりません」
「そ、そう」
ヘレンはムッとしつつも考え込む。
(何これ? こんなイベント知らないわ。でも、このメンバーをわざわざ指定するってことはイベント関係? マリアンヌが何かしたのかも……)
ゲーム期間は、かなり進んでいる。
上手くいったと思うこともあれば、フィリップのように致命的にズレたと感じる部分も。
想定外の態度を取ることが多いマリアンヌを、ヘレンなりに警戒はしていた。
しかし、マリアンヌのことを探れる手段は限られているため、その動きが分からない。
(逆ハーレムエンドといっても、基本はアレクシス殿下ルートをメイン軸に据えて、そのまま周りからも愛され続ける、いわゆる『愛され王妃の誕生』エンド……。どうせなら悪役令嬢の兄とか、執事みたいにマリアンヌの内情を探れるヒーローが居れば良かったのに)
生憎と元々の立ち位置が悪役令嬢の側に居るというキャラは居ない。
アレクシスがその意味では一番近いが、とてもマリアンヌの内情を探らせるような下っ端的な役割は担わせられない。
(もしかしたらフィリップが、そういう立ち位置に変わりそう? とは思ったけど。そんなの原作にないし、ちゃんとヒロインのそばに居ない、原作通りに動かないヒーローは信用出来ない……。悪役令嬢に取り込まれた可能性の方が高いし……)
「ヘレン、君が嫌なら私たちだけで話を聞くよ」
「アレクシス様……ううん。皆と一緒なら怖くありません」
「そうかい?」
「うん!」
ヘレンは取り繕って微笑みながら、アレクシスたちと共に馬車に乗った。
馬車は王宮へ向かう様子だ。なら、わざわざいつもと違う馬車で出迎える必要があるのだろうかとヘレンは疑問に思う。
「……行く先が違うな」
「そうなんですか? アレクシス様」
「ああ。だが、王宮内ではある。そうだな、『奥』まで行くつもりがないようだ」
「そう……」
王宮の奥へは連れて行かず、外側に近い場所へ。それでもそこには大きな屋敷がある。
ヘレンたちはその屋敷に案内された。
そして、特に待たされることなく、何やら書類を持った男性が現れてアレクシスだけでなくヘレンたちにも挨拶をした。
「皆様、国王陛下からの伝達事項です。今日、これより。アレクシス殿下と、そのご友人である皆様のことは、我々『王家の影』が監視し、その行動記録を取ることになりました」
「え!?」
「……何だと?」
突然の宣言に驚愕するヘレン。
アレクシスは、侮辱だと感じて表情を険しくする。
「何故そんな真似をする」
「陛下がそう命じられたからにございます、殿下」
「……父上が。監視するということを私に伝えたのはお前たちの独断か?」
「いいえ、それも陛下のご命令です。伝えよ、とされた対象はアレクシス・リムレート殿下、マリアンヌ・オードファラン公爵令嬢、フィリップ・ラビス侯爵令息、シルヴァン・レイト小侯爵、ルドルフ・バーニ伯爵令息、ヘレン・アウグスト男爵令嬢、ロッツォ・ニールセン殿の七名。また今回、監視対象になっているのもこの七名でございます」
「マリアンヌも……?」
「はい、殿下」
「おいおい、俺たちも監視? ふざけてるのかよ」
「陛下のご命令です」
「……チッ」
ルドルフが舌打ちする。
「もちろん、アレクシス殿下とオードファラン公爵令嬢についてはそのお立場ゆえ、以前から監視……というより警護として影が付き、陰から見守りつつ、その行動をきちんと記録しておりました。今回は陛下の命令により、その対象をご学友にまで広げるということになります」
「何故、彼らを……ヘレンまで監視するのだ」
「それは、陛下のお考えでございます」
影の男は、アレクシスの疑問を解消するつもりがないらしい。
「ただし、失礼ながら、これは警告となりますが」
「何だ?」
「意図して我々の監視から逃れようとなさるなら、それは陛下の意向に逆らう意思ありと判断される場合もあります。どうか、そのことを留意されますよう」
「……不愉快だな」
アレクシスが威嚇するように吐き捨てるが、影の男は動じずに聞き流した。
「アレクシス様……私、どうして?」
「ヘレン、不愉快かもしれないが不安になることはない。ヘレンを害するための存在ではないのだ」
「本当に?」
「ああ。……そうだろう?」
「はい、殿下。我々が命じられたのは対象の監視とその記録、そして有事の際の護衛だけです」
「だそうだ。な? 心配することはない、ヘレン」
「う、うん」
「だとしても気分は良くないぜ」
「そうですよ、殿下。どうして僕たちまで?」
「理由は……父上に聞いてみるしかないな」
「そ、そうね。アレクシス様なら教えてくださるかも」
「よし、私が父上に聞いてこよう。ヘレンたちは……」
「殿下が、そうおっしゃるならば、陛下に伝達するようにも命じられております。此度の監視が何故、決まったのかは殿下たち対象者がバロウ皇国の留学生に対して無礼な振る舞いをしないかを見極めるためにございます」
「……教えていいと言われているなら、最初から言えばよかろう」
「陛下のご命令ですので」
「……それで? 留学生に対する無礼な振る舞いとは」
「殿下たちは、留学生の方々と過度に接触しているため、陛下が『国際問題』となることを憂慮されているため、と告げるように言われております」
「国際問題……」
「何か間違いがあれば、隣国との関係に大きな問題が発生し、或いは戦争に至る可能性もある。そのようにはっきりと告げるように命じられました」
「……そんなことが起きるワケないだろう?」
アレクシスがそう言うが、やはり影の男は受け流すだけだった。
(国際問題って。戦争? そんなはずない……。私は、ただ攻略を……私がセドリックに近付き過ぎたから? 現実だから警戒されてるの? 今までそんなことなかったのに! アレクシスとの仲だって皆に祝福されていたのに急になんで……まさか)
「あの、それってもしかしてマリアンヌ様が提案されたのですか?」
「ご命令は陛下からでございます」
「でも……」
「陛下からの命令でございます」
「…………」
(マリアンヌが何か動いたの? それで監視を? 監視されているなら下手に動けない? でも今まで通りなら皆に祝福されているから……。ううん、そうじゃなくて)
「マリアンヌ様も監視対象なんですか?」
「はい、そうです」
「マリアンヌ様の……監視、記録……」
(悪役令嬢の監視と記録って、冤罪対策? そうかも。もしかして、それが本命? 確かにマリアンヌがするはずの嫌がらせとかない……。下手に冤罪を押し付けようとしたら逆に……)
「ヘレン? 大丈夫か?」
「はい……でも急にこんなことを言われて、私、不安で……」
「そうだろうな。私だけならばともかく、ヘレンまで対象などと。……私が父上に抗議してくる」
「アレクシス様、本当ですか?」
「ああ、当然だ」
アレクシスは、ヘレンたちとはそこで別れ、国王に直談判をしようと王宮の奥へ向かった。