31 王族専用のサロン
「留学生のお二人ですわね、お噂は聞いておりますわ。ごきげんよう、私はマリアンヌ・オードファランです」
私は特に立ち上がらず、挨拶をする。
食事時にあれこれ言ってくるのは、そもそも空気が読めていないのだ。
「ああ、アレクシス殿下の婚約者ですね」
前に立って話すのはエドワードさんね。
表向きは主人側の、真実は従者。
セドリック皇子は一歩下がって従者面をして観察に徹するらしい。
「はじめまして、エドワード・メーリッヒと申します。バロウ皇国から来ました」
「ええ、はじめまして。それで? 私、今は食事中なのですが皆さんも同席したいのですか」
食事の邪魔よー、と。
「いえ、我々は。アレクシス殿下が剣呑な表情を浮かべていらっしゃったので何事かと思い、声をお掛けした次第です」
「そ、それは」
「ふふ、アレクシス殿下は自分たちの仲良しグループが常に一緒に居ないと情緒が不安定になってしまう方ですの。ですので今回、フィリップ様と離れ離れにされてショックを受けてしまわれたのですわ」
「……マリアンヌ、何を言っている?」
「殿下の真実を留学生の方たちに話していますわ。フィリップ様の行動について疑問なら、直接本人に尋ねればいいだけのこと。でも気まずく感じていらっしゃるから私経由で彼の心情を探ろうとしたのですよね?」
「……は?」
まぁ、真実はヘレンさんに言われたからって、私を責めようとしたとかかな?
「アレクシス殿下、恥ずかしがらずにストレートに気持ちをぶつけては如何でしょう? 殿下とフィリップ様は長いお付き合いですもの。今、貴方の思うようになっていないのは何が理由で何が原因なのか。きっとフィリップ様も殿下が真剣になってくれるなら真摯に対応してくださいますわ。私のような部外者が間に挟まっては余計に拗れるというもの。ですので、私はフィリップ様について殿下たちに何も申し上げることはありませんし、フィリップ様が望む限りは弟子1号として側に置きますわ」
「……その弟子1号とはなんだ」
「弟子は弟子ですのよ、人生の師匠ですの」
「……意味が分からない」
「ふふ、私の役目は一時の安寧を提供するだけ……。それ以上でもそれ以下でもございません。あとは殿下たち次第ですのよ」
満足そうに微笑んでみせてから、私は食事に戻る。
留学生組が来たせいか、殿下の威圧的な態度も収まっていた。
そして、その留学生組に対しても特に興味を示すような真似はしない。
「……私は何故、フィリップがマリアンヌの従者になったかを聞いているんだよ」
「ええ、ですから、それは私から語ることではありませんの。殿下はフィリップ様に真摯に聞くしかございませんわ。私は口を挟みません。私、部外者なので」
「どこが部外者なんだ。フィリップを勝手に連れて行き、従者にしたのはマリアンヌだろう」
「ええ、それがフィリップ様の望んだことであり、殿下たちの関係の延長にある出来事ですわ」
「……私のせいだと責めているのか?」
「あら? 第三者に責められるような何かがありましたの? それはまぁ……。これは長く掛かるかもしれませんわね」
「マリアンヌ」
「何を言われても私はこれ以上の干渉を受け付けませんわ。私、部外者なので」
「そんなワケがないだろう?」
「ふふ、そう思いたいのですよね? ですが違いますので、殿下は頑張ってくださいね」
「マリアンヌっ」
ツーンとしつつ、平然と受け流す態度。
殿下の中では元凶は私だが、私はそうではなく元凶は彼らの痴話喧嘩にあるというスタンスを決め込む。
「アレクシス殿下、私に怒鳴っても事態は何も好転しませんのよ? 私、部外者なので」
「……っ!」
「それでも一つ助言をするなら、貴方を慕ってくれる他人の感情にいつまでも甘え過ぎないことですわね。殿下ばかりが選ぶ側であり続けるとは限りませんから」
「……そうか」
「ええ」
「ならばもういい、マリアンヌ」
「はい、アレクシス殿下」
「……その態度、後悔しないな?」
「ふふ、後悔ですか? どこにそのようなことがあったのでしょう」
「もういい。……行きましょうか、エドワード殿、セド・セイン卿」
「よろしいので?」
「ええ、お二人には王族用のサロンに招待します。私の友人たちも呼びますから」
あら、珍しい。
学園には殿下が言ったような王族用のサロンがある。
サロンといっても具体的には昼食を食べる際に、王族用に用意されたスペースのことだ。
今回、殿下が案内しようとしているものは食堂の2階にある。
珍しいのは、普段はそこを利用していないからだ。
彼らのグループはいつも人目に付くような場所で堂々と食事を共にしていた。
今回は、わざわざそこを利用する。
皇国の留学生、それも皇子が相手なのだから当然の対応ともいえる。
でも、おそらくは私への当て付けかな?
婚約者である私を王族用のサロンには招かないという、私に立場を弁えさせたり、悪くしたり、蔑ろにしてショックを与えようという魂胆だ。
「王族用のサロンって……」
そこで私は、あえてアレクシス殿下に聞こえよがしに声に出してみる。
「フン……」
そうするとアレクシス殿下、私をちらりと振り向き、ドヤ顔で勝ち誇りつつ、留学生組を誘導。
『どうだ、ショックだろう? 婚約者のくせにお前はサロンに招かれないんだ』と。
これまた、あるあるパターンだ。
婚約者に蔑ろにされる悪役令嬢あるある。
そして、私は殿下が離れてから言葉を続けた。
「他の目撃者が居ない、邪魔が入らない『密室空間』ですわね……? 殿下たち、それに、あんなに見目麗しい留学生の……男性たちをお誘いして……。フィリップ様が離れた心の隙間を埋めるように……?」
「!!!」
「!!?」
「また、マリアンヌ様は……」
シルフィーネ様だけが呆れたように頭を抱える。
「ああ、ヘレンさんをまた誘っていますわ。やっぱり、こういう時は公爵家であり、婚約者である私を誘うのを避けるのですよね……。アレクシス殿下なりの、私への気遣いでしょうか? でも、ヘレンさんは……」
「今更ですよ、マリアンヌ様」
「そうね、そうよね。分かっているわ、彼らの真実の愛も……」
ヘレンさんがこちらを見て、彼女もまたドヤ顔で勝ち誇ってきた。
思考回路としては、アレクシス殿下と同類なのでしょうね。
「見て、彼女ったらまだ何も気付いていないわ。そうよね、私なら彼らと同じ空間、彼らだけの密室なんて耐えられませんもの。ヘレンさんにしか耐えられないことだわ。きっと、殿下もそれを分かっているのね……」
殊更、大げさに哀れみを込めてみる。
私の声が聞こえた、そっち方面の人々は一緒になってヘレンさんに同情の目を向けた。
「「「「「「「「「ヘレンさんもお可哀想に……」」」」」」」」」