30 言及
「……何がどうしてそうなったのですか、マリアンヌ様」
「なりゆきで? ね、弟子1号」
「はい、お嬢様」
「いやいや……。貴方、シルヴァンお兄様をあの中に放り込んでおいて」
「あらやだ、シルヴァン様は、ほら。貴方のために活動中なのでしょ? シルフィーネ様」
そんな言葉を告げると周りが聞き耳を立てている様子が伝わってくる。
後期参入のシルヴァン様は当然、疑惑を掛けられたワケだけど。
彼は既に学園を卒業済みの身であり、校内での目撃頻度はとても低い。
なので、いまいち彼についての噂は下火だ。
シルヴァン様の目的は、近くでヘレンさんを監視し、もしもの際はセドリック皇子への無礼をギリギリで回避させるためのサポートだ。
流石に国際問題になるとアレだからね。
アレクシス殿下たちと違って積極的にシルヴァン様の噂を広める意味はないので、火に油は注いでいない。
それでも盛り上がっている子は居るけどね。
ただシルヴァン様に関しては、彼らに接触する以前に流した私やシルフィーネ様の婚約解消に向けた動きを匂わせた件がある。
よって、シルヴァン様の目的は彼らとの深い交流にあるのではなく、妹であるシルフィーネ様とルドルフ様の婚約解消のための行動だ、と見せられなくはないのだ。
捨て身の潜入調査であることは分かってくれている人は居るし、それでも盛り上がる人は居るのである。
そもそも私は最初の一手以外、噂に乗っかり、彼らの言動に乗っかり、火に油を注いできただけなので、別に盛り上がる彼女たちの思考を制御なんてしていない。
なので勘違いされていても私にはどうしようもないのである。
彼女たち、別に私の取り巻きでも何でもないので。
「……まぁ、ルドルフ様については、お兄様にお任せしてしまっていますが」
シルフィーネ様もそれが分かっているので、真相を匂わせる程度に濁している。
「それはそれとして、弟子って何ですか? 従者は辛うじて受け入れられますが、弟子とは」
「弟子1号に今、必要なのは人生の導き手なのよ。なので弟子ね」
「その髪型は……?」
「心機一転のイメチェン?」
「イメ……? 何?」
「似合っているでしょう?」
「まぁ、見慣れていないだけで似合わないワケではないですが。ところでフィリップ様、ご自分のクラスには……」
「すぐに向かいますよ」
「そうですか。別にマリアンヌ様に洗脳されているワケではなく、ご自身の意思でそうされているのですよね?」
あらまぁ、人聞きの悪い。
悪役令嬢が洗脳なんて出来たら、もっと楽に立ち回れるでしょうに。
「はい、自分の考えでこうしています」
「……そう」
シルフィーネ様の立場からは凄く微妙な存在よねぇ。
あのグループの被害者であるのはシルフィーネ様も同じ。
流石にルドルフ様に行動を改めさせなかった件までフィリップ様を責めはしないけど、文句はなくもないといったところ。
「それでは、お嬢様。私はこれで」
「ええ、ご苦労様」
私はひらひらと手を振って、フィリップ様が彼のクラスへ向かうのを見送った。
その時。
「フィリップ!!」
教室に駆け込んで、大声を張り上げたのはルドルフ様だ。
フィリップ様を見つけると勢いよく向かってくる。
「お前に話がある! 男同士、二人きりでだッ!!」
高らかにそう宣言するルドルフ様。
「ぶふっ……」
私は思わず小さく吹き出した。
どうして何も知らないルドルフ様がそういう匂わせる台詞を吐くのかしら?
かなり、よりによってな台詞じゃない?
周囲もルドルフ様が現れたことじゃなく、その台詞に反応しているわ。
「…………はぁ」
自分たちの立ち位置に気付いたフィリップ様は、ルドルフ様の台詞に深く溜息を吐く。
「お嬢様」
フィリップ様がどうにかルドルフ様に文句を言おうとしつつも何とか堪える。
何を言っても無駄な気がしたのだろう。
代わりに助けを求めるように私を見てくる。
仕方ない弟子1号ね。
どうすれば、より面白くなるのか考えてあげなくては。
「その女は連れていかねぇ。フィリップ、お前が一人で来い!」
単細胞なルドルフ様は、意識の中にフィリップ様と私しか居ないらしい。
まだ婚約者なシルフィーネ様は我関せずのスタンスだわ。
「ふふふ、別にいいわよ? でも、弟子1号。私が居なくても二人きりは嫌でしょう? なら、人の目があるところで話したら? それも今は授業が始まるからどうかと思うけどね」
「……はぁ。分かりました。昼休み、食堂で用件を聞きます」
「なんでその女の言いなりになってやがるんだ、フィリップ!」
「……貴方には関係がないでしょうに」
「ああ、そうだ、お前のことなんて関係ねぇけど、気に入らねーんだよ!」
「……はぁ」
憂鬱そうなフィリップ様。
そして、キラキラとした目でやり取りを見守り、ルドルフ様の発言に沸き立つ女子生徒たち。
「ルドルフ様?」
「何だよ! アンタには話し掛けてないんだ、入ってくるんじゃねぇ。これは男同士の話だ!」
「まぁ、そんな。貴方がそこまで明白に『女性とは……』なんておっしゃるなんて。私が貴方に興味があると言ってもそうなんですの?」
「はぁ!? 意味分かんねー。俺はアンタみたいな女に興味はない!」
「まぁまぁ、私みたいな……女性に興味がない?」
「そうだよ!」
うーん、誤解量産機。
単細胞で、男らしい? 男性社会流儀というか体育会系? な発言が全部ズレて聞こえるわぁ。
周囲のざわめきが一際大きくなった。
「だいたい全部マリアンヌ様のせいですからね」
シルフィーネ様が他に聞こえないように、ぼそりと呟く。
フィリップ様は責めるようなジト目で私を見てきた。
この失言を繰り返しているのはルドルフ様なので、私には何の責任もないのにナー。
「何はともあれ、私はお二人の話の邪魔などしませんわ」
「当たり前だ!」
「ふふふ」
それにしても、自力で挽回したフィリップ様と違ってルドルフ様の態度のひどいこと。
ただの悪役令嬢だったら、ここでその言動について口論バトルが開始されていたことだろう。
身分差がどうたら、言葉遣いがどうたら。
私の場合は、失言量産機からどれだけ失言を引き出させ、周囲に聞かせるかのゲームをしているみたいなものだ。
なので腹を立てることもなく、『ぶふー! その言い方しちゃう!? ウケる』という気持ちでやり取りが出来る。
「……はぁ。とにかくもう授業が始まります。後で聞きますからもう立ち去ってくれ」
「逃げるんじゃねぇぞ、フィリップ!」
「普通に食事してますよ、食堂で」
そうして嵐のように去っていくルドルフ様。
ここまでシルフィーネ様に対してアクションなし。ギルティですわぁ。
「あれの同類と見られていたのよねぇ、弟子1号。まだ同じかしら」
「……精進します」
ルドルフ様と一緒には扱われたくないけれど、かといって表面上だけ反発しても意味がない。
真に彼と違う存在になりたくば、一段階高いところへ上がってみせるしかないのだ。
同じ次元で争っている限り評価は覆ることはない。
そうして昼頃、食堂でワイワイと楽しく騒いでいるルドルフ様を遠くに見ながら私も離れたところで優雅に食事を嗜んでいた。
シルフィーネ様も一緒だ。
そんなところに現れたのは。
「マリアンヌ」
「あら、アレクシス殿下」
「……君からも話を聞きたい。フィリップの件だ。君は一体何をした?」
それぞれ、別口で接触してくるのね。
私は、他の主要人物を把握するために殿下から視線を外して周りを見回す。
ヘレンさんはロッツォさんと一緒に居るわね?
注目しているのはルドルフ様とフィリップ様の方だわ。
こっちには気付いていない? なら、この行動はアレクシス殿下の考えか。
「フィリップは将来の私の部下だ。それが何故、君の従者になっているんだ?」
殿下的には、腹心の部下を奪われることに業腹なのかしら。
その態度には明確な敵意がちらほら。
中々に攻略進行中と思われる。あら?
「アレクシス殿下、女性にそんな怖い顔をして詰め寄るなんてどうしたのですか?」
私たちの下へやってきたのは二人組の男性。
私が会話したことのない二人。
「エドワード殿、それに」
威厳のある態度の男性と、殿下が目を向けるとニコリと笑って誤魔化すような男性。
「セド・セイン卿……」
笑っている方が隠しキャラのセドリック皇子ね。




