03 噂は広まって
彼らにまつわる噂は徐々に浸透していった。
密やかに口にされているが、幸いにして彼らに直接問い質す者は現れない。
女性側は『次の標的』にされたくないと思っているのだろう。
男性側は……おそらく『自分はそういう趣味じゃないから』と、そういう目で見られたくなくて彼らに近付こうとしない。
前世、日本ではかなり寛容になっていた同性愛だけど。
国や宗教によっては罪とまで言われてしまうナイーブな問題だ。
特に今世においては貴族は血を継いでいかなくてはならないので悲しいかな、男女の伴侶でなければならない。
王族なんてまさにそうだろう。
まぁ、アレクシス殿下は第一王子であって第二王子や第三王女など王家の血筋にはそれほど困っていないけど。
ちなみに第二王子殿下は別に攻略対象ではないし、彼にも婚約者が居る。
なので、私が婚約破棄されたところで第二王子殿下と代わりに、というパターンはない。
あちらは円満な関係だもの。
相変わらず私はアレクシス殿下とは干渉せず、彼らの好きにさせている。
そんな私を見習ってか、他の攻略対象たちの婚約者である女性たちも静観を貫いていた。
私の見たところヘレンをいじめようとする者も居ない様子だ。
まぁ、関わりたくないのでしょうね、誰も。
どうやら私が発信元となったあの噂は信用されているらしい。
むしろヘレンはどちらかといえば周りの女子生徒たちに応援されていた。
それはそうだろう。
言ってしまえば生贄のようなものだもの。
でも、そうやって周りの女子生徒たちに応援されることでヒロインであるヘレンは、きっとこう思ったのだろう。
『私はヒロインだから皆に認められて祝福されているのね』と。
それはもう顔に書いてある。
私への勝ち誇り具合が半端ないのだ。
私は当然、嫉妬などもせず、嫌がらせもせず、ニコニコと微笑み返すばかりだ。
テンプレート的な『悪役令嬢が悪さをしないせいで攻略が上手くいかないのよ!』のパターンも今のところなさそう。
なにせ攻略対象たちはきっちり彼女の周りに侍っているのだから。
まぁ、ヒロインが容姿そのままで積極的に攻略しに動いているんだから落とされて当然なのかも。
「マリアンヌ様、サロンでお話しでも如何でしょうか」
「シルフィーネ様、ええ、もちろん。お誘いいただき感謝します」
シルフィーネ様は侯爵令嬢であり、攻略対象の一人の婚約者だ。
立場的に私と同じか似たようなものと言える。
ゲームでは私ほどじゃないにせよライバルヒロイン的な立ち位置だった。
学園にある高位貴族用のサロンに入り、席に着く。
シルフィーネ様は単刀直入に用件を口にした。
「実際のところ、どうなのでしょう?」
「……それはあの噂についてですか」
「ええ、そうです。彼らが……私の婚約者を含めて、アレクシス殿下も共に男色家であるという話。真実なのですか?」
「いいえ、私が勝手にそう思っているだけですわ。噂は浸透してしまったようですけど」
あっさりと真実を白状した私にシルフィーネ様は呆気に取られた様子だ。
「……何故あのような噂を流されたのです?」
「そうですわね。私はあれ以降、特に彼らについて言及していませんし、その後も特に彼らに干渉もしていません。ですが、あの噂は消えずに残り、今も囁かれているワケですが……。それはつまり、実際に『そう見える』ということですよね」
「……まぁ」
乙女ゲーム的に常識で、当たり前の光景であっても現実的にはそうではない。
だからこそ苦情が私のところへきたのだ。
「自分たちがどう見られているのか。それを気付かない、放置している、そもそもその原因を作っている。『恥』なのは彼らの方だと思います。引いては『無能』と誹りを受けても仕方ない。そんな状況を彼ら自身が良しとしている。……どうでしょう? 有責はどちらなのか、はっきりしているのでは?」
「有責、ということは……マリアンヌ様は殿下とは」
「まだ何も交渉はしていませんよ。動くには早いですから」
「……そう、ですか」
「ただ、シルフィーネ様。私から言えることはですね。この状況に彼ら自身が気付いて対処出来ないならば『婚約する価値がない』ということです。もし、このまま婚約を続け、婚姻を結ぶにしても、どちらが至らない者なのかははっきりさせておくべきかと」
「…………」
「もちろん、各家の当主の意向もありますから。シルフィーネ様やご実家がどう動くのかを強制は致しません。でもね」
「はい、マリアンヌ様」
「あの噂のお陰で私たちが『完璧な男性たちに愛されもしない可哀想な女』とは思われなくなったと思いません? 問題があるのは彼らの方であり、哀れな女性はヘレンさんの方。私たちは彼らに干渉せず、黙っているだけで周りは『それぞれの家門で対処を考えているところなのだろう』と思ってくれている。ああいう方たちだと分かっていて、それでも婚姻させるのか。すぐに決断することは難しい。だから様子見をしている段階だ、と」
「…………」
「私や貴方にヘレンさんの言動や態度について苦情を寄せてくることはなくなった。だって皆さんにとってヘレンさんは『可哀想な人』だもの。下手に干渉したら自分に矛先が回ってくるかもしれない。というより、そもそも殿下を始めとした彼らを侍らせていても大して『羨ましくならない』。だから嫉妬することもないし、哀れにも思っているから彼女に見下されても目障りとも思わない」
「それは……そうですね」
彼女を取り巻く環境が羨ましくない。
むしろ、勝手にして、そのままでいてくれと願う生徒たち。
いじめは発生せず、私たち悪役令嬢やライバルヒロインを矢面に立たせて彼らと争わせることもしない。
遠巻きに彼らを見ながら『ああ、やっぱり噂は本当なのだ』とそう思う。
だって前提条件が『一人の女性が複数人の美形男子たちを侍らせている』じゃあないから。
『美しい男性たちが互いを愛し合うために、一人の女性をカモフラージュに利用している』。
これが今や彼らへの認識だ。
そこにきてヒロインの男爵令嬢という身分の低さが効いてくる。
『彼女であれば、その愛に利用されていても問題ない』と殿下たちに思われている、と。
より噂の真実みに拍車をかけるワケだ。
「これが私やシルフィーネ様だったら嫉妬は避けられないでしょう? 彼らの中に婚約者が居るのだから。噂は信じられなかった。でも、ヘレンさんなら?」
「……彼らの中心が、あの子である以上は噂はある程度、信憑性を持ってしまいますね……」
「ふふ、そうでしょう」
かくして、あの集団は『誰もが羨む憧れ』ではなくなり。
禁断の愛に苦しむ美形の男性たちと、たった一人の哀れな彼女……という光景になった。
お陰で私の学園生活はとても平和だ。
だって、ただ彼らに干渉しなければいい。
ヒロインだって攻略が上手くいっていて攻略対象たちが彼女を囲っているのだから問題はない。
ただまぁ、悪役令嬢やライバルヒロインにマウントを取りたかったり、嫌がらせをしようとしたりはあるだろう。
「シルフィーネ様には、これからの注意点だけお伝えしておくわね」
「……はい、マリアンヌ様」
噂が広まっている以上、私たちは身を守ることに徹するだけだ。