27 人生相談
「……いえ。何がしたくてここに来たということはないのです」
「あら?」
私はコテンと首を傾げる。
「わざわざ、こんな場所まで来たのに?」
「う……」
私はフィリップ様を観察しながら、どうしたものかと考える。
彼自身も自分のしていることが分からないとか、そっち系?
頭のいい人ではある。自信もあっただろう。
しかし、いつの間にやら現実はそうではなかった。
自信を喪失しつつも、今は何とかもがいているところか。
攻略対象なんて思春期真っ只中で悩み多き少年たちだ。
だからこそヒロインにコロッといくのである。
そんな彼は今、揺らいでいる。
自分の実力、知性という根底を疑い、自信をなくして。
それから……。
「フィリップ様、貴方の気持ちを探って行きましょうか」
「……はい?」
「ちょうどいいことに今、私が担っている案件には貴方たちの観察が含まれているの。記録を付けさせてもらう代わりに、貴方の話を聞いてあげるわ」
私は記録用の用紙を出しつつ、フィリップ様に問いかける。
「まずは、そう。ヘレンさんに出会う前、貴方は将来の夢をどのように思い描き、昔は私のことやアレクシス殿下のことをどう思っていた?」
「……そんなことを聞いてどうなるのですか?」
「聞くことと記録すること、検証することは私の仕事よ。付き合いなさい」
まだまだ納得しかねる様子だが、渋々とフィリップ様は私の問いかけに答える。
まず、学園入学前。
その頃の彼は、特に私と敵対する意識はなかったようだ。
将来はアレクシス殿下が王となり、私が王妃となり、彼自身は宰相となり、私たちに仕えて仕事をしていくものと考えていた。
多少の傲慢さと自信があり、私たちよりも国政を担うのだという自負を持っていた。
コンプレックスがあるとすれば、未だ父親には及ばず、認められているとは感じられないことか。
「ちょっと口を挟むけど、どこかで私に対する嫉妬とかしたりした?」
「は……?」
眼鏡クイ。
「マリアンヌ様は嫉妬するようなことはなさっていませんでしたが」
「そういえばそうだったわ」
教育を受けているからといって、バリバリ政治に関わる人間性をしていなかった。
あるあるパターンでいうと悪役令嬢の才覚を疎んで腹黒く立ち回るのがフィリップ様ポジションだ。
でも、特にそういうのはなかったらしい。
「で、学園でヘレンさんに出会うと」
「……はい」
「出会い方は図書館で彼女が探していた本をヒョイっと棚から取ってあげたこと? その時の貴方は『別に、ただ目に付いただけですから』と思い、ヘレンさんからのお礼を相手にしなかった。でも、その日から度々、図書館でヘレンさんを見掛けるようになり、いつも彼女が悩んでいる様子を見ていたフィリップ様は、ほんの少しの好奇心で声を掛けた。『……どこで悩んでいるんですか?』『え? あ、貴方はこの前の!』」
「……は? 何を、貴方は見ていたのですか?」
「うーん」
私は、既にまとめてある資料の一つを引っ張り出して侍女に渡し、フィリップ様に届けてもらう。
「それは、貴方の攻略ルート」
「攻略……? ルート?」
「ヘレンさんの立場で貴方の心をどのように揺さぶり、心を動かすかの予言書?」
「何をばかな」
「目を通していいわよ」
話の腰を折るようだが、フィリップ様は渡された資料を読み始める。
かなり素直な態度になったわね。
元々の傲慢さが抜け切れてはいないものの、腹を立てるほどのレベルではない。
悪役令嬢目線のイライラ攻略対象たちの態度は、ほぼなくなっている。
「……私は見張られていたのですか?」
「もっと先まで見てね。現実とは違うこともあるはずだから」
しばらくペラペラと紙をめくる音を聴きながら、侍女に入れ直してもらった紅茶を飲む。
フィリップ様の様子も観察しつつ……。
「これは、一体何なんですか……?」
私は、ざっくりと陛下たちに話したことと同じ話をしてあげる。
「そんなバカなことを」
「でも、私からすると貴方たちに噂を流した理由の大半は、それよ?」
「え?」
「ヘレンさんが『逆ハーレムルート』をやろうとしているんだな、って思ったからあの噂を流したの。ニールセンさんが後から参加することも想定して匂わせておいたわ。あの噂に信憑性が出たのは、その一手間があったからよね」
あの当時の彼らの様子だけでなく、後から参加したロッツォ・ニールセンの存在を私が掴んでいたと知られたことで、噂の信憑性の補強となったのだ。
「逆ハーレム、ルートというのは……」
「貴方たち全員とゴールイン? すること」
「私たち全員と……? 異性として交際するつもりだというのですか?」
「まぁ、そうしたいんじゃないかしら」
ルートの性質上、誰それと婚約した、結婚したという描写はなくエンディングを迎える。
悪役令嬢を退けて仲良くハッピーエンドというワケだ。
全員の好感度はマックスだから誰と付き合ってもいいキープ状態。
その後どうするつもりなのかは謎。
「……私たちはヘレンに遊ばれていた、と?」
「真剣に全員を自分の恋人だと思っているんじゃない?」
「……そう、ですか」
ショックを受けているのは、私の話の内容というよりはヘレンさんの行動についてね。
「……正直、違和感は覚えていました」
「ん?」
「私はヘレンにある程度、好意を寄せていましたが……」
「認めたわね」
「はい。でも、彼女の立場では、如何に好意があったとしても殿下の側室、愛人のような立場を求めるのが精一杯。それなら……私を選ぶべきだと、そのように……考えていました」
「それ、彼女に言った?」
「いいえ、まだ」
「そう」
まぁ、逆ハーレムルートをやる場合、それでも結婚しなくちゃとなるなら現実的にはフィリップ様が選択肢に入るだろう。
シルヴァン様の加入が遅れていたので尚更である。
「ですが彼女は……私には、よく分からなかったのです。アレクシス殿下こそを好きなのかと思っていたら私たちにも好意を見せてくる。その上で、レイト侯爵令息にも声を掛ける。一体何がしたいのか? 分からないけれど、それでも好意は抱いていました」
「うんうん」
あとはそこからアレね。
悪役令嬢への敵愾心で一致団結するのがパターンね。
「……ヘレンが偶に、マリアンヌ様の陰口を漏らすことがありました」
「へぇ」
「その時は、何の根拠もないものだったのでマリアンヌ様に失礼だと嗜めたのですが。随分とショックを受けた様子でした」
「凄い顔してたでしょうねぇ」
『どうして悪役令嬢の味方をするの!?』というところだろうか。
「もしかして、ヘレンさんのその表情を見て、ちょっと冷静になっていた?」
「……それはあったかと」
さもありなん。
やっぱり悪役令嬢側はともかく、ヒロイン側って転生者であることはマイナスじゃない?
天真爛漫さが失われて腹黒さが増したら、魅力が減っちゃう。
「私の忠告が耳に入ったのは、その影響もあるのね」
私がどうというより彼女の墓穴だろう。
「私の忠告を受けた貴方は、パーティーの一件を調べてみた?」
「はい」
「どう思ったの?」
「……何をしているのか? と」
「ふふ、殿下とルドルフ様がファーストダンスを踊ったって聞いたのよね」
そりゃあそうなるわね。
「マリアンヌ様が何故そのようなことをさせたのか意味が分かりませんでした。ですが、パーティーの状況を確かめる内に、尋ねた人々の態度がおかしいことに気付いたのです。私を見る目も何か妙だと」
「あらぁ」
ぜひ、フィリップ様が真実を知った時のリアクションを見たかったわ。
「そこで、ようやく我々の評価を、どう見られているかを知りました」
「ふふふ」
「……とても思うところはあるのですが」
「あら、私のせいだと思う? すべて?」
「……いえ、それは違います……。マリアンヌ様以外の誰かがそのように言えば同じ結果だったかと」
「そうよねー。女性一人に男性複数人。女性の身分が高ければ、そういう取り巻きというか、護衛のようなものと見えるけど」
男爵令嬢という下位貴族に、殿下たちのような男性が集まっているとなるとねぇ。
身分差が逆ならば、そうは思われなかったはず。
「貴方たちは、自分たちがどう見られているか把握出来なかった。だから対処もしなかった。それは貴方たちの評判を著しく下げているわ」
「……はい」
ぎゅっと拳を握り締めているのは悔しさからかしら?
「…………マリアンヌ様」
「なぁに、フィリップ様」
「私は……宰相に向いていません」
あら。
「簡単に女性に籠絡され、正しい判断が出来ず、殿下を諌められず、道を正せず、それなのに今も何をするべきか分からないのです。マリアンヌ様の忠告があって初めて動き出し、ただ現実を知っただけでしかない。これでは役に立たないでしょう」
「……宰相になるのは貴方の夢ではないの?」
「いいえ、父がそうだから。ただ漠然とそうなるのだと、そう思って生きていただけでした。その能力が自分にあるのだから当然だとも思い込んでいた。勝手にそうなると確信し、生きてきたのです。しかし、私にはこんな問題さえ対処出来なかった。表面的な成績が上でも意味がないのです。宰相は、陛下たちと共に国を担う立場。権力もある。それがこんな男では務まらない」
「宰相閣下のことを誇りに思っているのね」
だから、今の自分が許せないと。
やっぱり悩み多き少年時代ねぇ。
なんとなく親の稼業を継ぐ未来を思い描いて生きていくなんて子供あるあるだ。
このままレールに沿った人生でいいのかなぁ、とか。
そう思いながら反抗的になり。
でも成長すると、レールに沿った人生いいじゃん! なんて思う。
「マリアンヌ様」
「なぁに?」
「私を、貴方の下に就かせていただけませんか?」
「うん?」
「……私には経験が足りません。何もかも自分の思い通りになる、自分の考えが正しいと。頭がいいのだから思い描いた想定以外は愚かなことだと、他人を馬鹿にし、否定的に声を上げる。そんな私には……」
「貴方には?」
「行動の予測がつかないマリアンヌ様の下で鍛えられるべきだと。そう思ったのです」
私に振り回されたいのかしら?
でも、まぁ頭でっかちキャラだものね。
「ヘレンさんも割と貴方を振り回すのではなくて?」
「彼女は今思えば、私にとって聞こえのいい言葉を掛けてくれるだけの女性でした。自分の方が優秀なのだと、そう思えるような……。心地は良かった。しかし、それに甘んじるのは……人生の停滞のように思うのです。『もうこれでいい』と。『このままでいい』と思わされて……。それではいけないと今は強く思っています」
ぬるま湯に浸かったままの危機感を覚え始めたのね。
それもまた……人生あるあるだ。
漠然と何かしなくちゃ、このままじゃダメなんだ、自分は何者かにならなくちゃ、と。
うーん、青春。
自分探しの旅とかここで私が薦めたら、本当に旅に出そうだわ。
それも楽しそうではある。
しばらくしたら、フィリップ様が日焼けして自分見つけました! な姿になった写真を送ってくるの。
エリート街道から逸れて、バックパッカーになったフィリップ様。
ぜひ、市井のヤンチャなお嬢さんといつの間にか結婚していてほしい。
何故か漁師を始めたり、特産品農業とかしててほしい。
幸せそうだ。
「そうねぇ」
さて、どうしたものか。
今、私の答えには悩める青少年一人の人生がかかっているようだ。
ヒューマンドラマなので人生相談役と化す悪役令嬢。
忠告を受けたフィリップが悪役令嬢と敵対する、ありがちな展開にするかどうかをダイスを振って決めようとしていたのですが、
別にこいつ、婚約者を裏切って不貞していたワケではないから許されてもええか…?
と思い、断念。
全員それだとアレだからロッツォは道を踏み外す。可哀想。
シルヴァン様は面白いから薔薇の会へ入れました。




