25 来訪
表面上、見事に逆ハーレムルートは成立している。
シルヴァン様を虜に出来たと思ったヘレンさんは、私に随分と勝ち誇っていた。
どうやら狩猟祭で彼が私に獲物を贈ったことをかなり気にしていたらしい。
でも、悲しいかな。
国王陛下も、王妃様も、宰相閣下も、まともな判断を下す人物な時点で、悪役令嬢が破滅することはないのだ。
あの時点でほとんどゲームは終わっていたと言っていい。
念のため、双方に監視と日々の行動記録が付けられているから余計に冤罪での断罪など成立しない。
あと警戒しなくてはいけないのは、せいぜい運命の強制力や隣国の皇子ぐらい。
波乱が起きることは、ほぼない。
私は、今回の一件についての事細かな記録を付けている。
私のような、こういう公爵令嬢がこの国に居たのだと記録しておくことで、いつか新たな悪役令嬢の助けになるかもしれない。
いえ、その人がまともな性格をしていればね?
とりわけ、時期を見計らってバロウ皇国に警告なり、調査なりを依頼することになる。
「陛下に話が通じた時点で破滅回避のために私がやることなんてほとんどないのよね、実際」
罠に嵌めるもよし、婚約解消するもよし、彼らと関わらないように留学するもよし。
どうとでもなるだろう。このお話は、あそこで終わっていたのだ。
あれね。物語って障害がなければ成り立たないって、こういうことよね。
学園内での私の立場も、例の噂が継続する限り、特に変わりもない。
婚約解消の噂も流れているから、どちらが切り捨てる側なのかもはっきりしているし。
また眉唾なことには変わりないが……私が望んだ自由は陛下と宰相に認められることになった。
王宮のある一室に部屋をいただき、私の知る限りのことを書き出し、実際の行動記録を残している。
部署名もあるのよ? その名も『特殊事案対策記録室』。
私は、そこの室長だ。
出資者も私。ふふふ。
仕事を見つけてくるのも、仕事内容も、どう行動するかも、私の自由である。
ただただ権利を認められた自由人。
例の思い付き、競馬を広めてやろうかというのも、試しにやってみた。
最初はいきなり私の知る速さを競うレースも難しいだろうし、どうかと思うから……。
騎士や御者の訓練の延長として『障害馬術競争』のような形に。
如何に障害物を乗り越えて、馬が上手く動いてくれるか、といったもので速さは一応は競うものの、そこまで求めない。
どちらかといえば、馬と人との意思疎通や、上手く扱えるかの方が重きを置かれる。
それを観客が見える場所で行うといった、ちょっとしたものだ。
競い合いの形にしたお陰か、観客を動員出来るようにしたお陰か。
はたまた前世よりも馬が生活に密接に関わっている影響か。
意外と好評で、参加者も見ている者たちも大いに盛り上がってくれた。
案外この文化が将来は、私の知るあの競馬という形に変わっていくのかもしれない。
あとは、ありがちなところでいえば、農業への口出しだろうか。
休耕作物やら何やらを混ぜての畑の栄養を枯渇させないようにしながら、年中収穫が出来るように、と。
しかし、ふんわりとした知識はあれど元々は門外漢。
あくまでそういう提案をしただけで、試しに王領の一つでやってみるということになった。
ちなみにその実験場となった王領が本来、アレクシス殿下に与えられる場所だ。
まだ婚約解消していないから、ということで私に一部権利を移譲という形に。
ふふふ、役得。
農業発展系は、それだけで一つの物語が出来るぐらいに濃密なものになりそうだけど……。
私は人任せタイプの悪役令嬢ということで。
結果が出るのは、まだまだ先だからね。
そして、こうした活動もしっかりと記録に残しておく。
私が学んだことのないはずの事業を提案し、それが成功に導かれたとなると陛下たちも、転生なんてオカルトな話を飲み込むべきかとそう思うらしい。
あとは王都でのカフェを始めさせてもらう予定。
人力の手動ミキサーを開発してもらってスムージーを作ってもらったり。
あとはスポーツドリンクの研究ね。
これは、初期開発が進んでいて、騎士たちに人気が出た。
また飲みたいという声が多かったのだ。
試飲会を内々で開いて、どちらのドリンクもヒットの予感を感じさせる。
私が悪役令嬢のままだと対立したヒロインが余計なことをして飲食店なんて潰されそうだから、今のところカフェのオーナーが私ということは伏せてあるわ。
知らないままならヘレンさんも好んで飲みに来るんじゃないかしら。
まぁ、そんな風にだ。
最近は少し学園から足が遠のいていたりする私。
だって、だいたいの思い付きに商業的な成功の予感があって、こっちの方が楽しいのだ。
あまり学生生活に未練がない……。
「枯れ専疑惑があるし、前世はけっこう年齢いってたかしらねー」
曖昧な記憶なんだけどね、前世の個人情報。
いくつかの画期的なアイデアを提案している内に、とうとう隣国から隠しキャラが転校してきた。
案の定、ヘレンさんは表向きな主人であるエドワードさんより、身分を偽っている皇子にコナをかけ始める。
その一連の言動の報告は、近くで監視することになったシルヴァン様が王宮へ上げる。
もちろん王家の影も同様だ。
あとは……事前に知らせていたヒロインからの攻略ルートをどれだけヘレンさんがなぞるのか。
このこともあって、私は王宮に与えられた部屋に引き籠りがちでもある。
私とヘレンさんが如何に接触していないかの証拠固めといったところ。
セドリック皇子とは攻略が進まないようにやんわり妨害中。
私ではなく王家が主導で。
彼女の言動で攻略が進まないように事前に台詞を言ってみたり、彼女への不信感を与えてみたり。
それでもヒロインの可憐さに惹かれるならどうにも出来ないけど。
今のところは成功かな……。
そして、シルヴァン様。
彼は、私が流した噂によって今まで遠ざかっていたが、今回の件でめでたく逆ハーレム入りした。
問題はそこから言動がおかしくなるのかどうかである。
例の会合以降、私は精神鑑定や病気の有無を調べてもらっていた。
それは、そもそも私がおかしくなっているかどうかをはっきりさせておくべきだと思ったからだ。
記録にもそのことを残しておく。
精神は平常であった、と。
そんな精神鑑定をシルヴァン様にも定期的に受けてもらっている。
兆候は特になし。
そんな報告を私は王宮に与えられた部屋で受け取って目を通した。
「ふぅ……。じゃあ、アレクシス殿下たちは、やっぱりアレでシラフかしらね。少ない可能性だったわぁ」
別に私は、極力『あのまま』で彼らを放置してほしいとは頼んでいない。
私からの情報を引き出した時点で陛下の判断でアレクシス殿下たちのグループを強制解散させることも出来たはず。
けど、そうすることはなく様子見、観察を選択したみたい。
私が投じた一石で変わらなかったことは、まずロッツォ・ニールセン。
彼はヘレンさんに侍ることを選んだようだ。
逆に変わったことは……フィリップ様。
どことなくあのグループからは距離を取るようになった。
代わりにシルヴァン様が加入したからか、ヘレンさんの中で『攻略済み』と判断されているのか、干渉は緩くなったみたい。
どうやら私とのやり取りから独自に動いたお陰で自分たちの置かれている状況が見えてきた様子だ。
ヘレンさんのグループに一度どっぷりと嵌まった後で、それでも抜けられるなら、やっぱり魅了の類はなさそうかしら。
魅了も運命の強制力もなく、陛下たちの協力がある悪役令嬢転生。
あまりにもハードルが低い。難易度イージー悪役令嬢。
「やっぱり、もう物語なんて終わっているも同然よねぇ」
あとは記念パーティーの日を迎えて今までの清算をして終わりかな、っと。
そう思った時。
コンコン。
……と、私の居る部屋の扉がノックされた。
今、私が居るのは王宮にある部屋なのだけど。
「あら? どうぞ」
「……失礼します、マリアンヌ嬢」
「あら? フィリップ様?」
攻略対象たちには私の活動は明かされない約束だ。それなのに彼がここへ来た?
「いえ、総受けのフィリップ様」
「なんでわざわざ言い直したんですか。そもそも、それ何ですか?」
眼鏡クイ。
まだまだ薔薇の文化にお詳しくないようだ。
そもそも、そんな言葉はまだこの国に生まれていないだろうが。