21 対峙②
ちょっと長くなった。
アレクシス殿下、フィリップ様、ルドルフ様、ロッツォさん、ヘレンさん。
それが学園でよく目撃されているグループのメンバーだ。
本来ならば、ここにシルヴァン様も参加していたはず。
少なくとも逆ハーレムルートを邁進していたヘレンさん的にはそうするつもりだったはずだ。
しかし、シルヴァン様はとても薔薇の会を警戒しているので一向に逆ハーレム入りする素振りがない。
シルフィーネ様からも何かしらの情報が入っているのだと思われる。
あとは隠し攻略対象として隣国の皇族が居るのだけど……。
逆ハーレムルートでも、まだ交流が出来ていないみたい。
そもそも私たちの国にちゃんと来る予定があるのかしら?
そんな彼らのグループでは、アレクシス殿下とルドルフ様に婚約者が居る。
ゲーム知識という面を取っ払って考えれば、順当にフィリップ様かロッツォさんがヘレンさんのお相手だと推測出来るだろう。
だから、この問いかけは世間的に間違っていない。
「な、何を? 急に何をおっしゃるのですか、オードファラン嬢!」
「え? だって当然の問いかけというか、意思確認だと思うけど」
「ど、どこがですか!」
私は首を傾げて動揺するロッツォさんやヘレンさんを見る。
さも『分かりません』という態度で。
「アレクシス殿下の婚約者は私、ルドルフ様の婚約者はシルフィーネ様、それはご存知よね?」
「それは……ええ」
「ですから、普段から仲のいい貴方たちの中でヘレンさんとフィリップ様か、ニールセンさんが婚約するのかしら、と疑問に思うのは当然じゃない? もし、そうなるなら男性陣の仲がいいのですから私たちもヘレンさんと交友しようと考えるのも自然だと思うけど……何か間違っている?」
「……い、いや……間違っては……いない、です」
「そうよね?」
私は尚も首を傾げて、きょとんとした態度を取り続けた。
「でも! そんなのマリアンヌ様に決め付けられる筋合いなんかありません!」
ヘレンさんが、さも私が悪者かのように声を張る。
「あら、別に決め付けていないわ。どうなっているのかしら、と問うただけよ。ただの興味本位。貴方たちがその気なら応援するのも吝かではないという話。ね、ニールセンさん? 改めて問うけれど、貴方は誰が好きなの?」
「誰がって……」
ロッツォさんはヘレンさんに視線を向ける。
好感度が高い。見事に逆ハーレムルート入りしているみたい。
「ですから! マリアンヌ様にそんなことを決め付けられたくありません! 貴方には関係ないじゃないですか!」
「私とアレクシス殿下の婚約を解消するとしても?」
「……!?」
周囲の興味本位に湧いていた空気が変わった。
「ふふふ、どう? それでも?」
「な、何をおっしゃっているのですか……?」
「ちょっとね。私はどちらでも構わないのだけど、お父様が動き始めたみたいなのよね。私としてはもう少し楽しみたかったのですけど。殿下ったらお父様の逆鱗に触れてしまったみたい。だから『ゲーム』は終わりらしいわ」
「は……?」
私はまたニコニコと笑顔を浮かべる。
「アレクシス殿下がねぇ、ちょっとオイタをしたみたいで。この前、運悪く私がお父様をパーティーに連れ出したでしょう? そこでお父様の逆鱗に触れることがあったみたい。お父様は私に優しいのだけれど困ったことだわ」
「マリアンヌ様、それは本当ですか?」
「ええ、シルフィーネ様。お父様が王家と交渉を始めたみたいね。今までは私が止めていたのだけれど、とうとう止められなくなっちゃった、ふふ」
なんてことはないように私は自然と打ち明けた。
ヘレンさんは絶句している。
「どう転ぶにせよ、少なくとも年度末の記念パーティーまでには結果が出るそうよ。それ以上は交渉を引き延ばさせないって。そうしたら記念パーティーでは私、婚約者の居ない自由な身になるでしょうね。でも、まだ確定じゃあない。分かる? ロッツォ・ニールセン」
「え……? 僕、ですか?」
「そう、貴方。私と殿下が婚約を解消したら……殿下もまた自由の身よ。第二王子殿下も優秀だからなおのこと」
立太子もまだの第一王子が公爵家の後ろ盾を失えば、第二王子が優秀であれば。
その先の答えはとても簡単だ。
そして、今の殿下がそうなった時に『どうする』のか。
それは普通の逆ハーレムルートを謳歌しているはずのロッツォさんには分かるはず。
「だから今の内なのよ? 今はまだ殿下は私の婚約者だから行動に制限が掛かっている。まだ貴方の邪魔にはならない。でも、貴方が『誰を好き』かによっては……ほら、チャンスは今の内。貴方の好きな人がヘレンさんなら……の話だけど?」
ロッツォさんを焚き付けてみた。
突然の暴露と、今までと違う方向性の提案に周囲は言葉を失っている。
「もちろん、この話はこの場に居る皆様だけの秘密、内緒ね? まだ決定事項ではないのだから」
私は人差し指を立てて口元に寄せ、微笑んだ。
「この場にフィリップ様がいらっしゃったら良かったのに。彼なら、この場ではっきり答えを出したでしょうね」
「……なんで。そんなはず……」
ヘレンさんもあまりの情報に困惑中。
基本は今まで悪役令嬢の干渉がないだけでその他はゲーム通りの進行だったのだろう。
でも、ここにきてイレギュラーが発生。
どうにかルート通りにしたくなるのがヒロイン側の本音になるかな?
「ニールセンさんがヘレンさんだけを好きなら、早い内に答えを出した方がいいわ? でも、もし……」
勿体ぶって、そこで言葉を切り、溜めてから。
「『今のままの関係』こそが大事だというのなら、皆さんで話し合う方がいいわよ? ヘレンさんが誰と結ばれるのがベストなのか。……ね? だって私たちの国は一夫一妻制だもの。一人の妻には一人の旦那様しか居ないものよ。『実態』がそうでないとしても、建前上はそうなの。ふふ、だから楽しみ」
「たの、しみ……? ですって。何が……」
「ロッツォ・ニールセンは、はたしてこの話を聞いてどうするのかしら? 『他の男性から抜け駆けしてヘレンさんを独占する』のか。それとも『今まで通りの関係こそを求める』のか。それって、ニールセンさんの明確な意思表示よね?」
私は舌なめずりをしてロッツォさんとヘレンさんを見据えた。
悪役令嬢らしく美人な私の顔でこれをやられると、たぶん怖い。
ビクリと二人は震えて、引け腰になる。
「ニールセンさんが本当に望んでいるなら、オードファラン公爵家が貴方とヘレンさんの縁を繋ぐよう、取り計らうわ。今まで婚約者であるアレクシス殿下がお世話になったお礼よ」
ニコニコな笑顔に表情を戻して、そう告げた。
ロッツォさん→ヘレンさんが好き、女性が好き、逆ハーレム状態は思うところあり?
ヘレンさん→逆ハーレムがいいから『現状維持』を望む。ゲーム通りにしたいから私の婚約解消には反対?
ロッツォさん次第だけど。
現状維持の逆ハーレム状態をキープする選択を彼が受け入れるというのなら。
それって、つまり周りから見たらロッツォさんは『そういう望み』ということになるのよね。
一人の男として一人の妻を望むのではなく、逆ハーレム状態で複数の男性がそばに居た方がいい、と。
少なくとも『そう見える』のは間違いない。
反面、ここで男らしく『僕がヘレンと結ばれたいんだ!』という意思表明をするなら薔薇の会からは抜けられる。
でも、その意思表示をするなら……私が彼とヘレンさんが結ばれるように動いて差し上げましょう。
ニールセン商会には、彼の意思を伝えて、支援すると働きかけるわ。
逆ハーレムルート対策の一つとしては、これもアリよねぇ。
メンバーの中で最も身分の低い相手との縁談を、あえてこちら側から支援する、というやり方。
基本はヒロインの妨害をするのではなく、その動きに乗っかっていくスタイルよ。
ロッツォさんの『男らしさ』をヘレンさんはおそらく否定する。
だって逆ハーレムがいいのよね? じゃないと今までのようには動かなかったはず。
でもヘレンさんがロッツォさんに『今まで通り、皆とお友達でいたいわ』と願うのは地獄への片道切符だ。
彼は内心で蟠りを抱えて、外側からはどんどん評価を落としていくのみ。
周りからの評価に気付いて対処するなら別の話だけど、今に至るまでその兆候はなし。
シルヴァン様とは明暗を分けているわよねぇ。どの道、かなり手遅れ気味だ。
「ま、……マリアンヌ様に私たちのことをどうとか言われたくありません……! そんなの、貴方に何の権利があるんですか!? ね、ロッツォ!」
「あ、ああ……、いや、うん」
「ふふ、好きにしていいのよ。全部、最初から貴方たちの選択次第だもの。私はそれに対応するだけ」
「っ……! もういいです! 行こう、ロッツォ。身勝手な人の話なんかこれ以上は聞きたくないわ!」
「お返事待っているわね、ニールセンさん。安心してちょうだい、貴方の悪いようにはしないから。もちろん、それも貴方次第。私から強制することなんて何もないからね?」
「もういいです! 黙ってよ!」
ヘレンさんが声を荒らげると私は困ったような顔をして肩を竦める。
「では、さようなら。ああ、でもヘレンさん。殿下たちが戻ってくるまで敷地からは去らないでね? だって彼らが獲物を贈りたい人は決まっているもの」
「……! 知らない!」
ヘレンさんはロッツォさんを引き連れて去っていった。
うんうん、ヒロインと悪役令嬢の対峙として中々に殺伐としていたわ。
「マリアンヌ様、あの……色々と何と言っていいのか」
「ふふ、シルフィーネ様、皆さんも、私たちはただ見守るだけよ? アレクシス殿下たちがどうするのか。どうしたいのか。その気持ちをはっきりさせるよう、私は動くだけ。でも、彼らの答えはもうすぐ出るわ。狩猟祭の獲物を誰に贈るのか。ニールセンさんの気持ちは本当のところ『誰に』向いているのか。これはもう『噂話』の域を出ていくと思うの。まぁ、私は確信しているけどね?」
そして。
アレクシス殿下とルドルフ様は堂々とヘレンさんに獲物を贈った。
ルドルフ様はたぶん何も考えていないんだと思う。
『だってハンカチを約束通りに巻いたんだから文句はないだろう?』という考えが透けて見える。
ヘレンさんに贈ることを黙認するということは、別に『必ずヘレンさんに贈れ』ということではない。
婚約者が居る以上、そもそも何と言われようが婚約者に贈るべきなのだ。
それをしないということは、それが彼の意思表示である。
シルフィーネ様は、ルドルフ様の選択を呆れたように見ていた。
アレクシス殿下もヘレンさんに贈る。
表情をじっくりと観察している限り、これはルドルフ様への対抗心かしら?
体面を優先して私に贈り、ヘレンさんへの恋のレースで遅れを取るよりは、私を見くびり、適当な言い訳で誤魔化すつもりでヘレンさんへの贈り物を優先したといったところ。
殿下の根底にあるのは、私への見くびりか。
なんというか警戒したよりもずっと浅はかなのかもしれない。
ヘレンさんは色々と考え事をしていたようだけれど、殿下とルドルフ様から獲物を贈られたことで有頂天となり、私たちへ向けて挑発的な笑みを浮かべていた。
「下品というか品性がよくないですね、彼女」
「ふふ、シルフィーネ様ったら」
私たちとしては『それでいい』のだ。
どうせ彼らがそうするだろうと思っていたのだから。
ただ、結果が同じでも『健気に婚約者からの贈り物を待つ哀れな令嬢』ではないと示せればそれでいい。
「オードファラン家が動き始めたというのなら、レイト家も動くとしましょう。今回の件と今までの件で充分ですから」
「そうね。彼らの望みを叶えて差し上げましょう」
私とシルフィーネ様のやり取りは、周囲に聞かれている。
「でも、本当。やっぱりというか。ヘレンさんは何も分かっていらっしゃらないのね」
「…………ヘレンさんを通して互いに獲物を贈り合うのを楽しんでいらっしゃるのですよね、あの方たち。前々からそういうことをしていましたから、私でも分かります。一応は婚約者でしたから」
あ、とうとうシルフィーネ様も私の誘導台詞に乗っかり始めた。
そうよ、そう誘導するつもりだったのよ、私が。
うーん、これはシルフィーネ様にいよいよ見限られたわね、ルドルフ様。
「そうなのよね、やっぱりルドルフ様も同じようなことを? 実はアレクシス殿下もそうなの」
「ルドルフ様って単純ですから分かりやすいんですよ。私と居る時も、ヘレンさんと居る時も大して違いはないんですけど。アレクシス殿下たち、男性同士で一緒に居る時は……とても輝いた目をしているんです。まるで……友情以上の何かがあるみたい」
うん。
ルドルフ様って精神年齢が低いから、それはたぶん『友人の男同士でまだバカをやっていたい』とか、そういうアレよね。
「ヘレンさんは自分が特別な想いを抱かれていると思っているようですけど、私の目から見たら全然違います」
「ふふ、そうねぇ。やっぱりそうよねぇ」
私とシルフィーネ様が周囲に聞こえるように婚約者を評価する。
それもとても薔薇文化に精通し、盛り上がっている層を中心に。
ざわめきながら彼らを見守る私たち。
これで、もしロッツォさんまで逆ハーレム状態を受け入れる方向に動こうものなら更に盛り上がることだろう。
いよいよ確信を以て彼らは『そういう人たち』となった。
それ即ち、どんなに勝ち誇った顔で笑ったとしてもヘレンさんの評価は同じなのである。
「「「「「「「ヘレンさんもお可哀想に……」」」」」」」
流れは変わらない。
ヘレンさんが逆ハーレムルートを進む限り、蟻地獄だ。
でも、変化が一つあった。
「あら?」
「──私が狩った獲物は貴方に贈ります、マリアンヌ・オードファラン嬢」
シルヴァン様がシルフィーネ様でも、ヘレンさんでもなく私に狩猟祭の獲物を持ってきたのだった。




