02 マリアンヌ
彼女、ヘレンがいわゆる『転生者』だということにはすぐに気付いた。
(私と同じ、か……)
そう思ったのだ。
公爵令嬢であり第一王子アレクシスの婚約者、それでいて『悪役令嬢』な私。
テンプレート的なシナリオだったと思う。
きちんと断罪されるに足る罪を犯す役回りだった。
気付いた以上はそんなことをするつもりはないけれど。
気付いたのは残念ながら学園へ入学してすぐ後のことだった。
婚約者がヒロインであるヘレンと出会った後だ。
まだまだ断罪の日まで遠い以上は、それなりにやれることはある。
ただ、問題は。
「別にアレクシスのこと好きじゃないのよね……」
公爵令嬢たる義務があるのは分かるが、何も貴族の義務とは政略結婚ばかりではない。
要するに民へと還元されればいいワケだ。
まぁ、王家と公爵家の円満な関係こそが国に安寧をもたらし、それこそ民のためになると言えばそうだけど。
「……彼ら次第、かしら」
どこか冷めた目でヒロインと攻略対象たちを観察する。
まずは様子見といったところ。
当たり障りなく接しつつ極力干渉は避けた。なりゆきに任せたのだ。
そうしてしばらくするとヒロイン、ヘレンは次々と攻略対象たちを虜にしていった。
まぁ、まだ虜と言えるほど落としてはいないと思うが。
あっという間にヒロインを取り囲む美形の男性たちの構図が完成だ。
その光景を遠くから観察しながら、ふと思ったのだ。
「……正直あんまり羨ましくないわね、あれ」
何だろう。私は前世も女だったし、この手のゲームは履修済みなのだけど。
「私が知っている乙女ゲームって流行のせいか攻略対象たちが、ただのクズ化してたのよね……」
悪役令嬢ものが、というより『ざまぁ』ものが流行っていたせいなのだろう。
『一癖も二癖もあるが格好いいイケメンたち』というよりは、かなり残念な頭のただの美形が攻略対象になった。
中身がないというか、芯がないというか。
正直言ってそそられなかった。
深刻な乙女ゲームライター不足を感じたものだ。
まぁ、流行というのはどうしようもなかったとは思う。
どちらかというと攻略対象たちは中身がない、美形なだけのクズと化し、ただ本命というか一人か二人だけまともな感性をしていて、その彼と結ばれるのが真のハッピーエンド。そういう感じになっていった。
そう、彼らは言ってしまえば……ハズレヒーローたちだ。
「感性がまともなら現実的には引く手数多の高位貴族令息たち……普通は優良物件のはず。でも、あの光景を見る限りは残念なままかしら」
数人は婚約者を差し置いてヒロインに侍っているあんぽんたんだ。
婚約者がまだ決まっていない者には救いがないこともない。
「でも、まだ様子見よね」
前世知識を基にした断定は、この手のパターンでは一番やってはいけないこと。
あくまで現実を基準に下調べをしておかないとダメだ。
『ゲームではこうだったのに!』は、それこそ破滅フラグである。
よくざまぁされる側が言ってしまう発言なので、それはすまい。
だから私は、彼らの動向を気にしつつも干渉はせず、好きにさせていた。
そこでとうとう火を噴いたというか、私のところまで苦情がきたのが先の出来事。
私は彼らを観察しつつ、思っていた方向の『真実』を彼女たちに告げたのだ。
即ちヒロインの周りに侍っている複数人の攻略対象たちは『実は男性好き』であり、ヒロインであるヘレンは彼らの真実をカモフラージュするために利用されている、と。
この噂が浸透するか否かは神のみぞ知るところ。
ひとまず私を焚き付けて矢面に立たせようとする女子たちには釘を刺すことに成功した。
私はさらに静観を貫き、あの真実を伝えられた女子生徒たちも彼らに干渉することなく、遠巻きに見るだけになった。
加えてヘレンに対するやっかみとかの感情も、その『真実』を知ったことで解消されていく。
ヘレンは『可哀想な人』と女子生徒たちに陰で言われるようになったのだ。
そして、ヘレンにはその真実が伝えられることはない。
何故ならば彼女がその役割を担っていないと次の『標的』にされるかもしれないから。
男性同士の愛を貫くために、見せ掛けの恋人扱いされる哀れな女にされてしまう。
皆、ヘレンにその役を押し付けていた方がいいと思うようになったらしい。
かくして学園は束の間の平和な時を迎えていた。
悪役令嬢が干渉せずとも彼らは今日も仲睦まじくヒロイン・ヘレンと過ごしている。
ヘレンは気付いているだろうか。
私の目には気付いていないように思える。
だって時折、勝ち誇ったように私を見下して笑ってくるのだ。
アレクシス殿下も私を睨み付けるようになった。
そんな彼らと目が合った時の私は、ただニコニコと微笑んで返して、さっさと去っていく。
勝手にしてくれていい。
一線を越えたという報告があるなら病気が怖いから検査してほしいと訴えなきゃね。
婚約破棄は……まぁ、その気になればしてくるでしょう。