19 狩猟祭と待機中
薔薇のハンカチを巻いて出る代わりに、ヘレンに狩った獲物を贈ってもいい。
そうアレクシス殿下とルドルフ様に提案した。
「マリアンヌ、君は何か誤解しているままのようだ」
誤解ねぇ。これは、もしかしてアレだろうか。
実は互いに相手のことをバカにしているというか。
私が彼らをどうとでも出来ると舐めているように、私も舐められているのかな?
相互愚弄。相互に見下し合っているから対応が雑になる。人間関係って大変だ。
「そう思うならお好きになさって? 私は降りかかる火の粉を払うだけです。殿下に釈明など求めておりませんから」
「……思い込みや被害妄想は良くないよ、マリアンヌ」
「ええ、そちらもね、アレクシス殿下」
「おい! アンタ、殿下に向かってなんて生意気な!」
「選択肢は貴方たちにありますわ」
ルドルフ様のありがちな主張を無視して私は言葉を続けた。
「私の要望は一点のみ。その後、どうするのかも貴方たち次第。ただ私とシルフィーネ様は先程申し上げた点を許します。ただ、それだけのことですわ。そろそろ私も知りたいだけですのよ、貴方たちの考えを」
「…………」
「婚約者から贈られたハンカチをどうするか。狩猟祭で狩った獲物をどうするか。ふふ、貴方たちの選択を楽しみにしておりますわ、アレクシス殿下、ルドルフ様」
私はそこでヘレンさんに顔を向けた。
今か今かと口出しのタイミングを見計らっていた様子だ。
でも、急に目が合ったから驚いている。
「ヘレンさん、フィリップ様はどちらに?」
「え?」
「あとは、ニールセン商会のご子息は?」
「な、なんでそんなことを?」
「お三方を招待しますわ、私のお茶会へ」
狩猟祭は、当然だけど参加者が狩りに出ている間、待っている側は時間を持て余す。
なのでそれぞれ思い思いに過ごしたり、一度この場を離れたりして時間を潰すのだ。
或いは待機場所で本でも読んだりしていてもいいのだけど。
私は、待っている女子生徒たちを集めてお喋りに花を咲かせるつもりだ。
「彼らの内の誰が優勝するのかとでもお話しましょう? ヘレンさんと仲のいい方はフィリップ様たちでしたよね? 他に呼ばれたい方がいらっしゃるのでしたら、どうぞお声掛けなさってね。それでは、また」
私は淑女の礼をしてから、返事を待たずにさっさと立ち去る。
ヘレンさんが私についてどのように殿下たちに吹き込もうと干渉しない。
今のところ、アレクシス殿下のスタンスとしては『表面上は上手く付き合っている』と見せ掛ける方向性らしい。
なるほど……? さては、そっち系の匂わせキープ男子が殿下の正体?
たぶん、それが効く人は効くのだと思う。
それこそアレクシス殿下のことが好きな人なら淡い期待を抱いて、とか。
あるあるパターンだ。きっと、そういう人物なら読者の共感をぐっと得られたに違いない。
残念ながらマリアンヌ・オードファランの中身にそっち路線は意味がなかった。
やがて、参加者が馬に乗って横並びに。
待機組も離れた場所からその様子を眺める。
「競馬かしら?」
「競馬……とは? マリアンヌ様」
「お気になさらないで、シルフィーネ様」
競馬、ないのかしら、この世界。
広めちゃう? 広めちゃおうか。
薔薇とカップリング文化があれよという間に広まったのだ。
皆、実は娯楽に飢えているのかもしれない。
ちなみに、薔薇文化については別に私は原作者とか、そういう立ち位置ではない。
スポンサーやプランナーとかその辺りだし、大元の出資資金はお父様持ちだ。
でも、経済活性化に一躍を担ったお陰で実は私にもリターンが発生していた。
つまり、ちょっとしたお小遣いが懐にあるので自由がある。
権力、資産、美貌がある……悪役令嬢転生は素晴らしいわ。
「くふふ……」
「マリアンヌ様? 何故、そのような凄く悪い笑顔を浮かべていらっしゃるのでしょう」
「いえ、シルフィーネ様。偶には役割をこなしませんとと思いまして」
「役割とは」
悪役令嬢してなかったからなぁ、今まで。
もうゲームの半分ぐらい進んでいるのでは?
そうこうしている間にざわざわとした騒ぎが起きている。
見るとアレクシス殿下、ルドルフ様、そしてシルヴァン様が狩りに出発する番だった。
「あら、あれは」
「え、お揃いの……?」
「薔薇のハンカチを……?」
アレクシス殿下とルドルフ様、何をどう考えたのか、話し合ったのか知らないけど。
彼らの腕には燦然と輝く薔薇のハンカチが巻かれていた!
「え? え? 嘘でしょう、あれってアレということよね!?」
「そんな! あんなに堂々となさって!?」
「アレ✕ルドなのかしら、ルド✕アレなのかしら?」
うんうん。私がハンカチを贈ったこととか、見られてはいたはずだけど。
だいたいの注目がシルヴァン様に向かっていたからね。
腐っても貴族令嬢たち。推し活とは別に自分の婚活も大事なのだ。
腐っても、という言葉に他意はナイデスワ。
「お二人は覚悟を決められたのですわね……」
「大変なことだわ。ああ、でもそうしたらフィリップ様はどうなるのかしら」
「狩猟の場で盛り上がる二人、それに割って入ることが出来ず、歯噛みするフィリップ様……」
「ああ、なんてことでしょう!」
いやぁ、一人歩きしているなぁ。
「……ルドルフ様たち、本当にあの騒ぎが耳に入っていないのでしょうか」
「耳には入っているのではないかしら。たぶん『女性に黄色い声を上げて騒ぎ立てられる』ということは慣れっこなのよ、彼ら」
「それはそうですけど、内容が……」
実は表面上、本来の? 流れと大差ないのかもしれない。
格好いいヒーローたちの活躍とそれに黄色い声援を送る女子生徒たちの構図だ。
うんうん、まさに原作通り!
これは、運命の強制力なのでは?
「シルヴァンお兄様が巻き込まれないといいのですけど」
「大丈夫じゃない? シルヴァン様、アレクシス殿下たちをドン引きした目で距離を取っているし」
あの二人に親しげに話し掛けようものなら格好の噂の的となるだろう。
シルヴァン様は普段から学園に居ないため、その噂の払拭は難しい。
なので慎重になっているのだ。そしてドン引きしているのだ。
よく見ると参加者である他の男子たちもシルヴァン様と概ね同じ反応である。
「やっぱり男性からすると『そう見られたくない』って思うのかしら?」
「だいたいマリアンヌ様のせいでは……」
ちなみにヒートアップしている現状、お二人が狩りの獲物をヘレンさんに贈ろうものならアレだ。
『隠れ蓑にしているヘレンさんに贈ることで、実は互いへの気持ちを……!?』とか言われるだろう。
なので彼らには堂々とヘレンさんに獲物を贈ってほしいものである。
もちろん、私も積極的にそう広めていく所存。
ヒロインちゃんは、二人の愛の橋渡し役となるのだ。
「ヘレンさんもお可哀想に……」
「だいたいマリアンヌ様のせいですよね」
麗しき薔薇の騎士たちの出発を見送り、しばらくするとヘレンさんが現れた。
あら、ロッツォさんだけしか連れてきていないわね。
「お招きいただき、ありがとうございます、マリアンヌ様」
「ええ、ヘレンさん。貴方とは落ち着いて話しておきたかったの」




