15 そろそろ対策?
「シルフィーネ様」
私はヘレンさんのそばから移動し、シルフィーネ様に声を掛ける。
ちょっとお父様とは別行動だ。
攻略対象二人は『あの有様』で人々の注目を集めている。
「マリアンヌ様、貴方はまたあのような……。一応、片方は私の婚約者ですのよ」
「ふふ、何だかねぇ。何故か上手くいくのよね」
ゲーム知識が関係ない部分なのだけどね。
「それはそうとシルフィーネ様。そろそろ私たちも動く必要がありそうですわ」
「……何かありました?」
「ありそうだった、というところですわ」
私はシルフィーネ様に近付いて周りに聞こえないようにドレスについて話す。
「本当ですか?」
「まだ証拠はありませんけどね。でも、私の用意したドレスと同じデザインのドレスをヘレンさんが着てきたのは確定。帰ったら改めて調査させる予定です」
「……何がしたかったのでしょう。そんな」
「私を陥れたかったのだと思いますよ。その上で正当な形でヘレンさんとファーストダンスを踊りたかったのかと」
「……何の意味が? マリアンヌ様を陥れて公爵家に喧嘩を売ってどうなるのです?」
うーん。どうなるって言われると。
私は別にお父様に蔑ろにされているワケではない。
なので、どちらかといえば王家と公爵家の間に大きく溝が出来るだけ。
はたして彼らの思惑が上手くいったところで私は落ちぶれるだろうか。
まぁ、私一人ならどうにかなるのか。
シルフィーネ様も一緒に危なそうだけど。
正直に言って、如何に『この世界は現実でゲームとは違う』といっても、その現実で逆ハーレムルートをやらかしている彼らのグループがまともな神経をしているとは思えない。
私がイレギュラーな行動をしている時点で、勝手に自滅しそうな気もする。
彼らはこの時点でどこかおかしいのだ。まともじゃあない。
なので論理的に正しい行動ではない、どういうつもり? とか考えても意味ないのでは?
アレクシス殿下が『賢い王族』ならば、そもそも何も始まってさえいないだろう。
賢い王族は、婚約者の公爵令嬢と疎遠になったりはしないのである。
まぁ、今まで私が彼らの関係を黙認し、不干渉を貫いていた面もあるけれど。
でも、今回。彼らから仕掛けてきた。証拠はないけど。
それは、明確な……ライン越えだろう。ならば、そろそろ動く時である。
「愚かだから、とか」
「愚かだから……」
「だからといって油断は出来ないのだけどね」
ほら、嫌がらせにだけは頭がいいとか。そういうタイプが居るから。
こちらの足を引っ張ったり、陥れることにばかり知恵が回る厄介なタイプ。
「分かる気がします。それにしても……あの噂は彼らの耳には入らないのでしょうか。かなり広まっていると思うのですが」
「不思議よねぇ」
いや、本当。なんで未だに素知らぬ様子なのかしら。
本当に耳に入っていないの? 誰か言わないのかな。
「学生たちが彼らの耳に入れるのは難しいとは思います。確かめて……肯定されても否定されても、どちらも最悪ですから」
「確かに」
ユー、薔薇? と聞いて、本当でも間違いでも怒られること請け合い。
どちらにしても地獄なら関わりあいたくないと思うのが人情だ。
なので、彼らのグループは男女共に遠巻きに見守られるのである。
「マリアンヌ様が発端なのですが」
「ふふふ」
シルフィーネ様がジト目で私を呆れたように見ていらっしゃるわ。
笑って誤魔化しておく。
「何にせよ、そろそろ彼らだけではなく、彼らの家や親が動き始めてもおかしくない頃合い。火の粉も降りかかってきましたので……そろそろ、ね」
「あちらがその気なら、ですか。分かりました。今度じっくりと話し合いましょう。私もそろそろうんざりしてきたので」
「あら、もしかして今夜ルドルフ様との間で何か?」
「マリアンヌ様ほどではありませんけどね」
これはルドルフ様も何かやらかしているわね。
オードファラン公爵家とレイト侯爵家で今度、作戦会議をしようと約束を取り付けた。
私たちの方も帰ってからドレスの盗難について改めて調べたいからね。
◇◆◇
翌日の学園。
私的にはちょっとした事件の後だが、それでも学園は平穏そのものだった。
「やっぱりアレ✕ルドこそが正義なのではないかしら」
「そうね、本命がそっちの可能性があるわね」
うん、いつも通りの日常会話が生徒たちの間で交わされ、とても平穏な学園風景だ。
しかし、アレね。
噂に耳を傾けているとシルヴァン様は未だに攻略されていないらしい。
なんだかんだいってヒロインと出会えば篭絡されるかと思ったのだけど。
あとは噂の傾向として、やっぱりアレクシス殿下、フィリップ様、ルドルフ様がメインになりがちで、商人子息であるロッツォさんは影が薄い。
私やシルフィーネ様の婚約が破談になっていないことから、ロッツォ様がヘレンさんと表向き結婚するのではないかという話になっているみたい。
そこが結ばれるのは現実的で無難な落としどころだとは思う。
私やシルフィーネ様を殊更に陥れようなんて考えないならばね。
あと、ロッツォさんのニールセン商会がヘレンさんが相手で満足出来るのかは怪しいけど。
噂に耳を傾けると、さっそく昨日のパーティーでのファーストダンスは話題になっていた。
ああいうことがあれば、私と殿下の不仲こそが話題になりそうなもの。
でも、現在の学園内ではそんな話題はこれっぽっちも上がっていないみたい。
『そんなこと』より、アレクシス殿下とルドルフ様がファーストダンスを踊られたことの方が重要なのだ。
ヘレンさん? それはまぁ、いつも通りというか。
「「「「「「ヘレンさんもお可哀想に……」」」」」」
というワケである。
彼女に救いの手が差し伸べられないのかという疑問だが、それはヘレンさん個人の問題。
彼女、殿下たちに寵愛されている件についてマウント取りたがっているのが見え見えなのだ。
それが見え透いているが故に、女性陣からは同情されつつも黙っておこうという空気に一役買っている。
マウント取ってくる相手が本当は馬鹿を見ているんだって思うと、中々ねぇ。
それに。
もしもヘレンさんが転生者ではなく、本来のヒロインの性格だったら、こうはなっていないと思う。
皆、『こんないい子が騙されているなんて』と思って真相 (笑)を暴露するはずだ。
そうなっていないのはヘレンさんが性悪系の転生者だから。
この薔薇作戦は相手が周囲にマウントを取る転生者だから成立しているのだ。
「マリアンヌ様」
そんな風に人々の噂に耳を傾けつつ静かに過ごしていた私に声が掛けられた。
話し掛けてきた相手はフィリップ様だ。
「総受けのフィリップ様」
「そうう……何ですか?」
「いえ、失礼。つい口が滑りましたわ、おほほ」
「はぁ……?」
いけないいけない。まだこの語彙はこの世界にはないわ。
皆、その概念に辿り着いていない。
時の針を前へと進め過ぎてはいけないのよ。
ただでさえカップリング論争という地獄が始まったばかりの未熟な文明社会。
刺激が強過ぎては国が傾いてしまうわ。