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14 お譲りします

 もし、私が何も知らず、警戒も対策もしていなかったら。

 まず、自分が着たかったドレスが盗まれて傷付いたことだろう。

 加えてどうにか以前までのドレスを引っ張り出し、不本意に思いつつもアレクシス殿下が迎えに来るのを邸宅で待っていた。

 しかし、時間ギリギリになっても殿下は来ない。

 何とかパーティーに間に合うように出発し、到着するとそこにはヘレンさんをエスコートした殿下を発見する。


 ショックを受けるし、すぐに彼女のドレスが盗まれたドレスと同じデザインと気付くだろう。

 当然、私は怒り、彼女や殿下を糾弾する。

 激昂する私に対して冷静な態度で対応するアレクシス殿下に私はさらにヒートアップ。

 王家から正式に調査すると高らかに堂々と宣言された殿下と、ただ悪戯に騒いだ私の対比が成立。


 そこでさらに私を怒らせるような絶妙な発言をして、どうにか私を退場させる?

 それとも壁の隅に押しやるとか。ルドルフ様に物理的に抑えさせるとかもやったかもしれない。


 そうして『悪役』となった私の代理としてヘレンさんをエスコートし、ファーストダンスを堂々と踊る。

 ……といったところだろうか。


 もちろん、これは想像でしかないし、別にゲームでそういうイベントがあったワケでもない。

 ただ、証拠はなくともキナ臭いのは間違いない。


 私とここでファーストダンスを踊るのは不本意なのだろう。

 表情を抑えた殿下と、悔しそうにしているヘレンさんの様子からそれが分かる。


「お譲りしますわ、ヘレンさんに」

「……え?」


 アレクシス殿下は何を言われたのか分からない様子だった。


「ですからアレクシス殿下のファーストダンスは、ヘレン・アウグスト嬢にお譲りします」

「な、何を……? マリアンヌ、一体」

「今日はお父様に我儘を言って来てもらったんですもの。ですから私のファーストダンスはお父様と踊りますわ」

「え、あ、公爵と……?」

「ええ、そうですわ。ですのでお譲りします。ね、ヘレンさん。アレクシス殿下のこと、お任せしても良いかしら? 私はそれで構わないのよ、本当に」


 安定のニコニコ対応。

 悪役令嬢の怒りや嫉妬、憎しみなどへの耐性はあってもニコニコ笑顔の免疫はないと見た。


「え、あ……わ、分かり、ました……?」

「ええ、お願いね、ヘレンさん」

「いや! 待ってくれ、私たちは婚約者なんだ。それがそんな、理由もなくファーストダンスの相手を代わるなんて」

「理由は今申し上げたではありませんか。アレクシス殿下、私たちの婚約は政略ですよ? ならば公爵であるお父様こそ大切にするべきでは? 皆さんもそれを分かっていらっしゃいます。ふふ、つまり理由は『これがオードファラン公爵の意向』ということですわね!」


 ファーストダンスの相手にならない、ということが公爵家の意向であり、即ち。

 流石に分かったのか、アレクシス殿下の頬が引き攣る。


「公爵! 私たちの関係が良好であると示すべきだろう?」

「何のために?」

「は? な、何のためにって……。もちろん、私たちを支えてくれる貴族たち、この場に集まった周囲に王家と公爵家が良好な関係であると示すために……」

「ほう。驚きましたな、殿下にそのような崇高なお考えがあったとは。では、殿下は……学園に通う貴族子女や、優秀な平民たちにはその良好な関係を示さずとも良いと普段は考えているのでしょうかね」

「は……?」

「普段の振る舞いが周りにどう見られているか、最近は気になさっていないのではありませんかな?」

「な、何を。マリアンヌ、君は何か公爵に妙なことでも吹き込んだのか?」

「まさか。そんな必要はありませんよ、殿下。私は学園にて貴方様のすることすべてに寛容を貫いておりますゆえ。ですから、誰からも何も言われていらっしゃらないでしょう? ご安心くださいませ。皆さんは、アレクシス殿下、ルドルフ様、フィリップ様、ロッツォ様が如何に、如何に! 親しい……とても親しい(・・・・・・)! 友人であるか、委細承知しております」


 物凄く強調してみるテスト。


「あ、ああ……? 友人とは、そうだ。仲はいいとも」


 ここではあえてヘレンさんには触れず、友情を強調する。

 ヘレンさんについての言い訳はさせない。


「ふふ、アレクシス殿下。そのように照れてしまって……。ご安心を。皆さんは『理解ある』方たちですもの。アレクシス殿下が友情を大切にされている方とご存知ですわ。ただ」

「ただ、何だ?」

「アレクシス殿下は、一体どなたが一番大切な方なのかは……皆さん、興味がおありのようですわね」


 こう言われると殿下は、おそらく勘違いを起こす。

 案の定、少しムッとした態度を取りつつ、呆れるように答えた。


「……はは、もしかして嫉妬かい、マリアンヌ。それは誤解だ。ヘレンとも私は友人だと思っているからね」

「あら、そちらは誤解などしておりませんわ?」

「……本当かい?」

「ええ、もちろん。ふふ、だいたい私の嫉妬する相手がヘレンさんだと言うならファーストダンスを譲ったりしませんわ」

「……そう、か?」

「ええ! それにどの道、構いませんのよ。アレクシス殿下が誰とファーストダンスを踊られても。ね、お父様」

「……そうだな。好きにするといい、アレクシス殿下。今夜は私に譲ってもらうが」

「い、いや、公爵。だから……」

「殿下」

「な、何だい、マリアンヌ」

「では、こうしましょうか? 殿下は本当は今日、私たちに謝らねばならないことがございますよね?」

「な、何を。そんなことは何も……」

「いいえ、心当たりがあるはずですわ。というよりも問題とも、謝るべきとも思っていらっしゃらないなら、それこそオードファラン家をどう思っているか分かるというもの。ねぇ、お父様」

「……ああ。アレクシス殿下、私はもしやこの場で声を荒らげた方が良いのですかな? 娘が穏便に済ませようとしているから大人しくしておりましたが……そちらがそのような態度ならば考え直さねばならない」

「………」


 心当たり、ありますわよねぇ。色々と。

 明確に糾弾されれば言い訳は用意している。

 でも、公爵であるお父様が密やかに怒っている状態では、おそらく彼らが元々用意していた手は打てない。


 お父様は怒りを表明するだけして、この場から私を連れて帰るだけでいい。

 あとは証拠を探りつつ、王家への抗議という一手だ。


「ですので! 殿下がオードファラン家との関係を良好に保ちたいとお考えならば! この場で『笑える罰』を受けていただきますわ!」

「……罰だって?」

「はい、アレクシス殿下。私はヘレンさんにファーストダンスをお譲りすると申し上げましたが……何やらヘレンさんにお譲りするとなると、アレクシス殿下は私が妙な誤解をしていると思うご様子。確かにそれでは私も良くありません」

「そ、そうだろう? なら」

「ですから! 私はアレクシス殿下とのファーストダンスのお相手を……ルドルフ・バーニ伯爵令息へお譲りします!」


 と、高らかに宣言してあげた。


「……は? なんでルドルフ?」

「ふふ、婚約者を迎えに来なかったことの罰ですわよ、殿下」

「それは!」

「遅れてくるつもりだった? そんなもの、既に私がこの場に来た時点で無意味ですわ」

「……マリアンヌ」

「でも、そんなことは些細なことですから。殿下にはルドルフ様とファーストダンスを踊っていただきまして、それで今回の件はなかったことにするということで」

「……何故そんな。私が嫌だと言ったら?」

「お父様がアレクシス殿下の此度の振る舞いを正しく評価します。ただ、それだけのこと。更なる落ち度が見つからないとよろしいですわね? ご安心を。私たちは確たる証拠がなければ何も王家に申し上げませんので」

「……何のことだ」

「ふふ、さぁ? 何のことでしょう。すべてはアレクシス殿下のお考え次第かと」


 どうせバレていない、何を言われても堂々としていられる、と。

 そう思うならお好きにどうぞ? 私はニコニコしながら、それを態度で示す。

 下手に問題を指摘するより、散々匂わせてきた言葉であちらに勝手に判断させた方が良いわ。

 ドレスについては『もし、悪意があったなら』きちんと嫌味として受け取れるように言っている。


 文脈を読み取って、何をどう判断するか。

 悪巧みをしていたのなら、それがどこまで見破られているか。

 最悪の想像を勝手にしていただきましょう。

 しかも、ここにはお父様が居る。

 これ以上の下手は打ちたくないでしょう?


「……敵わないな、マリアンヌには。それで? ルドルフと踊れって? それで君の機嫌が直るなら喜んでその茶番に付き合うとも。変な誤解をさせてしまったお詫びだからね?」

「ふふ、ええ! そうですわ。私、『分かって』いますもの、アレクシス殿下の『お望み』を。殿下、どうぞ楽しんでくださいませね」

「ああ、私の気持ちが君にあると示すよ、マリアンヌ」


 うんうん。

 これで私たちがにこやかな態度を取っていたら『あ、そういう流れ? ここまでの剣呑な雰囲気は、そのための茶番だったの!?』と、噂を知る人々は思うかもしれない。

 知らないけど。


「ふふ、ですってお父様。私たち、アレクシス殿下のことを誤解していたみたい。これは私たちからもお詫びに後で何か贈りましょうか」


 盗まれたはずのドレスがもし返ってきていたら、それを贈り付けるとかね。

 中々に皮肉だと思う。お前たちの悪巧みはお見通しだ! 的な。


「そうだな。アレクシス殿下、後日、我々からお贈りしましょう」

「……何をかな?」

「それはもちろん」


 ドレス?


「薔薇の花束を」


 ぶふっ。


「お父様!」


 お父様、実はけっこう気に入っている表現なのでは?

 それはそうと、アレクシス殿下は律儀にファーストダンスをルドルフ様と踊ってくださった。

 ヘレンさんは呆然とそれを見ている。一人で。

 会場に来ていたヒーロー役が二人とも踊っているから、ぼっちだ。


「何これ、なんでそうなるの……?」


 そう呟いていた。

 ヘレンさんもお可哀想に……。


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― 新着の感想 ―
これからこの世界では薔薇の花束を持った男性(彼女用)を見かけるたびに「薔薇!男性!かけ算!」とか思われるんやろなあ
吹き出さないように我慢してたら、鼻水出そうになった。 あっぶねーーー!wwwww
腹が… よじれるwwwww
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