12 ちょっと冷静になる
「しかし、どうしてくれようか」
「どうしましょうねぇ」
私とお父様は、アレクシス殿下たちをどう追い詰めてやろうかと、意気揚々と進んでいた。
でも。
「……お父様、ちょっとストップ」
「ん? どうした、マリアンヌ」
今、ヘレンさんが少し笑った……?
何かまずい気がするわ。
今世、悪役令嬢の私。
三十六計、逃げるに如かずが基本スタンスだ。
だからこそ今、ここで彼らに突撃するのはその基本を自ら投げ捨てることとなる。
そこまでするほどの好機といえるだろうか、この状況。本当に?
こんなに単純で良いものだろうか。
『ゲーム通りにバカね』
『ヒドインなんて所詮、頭がお花畑なのよ』
『殿下、やらかしたわね!』
こう考えるのって負けフラグじゃない?
相手を最強に見積もってこそ慎重派だ。
石橋は叩きまくって損はない。
「……お父様ならどうします?」
「どうとは?」
「この状況での逆転、私を追い詰める手があるとしたら。何かしら罠を張るとしたら。相手を稀代の策略家と見做して」
「……罠、か」
私の言葉にお父様は、怒りを抑えて冷静になる。
「……まず問題は、坊主が明らかに我々に……いや、マリアンヌに喧嘩を売っている所業だな」
「そうですわね。婚約者を迎えに来ない、別の女性をエスコートしている、極め付けはあのドレス……」
「ドレスは盗まれた。あのデザインは盗まれたドレスだろう。……アレが知らぬことは、もう一着のドレスを用意していたことか。となれば、今お前は『着たかったドレスを着れなかった』と想定されておるワケだな」
「はい、お父様」
今私が着ているこっちが本命のドレスだけどね。
「加えて私がこの場に居ることも想定外か」
「そのはずですわね」
「……マリアンヌが代理のエスコート相手を添えただけの『一人』で、あのドレスを着ている小娘を見つけることまで想定内のはずだ。迎えがなくとも、たとえ遅れてもやってきただろうし、来ないとは思っておるまい。つまり」
「あのドレスを私が見ることは想定内ですわね……?」
私とお父様は互いに顔を見合わせた。
「あのドレスが罠だな」
「はい、罠っぽいです。あれ……わざわざ盗んだドレスと全く同じデザインで『新しく作った』ドレスかもしれません」
「そうして激昂したマリアンヌがあの小娘や第一王子を糾弾。『そこまで言うのなら、きちんと調べよう』とでも言うか?」
「……盗まれたドレス、すぐに別の場所から見つかりそう」
「だろうな。いや、むしろ今頃は屋敷に届けられているんじゃないか?」
うわ、更にありそう。
そうなると私は殿下やヘレンさんに言い掛かりを付けた女になってしまう。
そのくせ、彼らに下げたくもない頭を下げさせられることになるだろう。
「考え過ぎかもしれませんが……」
「いや、そもそも『証拠がない』のが今の我々の状況だ。『ドレスを盗まれた』事実と、『盗まれたドレスと同じデザインのドレスを小娘が着ている』事実はあるが、その他は事前にしっかり調査し、確信を得たワケでもない。ならば……この場でアレに言及するのは間違いだ」
「そうですわね」
考え過ぎだとしても、罠の可能性があるならば、下手は打つまい。
「そもそも盗まれたのだとしても、あれは所詮『予備のドレス』ですもの。ならば私が怒る必要、そんなにありませんわね?」
「ふっ……そうだな。むしろ、純粋にドレスを比べるなら明確な格付けが出来ている」
こっちのドレスが本命だものね!
「では、アレを盗品と決めつけるのはナシということで」
「ああ。マリアンヌ、冷静だったな」
「いえ、直感です。ヘレンさんが笑った気がしたので」
「あの小娘は警戒した方が良いのか?」
「……そうですね。油断すれば刺されると私は思っています」
腐ってもヒロインですので。
腐っても?
腐っているのは、果たしてどなたでしょう?
あとは現代人感覚でどう見るか。
まず女性的なマウントを取ろうとしてくると思うのよね。
『私の方が殿下に愛されているのよ』
『それに比べて貴方は』
私のパートナーが彼女も羨やむイケメンなら嫉妬するでしょうけど、お父様だ。
イケオジではあるけど……。
うーん、そうね。
「お父様、彼らの下へ行ったら、まずお父様は名乗りを上げてもらえますか?」
「名乗り?」
「はい、公爵という身分を明らかにし、かつ『愛しい我が娘』とかなんとか言って私を守る立場を表明してほしいんです。……なんとなくですけど、そうしないと彼女はお父様を見下すための材料にするかと」
「……私は公爵なのだが?」
「身分を知らなければ、ただのおじさんです」
「おじ……」
「さ、行きましょう、お父様」
お父様が何か傷付いた顔をしているけど、気のせいね!