11 パーティーへ
平穏なゲーム日程を過ごしていくと時間は過ぎていく。
その間、見事に私とアレクシス殿下は没交渉だったワケだが……。
「とうとうきてしまったわね」
婚約者が居る者は、基本的にパートナーに婚約者を連れて行くパーティーへの招待状。
まだ学生なので、こういったお誘いは控え目ではあるものの、なくはないのだ。
招待状は殿下の下にもきているだろう。
つまり、ドレスを婚約者に贈るというイベントね。
ドレスなんてバカ高いのに相手に贈るのが前提なの? という気持ちもある。ちょっと前世寄りの感覚だ。
まぁ、相手は王族だし、婚約者用の予算を組んでいるのでしょうけど。
「アレクシス殿下はどうするかしら」
ほとんどのイベント期間を彼らに干渉せず、のらりくらりと躱してきた。
なのでゲーム期間はもう折り返している。
つまり、攻略対象たちからそれなりの好感度を稼いでいるはずだ。
今回のこれは学生向けのパーティへの参加ではなく、第一王子と公爵令嬢だからこそ呼ばれたもの。
逆ハーレムメンバーたちが参加するとは限らないけれど……。
「まず、殿下からドレスが贈られてくるかどうか。それ以前にこのパーティーの件で手紙などのやり取りをするかどうか」
次にパーティーに行った後の話。
アレクシス殿下ではなくても薔薇の会メンバーの誰かがヘレンさんをエスコートしてくるのはあり得る。
そこでさっさと私から離れて置いてけぼりにする……というパターンが懸念点だ。
流石に一人ぼっちでいると私の評判が下がる。
これを機に流れが変わる可能性もあるのだ。
「……うん」
とりあえず、ありがちなパターンに備えておきましょう。
まずはドレス。殿下から贈られないことを前提に自前で用意しておく。
その際に今の流行とは異なるデザインで攻めてもいいかもしれない。
また、さらにもう一着。これはアレだ。
『パーティー会場でワインをぶっかけられる』パターンを想定しておく。
「あとは……」
パーティー会場の作りとかを把握しておかないとね。
不埒な者に連れていかれて、どこかの部屋に連れ込まれるとか。
あとは不貞現場となりそうな場所をあらかじめ予測しておいて……私が目撃するより他の人に目撃させた方がいいわね。
まぁ、この段階でアレクシス殿下だけが抜け駆けして手を出すっていう可能性も低そうだけど。
ドレスの準備と味方の配置、もしもの際の逃走経路なども把握・確保してー。
こんな準備をしておいて別に何も起きず、ただ殿下に無視されただけで終わりもある。
とはいえ、前世知識がある今、ありがちなパターンだけでも潰しておきたいところだ。
お兄様にエスコートを頼もうかしら。
ああ、ちなみに今世の私には兄が居る。年の離れた兄だ。婚約者も居るわ。
オードファラン公爵家は彼が継ぐ予定。
なので殿下と婚約破棄になっても私は家を継げない立場である。
そうやって準備を進めていたところ、久しぶりにアレクシス殿下が公爵家へ訪ねてきた。
王都にある邸宅、屋敷にだ。きちんと先触れはあったのでテンプレートな突撃訪問ではないわ。
応接室に通してもらった殿下をさほど待たせず、会いに行く。
「アレクシス殿下、ごきげんよう」
「……ああ、マリアンヌ」
この人と面と向かって話すの、とても久しぶりだわ。
半年ぶりくらいじゃない?
睨まれたことはあるけど、常に私はニコニコ対応。
でも、没交渉のままだった。
互いに手紙も送らないし、会いにも行かない日々。
アレクシス・リムレート第一王子殿下。
金色の髪に、金色の瞳。前世からするとその瞳の色が際立って見えるわね。
それを言うと私の瞳の色も前世からすればカラフルなんだけど。
「本日はどうされたのですか、殿下」
使用人が紅茶を用意してくれたので、私はカップを手に持ちながら尋ねる。
「……あ、ああ」
どうしたのだろう。いきなり何やらうしろめたそうな挙動だけど。
私は紅茶を口に運びつつ、殿下を観察する。
「……変わりないな、マリアンヌは」
口に少し含んでから私は落ち着いた状態で言葉を返した。
「ええ、特に変わったことはありませんわ」
別に嫌味とか言わない。
『お久しぶりですね』『こうして話すのって半年ぶりぐらいじゃないですか?』
とかね。
普通は言ってしかるべきなんでしょうけど。
私はこの半年、平穏に過ごせていたので別に構わないのだ。
「……今度のパーティーなのだが」
「ええ、招待状は届いていますよ」
さて、どう出る、アレクシス殿下。
「どういうドレスがいいだろうか」
おや。贈るつもりはあるのか。無駄に二着分、余分に準備させているのだけど。
……これ、私が我儘令嬢なのでは? 高いのよねー、ドレス。
殿下からは断ろうかな? そっか、断ればいいのか。そうしよう。
「申し訳ございません、アレクシス殿下」
「うん?」
「今回、ドレスはこちらで用意しましたの。パーティーに出るのも久しぶりなので色々と盛り上がってしまって。なので今回は、殿下から用意していただかなくても構いません」
「……そうなのか?」
「はい、先に手紙でお報せすれば良かったですね」
「いや……」
アレクシス殿下は私の答えに考え込むように口元に手を当てる。
「そのドレスは……どのようなドレスだろうか? どこで頼んだ?」
「はい?」
私は首を傾げる。
「何か気になることでもございますか?」
「い、いや。ただ用意した店を知りたいだけだ」
だから何故。まぁ、教えてもいいかしら。
では『ワインを引っ掛けられた場合に着替える用ドレス』の方のお店を教えておこう。
今回、私が用意したドレスは2着。
その内の予備扱いの方だ。
「そ、そうか。ありがとう。マリアンヌがどんなドレスを着てくるのか楽しみだ」
「ええ、ありがとうございます、殿下」
アレクシス殿下の用件はドレスのことだったようだ。
半年ぶりで積もる話もありそうなところを、そそくさと帰ろうとする。
「では、ごきげんよう。アレクシス殿下、また」
「……見送りには来ないのか?」
見送り? 玄関まで出てこいって? うーん。
「行きますよ?」
「そ、そうか」
私は、さも『最初から見送るつもりでしたが?』という顔をしておいた。
もちろん、本当は部屋でお別れして終わる予定だったが。
「では、殿下。パーティーの日、楽しみにしていますね」
「ああ、それではな、マリアンヌ」
流石にはっきりとした言動はしないか。
分かりやすく暴言を吐くだとかしてくれれば、私も動きやすいのだけど。
今のところ丁寧に応対しつつ、きちんと婚約者用のドレスを用意しようとしていた。
行動としては問題はない範疇ね。
「……ドレスを用意した店を気にする、ねぇ?」
お父様に報告しておこうっと。
その後、私のドレスを用意していた店から……なんとドレスが盗まれたという報告が入った。
それを受けて私は一言。
「そのパターンかぁ……」
ヘレンさんが私のドレスを着てきそうねぇ。
「まぁ、もう一着あるんだけど。本命のドレスが」
なので問題なくパーティーへは行ける。
そして、迎えたパーティー当日。
「マリアンヌ」
「はい、お父様。エスコート、よろしくお願いします」
「ああ」
アレクシス殿下が私を迎えに来ないことを前提に私はお父様のエスコートで出発だ。
殿下が迎えに来たら? その場合はどこかですれ違うわよ、きっと、たぶん。
「あら、さっそく」
「……居たな。よくもまぁ」
お父様のエスコートでパーティー会場に入ると、案の定アレクシス殿下は先に来ていた。
隣にはヘレン・アウグストの姿がある。
彼女の着ているドレスは私が用意させていた『予備』のドレス。
「あそこまであからさまなことをするとは流石の私も思いませんでした」
「……本当にな」
私の姿を見付けた殿下は驚愕した表情だ。
たぶん、殿下やヘレンさんの想定ではだけど。
私はドレスを用意出来なくて古いドレスを引っ張り出してくる。
アレクシス殿下が迎えに来るのをいつまでも待ちぼうけて、パーティーの開始ぎりぎりか遅れてやってくる。
あとはお兄様か騎士などを連れてくるか、一人でくるか。
そんなところだろうか。
それが蓋を開けてみればだ。
ドレスはきちんと用意しているし、時間は余裕で間に合っているし、お父様まで連れている。
そう、お父様の存在が大きいわね。
お兄様なら辛うじて言いくるめられるかもしれないけど、あろうことか公爵閣下その人を連れてきた。
「では、会いに行くか。薔薇の坊主に」
「ぶふっ……お、お父様? 何ですか、それ」
「学園であそこまで広まった噂が、私のところに正確に伝わっていないワケないだろう。そもそも、お前発案の言葉じゃないか」
「いやぁ」
学園の外まではカバー範囲外ですから?
私は、お父様と共にアレクシス殿下の下へ向かった。