10 悪役令嬢の平穏
ちなみに。
ルドルフ様がヘレンさんの家名を知らなかった理由は、推測だけどヘレンさんのせいだ。
まぁ、加えて彼がおバカさんなところも理由だけど。
ゲーム上の彼女は身分の低さを気にしていた。
『私なんか皆とは釣り合わないよ』と。
逆ハーレムルートでは、あのグループの人たちが勢揃いするワケでその中に自分なんかが居るのは気が引けるという謙虚な? 態度なのだ。
ゲームの時点でツッコミたいところは満載。
攻略対象たちにはそんなことはないと否定され、ヒロインが卑屈にならないように励ますワンシーンがある。
その状況、ヒロインとヒーローたちだけで構成されているから一見すると不自然さはないのだけど。
現実で、モブというか、世界観を考えると『今更何を言っているんだ、お前は…』『そうだよ? 釣り合わないよ?』というリアクションになる。
ヒロインが虐げられたり、蔑まれたりな境遇なのを高貴なヒーロー様がお助けくださるのは王道だもの。
卑屈になったり、身分に遠慮してしまうヒロインを励まし、愛を囁いて自己肯定感を高めてくれるのも王道だ。
それを踏まえて現実のヘレンさんが何をしたかというと、たぶん男爵令嬢であることを卑屈に語ったんだと思う。
そこでおバカのルドルフ様は『身分なんて関係ない、ヘレンはヘレンだ!』と返したのではなかろうか。
それ以降、ルドルフ様の中では『家名なんて関係ない、ヘレンはヘレン』が定着したのだろう。
彼らしい、まっすぐなエピソード……になるワケだ。
そんなヘレンとルドルフ様の関係をさらに引き立たせるためには?
こうだ。
悪役令嬢曰く『ああ、アウグスト男爵家ね。フン、たかが男爵じゃないの』と。
思いきり身分でマウントを取り、ヘレンさんを蔑むこと。
こうすれば、家名なんかでヒロインを見下さない格好いいヒーローの出来上がりとなる。
そこに『貴族社会とは〜』『身分は大事で〜』なんて正論をぶつけてはいけない。
それは彼らを盛り上げるためのスパイスにしかならないのだ。
なので私は、ヘレンさんを呼称する時、わざわざ『アウグスト男爵令嬢』なんて言い方はせず、ただアウグスト嬢と呼んだ。
それでもルドルフ様は突っかかってきた可能性はあるけどね。
でも、男爵という点に私が言及していないのに彼が怒っていたら『身分を気にしているのはお前だー!』と返せたかも。ふふ。
悪役令嬢の存在で攻略対象たちが際立つシーンは沢山ある。
それらが現在、発生していないのに何故、彼らはヘレンさんに攻略されているのか?
それはもちろん、ヘレンさんがゲームと違って肉食女子だからだ。
当然だけど、逆ハーレムルートといったってゲーム上のヒロインに『ぐへへ、イケメンパラダイスじゃーい!』なんて思考はない。
むしろ鈍感系で、皆と仲良しこよしでそれだけで幸せ、そんなヒロインちゃんにはもう敵わないなぁ、きゃっきゃウフフ……が本来のスタンスだ。
そう。この現実ではヒロインが攻略に積極的に動くため、彼らの仲をイベントで盛り上げる必要がないのである。
鈍感なヒロインの気を引いてどうにか関係を維持して……なんて努力が彼らには必要ない。
努力せずとも彼らにヒロインの方から寄っていくのだから。
つまり。
「……悪役令嬢、いらねーー……」
おっと。ワタクシ、公爵令嬢ともあろう者が何たる口調を。
自室の部屋にて寛ぎ中で誰にも見られていないけど、ごめんあそばせ。
世の悪役令嬢たちは何故、不遇な扱いを受けるのか?
それは、まず普段から嫌われているのがあるんだろう。身分への嫉妬もあるかな?
悪役令嬢は悪役令嬢で、本来ならもっと嫌な奴で性格最悪なのだ。
ざまぁされても読者的にはオールオッケーの人物像をしている。
他は、婚約者に蔑ろにされるからだろう。
王族に嫁ぐからこそ皆さん、その将来性を当てにして近寄ってくるワケで、肝心の王子にそっぽ向かれていたら『こいつ、捨てられるんじゃね?』となり、うま味がない。
第一王子の寵愛を受けているヘレンさんにすり寄った方がお得となる。
そうして居場所をなくして悪役令嬢は孤立していくのだ。
では、現在。この世界ではどうなっているか?
まず、ヘレンさんにすり寄るメリットはほぼない。
だって重要な『アレクシス殿下の寵愛』がないと思われているから。
この時点で、ヘレンさんと私を比べて私を下げる必要もなくなってくる。
だって、何のメリットもないからね!
むしろ公爵家を敵に回すだけだ。
そんなことを周りの人間がするはずもなく、現在も快適な学園生活が続いている。
逆ハーレムルートで恋に浮かれている彼らは周りが見えなくなっている。
彼らの中では今、幸せタイム中だ。
悪役令嬢は平穏な学園生活を送れて幸せ。
ヒロインとヒーローたちは大切な者たちで構成されたグループに居られて幸せ。
Win-Winの関係ね!
もちろん、問題は残っている。
未だ私とアレクシス殿下は婚約者だし。
シルフィーネ様とルドルフ様もそう。
ヘレンさんが私に敵愾心を抱いていることも。
はたして、この平穏を崩すのは誰なのか。
彼らの選択次第だ。私から動く気はあまりない。
私は今日も穏やかに紅茶を飲むだけである。
「平和ねー……」
明日も平穏な1日でありますように。