彼女は可哀想な人
「あの方は可哀想な人なのですよ」
「可哀想? 誰が、何がでしょう」
「だって──」
マリアンヌは公爵令嬢であり、第一王子アレクシスの婚約者だ。
二人は学園に入学するまでは、それなりの仲だったのだが、入学後にある出会いを経て現在は疎遠になっている。
アレクシスが出会ったのはヘレンという名の男爵令嬢だ。
黒髪の可憐な女子生徒。貴族令嬢でありながらどこか庶民的で天真爛漫な性格・言動をしている。
ヘレンはアレクシスと事あるごとに接触し、瞬く間に親密な関係になっていった。
それだけではなくアレクシスの側近や近しい高位貴族令息たちとも親しくなった。
女性一人に複数の男性が群がっているような光景だ。
最近はその集まりが目に余るようになり、とうとうアレクシスの婚約者であるマリアンヌに苦情が寄せられた。
マリアンヌからアレクシスに、ヘレンと親しくし過ぎではないかと言ってほしいと。それが婚約者の務めではないかと。
マリアンヌはアレクシスと疎遠になっても今までそれを放置していた。
学園でマリアンヌがアレクシスを気にしている素振りさえなかったのだ。
だが、苦情を聞いては動かざるを得ないだろう。
マリアンヌの下へ集まって訴えた者たちはそう考えていた。
だが、マリアンヌが返す言葉は彼女らの予想とは違った。
「あの方は可哀想な人なのですよ」
「可哀想? 誰が、何がでしょう」
「ヘレンさんよ」
「……彼女が? 何故ですか」
「だって……ああしていれば、皆さんは彼らが『女性を愛している』ように見えるでしょう?」
「え?」
居合わせた生徒たちや、マリアンヌに苦情を入れていた女子たちは顔を見合わせる。
「女性を愛している、ように、見える、とは……?」
マリアンヌは問い返された言葉に困ったような微笑みを浮かべて首を振った。
「あまり深く詮索しない方がいいわ。でも『彼ら』は、あのように一人の女性を囲い込んでいれば、ああして一緒に過ごせるの。婚約者や恋人の女性たちが沢山一緒に居ては彼らにとって意味がないわ。だって彼らの目的は……『彼ら同士』だから」
「あ……ま、まさか?」
ゴクリと唾を飲み込む音が鳴る。
「皆さん、私よりも以前からの交流がありますからね。貴族として、それでも納得しようとしていらっしゃるのよ。特に殿下は子供を作らねばならないでしょう。……真に愛している方は、けして子供を産むことなど出来ませんから。だって、そういう性別に生まれてしまったのです。お辛いことでしょう」
「真に愛している方……性別」
婚約者であるはずのマリアンヌから、その愛する相手が彼女ではないと確信したような言葉を聞く。
マリアンヌはそれを知っているのだと分かった。
そして、その愛する相手とは『女性である』ヘレンではない……。
「ヘレンさんは……たぶん、あの様子ではお気付きではないと思います。彼らも表立って認めはしないでしょうから。でも、ね。分かるでしょう? 一人の女性をあのように複数の男性が取り囲み、その姿を見せつけるようなことをするなんて。普通はそんなことをするはずがない。……真実を知らなければ、それは苦言を呈したくなるような光景です。でも、彼らはそのことも分かっていてやっているのよ」
「そんな、こと……あるのですか」
「彼らを見て気付かない? 俗なことを言うけれど……彼らは身分以前に、とても美しい外見をしていると思う。王子だけでなく侯爵家や伯爵家の方も一緒にいらっしゃるけれど。ヘレンさんを通して交流を計っているのは、彼ら高位貴族の方だけではないのよ」
「え? そ、そうなのですか?」
「……いずれ分かるわ。それとも商家の出だから隠すかしら」
「商家の」
「彼ら同士も、やっぱり私たち女性と同じように見目の良さに惹かれることも多い、ということなのでしょうね。その対象が……他の男性たちと違っていたとしても」
「その、それは、ええと。どう言えばいいのか」
「だからヘレンさんは可哀想な人なのよ。彼女のような人でなければ彼らが真に望んでいる逢瀬が叶わないから。でも、彼女が真実に気付いた時にそれは終わってしまうわ。彼らの愛が本当は……彼女に向けられてはいないことを知ったら。でも」
「で、でも……?」
「……ヘレンさんが、彼らの『偽装』の役割を担えなくなったら、別の女性が標的にされるかもしれないわね」
「うっ……」
生徒たちは半信半疑ながら理解した。
ヘレンの周りに集まっている男性たちは、アレクシス王子も含めて、いわゆる『男性が好きな男性』たちなのだ。
ヘレンはそのための偽装、カモフラージュのために一人、彼らに囲われているだけの哀れな女性。
「彼女が真実に気付かない方が、皆が幸せなのかもしれないわね……。美形の異性たちに囲われて、聞こえのいい言葉を掛けてもらえて。たぶん『口では』愛も囁かれている。でも、彼らの真実の愛は……彼らの関係性そのものにしか救いがない。私は……ヘレンさんのことを可哀想だと思うわ。でも、ごめんなさい。私は同時に……ヘレンさんを見捨てます」
「み、見捨て……?」
「私はヘレンさんに『あの役割』を続けていてほしいの。だって、私は嫌だもの。本当は愛されているワケではなく、口先だけ、表面だけ愛しているフリをされて囲い込まれて。なのに真実は、彼らの愛は彼ら同士にしかない。……貴方たちが代わりにやってくれる? あの『可哀想なヘレンさん』の役を」
女子生徒たちは、青ざめた顔でぶんぶんと首を横に振る。
「そう。なら、彼らの好きにさせてあげなさい」
「わ、分かりました、マリアンヌ様」
マリアンヌに苦情を言いにきた最初の勢いをなくし、彼女たちはショックを受けて肩を落としながらトボトボと去っていった。
マリアンヌも移動し、一人になったところで呟く。
「逆ハーレムルートって、周りから見たらそう見えるわよねぇ……」