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沈む皇室  作者: 弓張 月
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雲井宮の嘆き

今回のお話では初めて帝の弟君が出てきます。

「雲井宮」を覚えて下さいね。

特にお妃さまは今後、重要な存在になってきますので。


雲井宮邸はしんとして、朝から沈鬱な空気が漂っていた。

外は緑が萌えているのに、宮邸の食堂では宮が一人でうつむいていた。

雲井宮は帝の弟君で、御歳51歳。

背が低く眼鏡をかけていてその様が「火星人」に似ているというので「火星ちゃん」と庶民からは親しく呼ばれている。

実際、火星人がどんな姿なのか知る由もないが、それでも何となくみな納得してしまうのは、その風貌とのんびりしたご性格ではないかと。

しかし今朝もまた宮はひっそりと泣いておられる。

丁度、愛犬3匹の散歩から帰られた彩子妃は、

「お待たせして申し訳・・」といいかけてやめた。

宮様はまたも泣いていらっしゃるのだ。

妃は犬の世話を侍女に任せ、とりあえず食堂の椅子に座った。

「宮様、またお泣きになっていますの?そんなに毎日泣いていたら小さな目がなくなってしまいますよ」

ひどい言い方をされたのに、宮は怒るわけでもなく「うん」とおっしゃり、それでもお泣きになっている。

「先帝がお亡くなりになって宮様がお嘆きなのはわかりますけど。でも、もう春ですよ。そんなに泣かれる事を先帝がお望みとは思いませんけど」

宮が泣いていると食事も進まない。

(いい加減にして下さらないかしら。全くいつまでもうじうじと)

珈琲だけ侍女に言いつけると妃はため息をついた。

「うん。あや。あやは正しいと思う。ほんと、いい加減にしないとね」

(あら?私の気持ちわかったの?)

妃は一瞬ドキリとして宮を見つめる。

瞬間的に鋭い事をおっしゃるから油断禁物だ。

「でもね。おたあさまの事を思うと」

「今度は大宮様の事ですか?もしかして吹上御所に残られる事?」

「うん。だって、おたあさまはもう后宮ではないのだからてっきり皇居をでられると思って。こちらに来られたらもっと頻繁にお見舞い出来ると思っていたんだけど」

「帝がおきめになった事ですわ」

「そうなの。それはよくわかっているの。帝はお優しいからおたあさまを今の環境に置く事が一番だとお考えになったって。でも私はなぜかおたあさまが気の毒で仕方ない」

「帝が新御所を建てて、大宮様が古い御所になったからでしょ」

妃はみすかすように言い、運ばれてきた珈琲をブラックのまま飲み始める。

イライラすると煙草に手が出そうになるけれど、宮様の前では吸わないようにしている。

「新しく大宮御所を造るのではなくて古い建物にそのままという所が宮様の気に障っているのではなくて?」

「そうかな。そうなんだ。きっと」

宮様はぐずぐずおっしゃり始める。

「わかってるの。兄君・・いや帝はね、私がおたあさまを独占したと思っていらっしゃる。私は生まれてすぐ小児麻痺になってしまったから、おたあさまはご心配のあまり毎日私につききりだった。5歳で別の御殿で暮らすようになったけど、でもおたあ様は私が病気をしないか、熱を出さないかとご心配になり、毎日ご連絡を下さった」

(この話、200回くらい聞いたわ。ここまで来るともう自慢話にしか思えない)

彩君(あやぎみ)はうんざりして聞いていた。


(最初は私だって使命感に燃えて殿下をお守りしようとしたのよ)

彩君はぼんやりと思い出す。

彩君は大名華族の出身で徳川家ともゆかりのある家柄の姫だった。

そもそもの事の発端は東宮(今帝)が商家のクリスチャンの家から妃を迎えると言い出し、戦後に地位を失った旧皇族、旧華族は大反対を始めた事。

なんとその女性がカトリックの大学を出ていた事。

家柄のよい子弟が大勢入学する修学院ではなかった事で、女子同窓会組織がそれを侮辱ととらえ、あわや旧家と成金の戦争が始まりそうになった事。

そこで宮内庁は弟宮のお妃にには大名華族で修学院出身の彩子嬢を選び、一度の見合で結婚を決めてしまった。

彩君は皇室とも無縁ではなく、旧華族出身なので后宮やその他のお妃達に大いに愛され称賛された。

結婚当時から「お子は無理」と言われたけど

「私が宮様をお守りして立派な宮家を作る」と。

でもそれは理想に過ぎなかったのね。

当の宮様は男性としての魅力にあふれてるとは言い難く、好きなのは生物学。

乗馬が好きで外向きの彩君とは正反対だった。

「私達は恋愛結婚じゃないけど、穏やかに過ごそうね」と宮はおっしゃってくれたが、美貌と財力を誇示する東宮妃の横でどんどん存在感を失っていく自分達が何だか馬鹿に見えたのも事実。


何と言っても宮は全てに動じない。

悪く言えば「のんびり」で、兄宮のおっしゃる事は何でも「はいはい」と聞くし、結婚前は美貌の兄嫁に憧れていたで。

自分は最初から「女」として見られているのかしら?でもそれを聞いたところでどうするの?

宮は「あやの事は大好き」とおっしゃるだろう。

生物学に熱心な宮がその情熱を自分に向ける事はないのだと悟ったのはほんの10年くらい前。

そして今、目の前でお泣きになっている。

「宮様。帝はそんな昔の話はもうお忘れになっていますよ」と彩君は慰めた。

「珈琲を召し上がれ。それからもう第一の喪は明けたのですし、東大の研究所へ行かれてもよろしいのでは?」

そう言われると宮ははっとして彩君を見た。

「そう?そうだよね」

「ええ」

「あやは優しい。それに賢い。うん。気晴らしにそうしよう。この所祭祀が続いて気落ちしていたのだよ」

宮は気を取り直して食事を始め、暫くは静かな時間が流れる。

そこに宮務官が報告に来た。

「妃殿下。高砂宮邸からお電話がありまして、ぜひお茶にお呼びしたいと」

高砂宮は先帝の二番目の弟君で2年前に亡くなられ、今は菊子妃殿下が一人で宮邸を守っている。

「あや、行っておいでよ」

宮は妃が出かけてくれた方がご自分も出かけやすいと思われているようだった。

彩君は立ち上がり

「それでは後程伺いますとお返事して」

「かしこまりました」

「お茶に招かれたのは私だけ?」

「いえ、大瑠璃宮妃殿下と春日宮妃殿下もご一緒だそうです」

(まあ、叔母様達が集まるのね。これは面白そう)

宮務官が去ると、宮はぼそりと

「女性達の集まりは怖いね。あやは巻き込まれないでね」

とおっしゃった。

(また鋭い)

彩君はそう、心の中で呟いたけれど頭の半分は着て行く服選びをしていた。

引き続き読んで頂きありがとうございます。

お断りしておきますが、これはフィクションです。

実在の人物とは関係ございません。

今後ともよろしくお願いいたします。

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