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沈む皇室  作者: 弓張 月
1/3

大喪の礼

第二話は「大喪の礼」です。

天皇の葬儀というのは一ヶ月以上かかるのです。

準備も大変ですが、大昔の儀式にのっとって行わなけらばならず、仕切る人達はさぞや大変だったろうと思います。

また、当時は「政教分離」の原則というものが強く意識され、明確に「国の行事」と「皇室の私的行事」に分けられましたが、それを決めるのも反対・賛成と様々な意見がありました。


戦前の日本には明治期に創設された11宮家があり、また公家や大名らの華族階級がありました。

男子には軍に入る義務がありました。

1945年に11宮家が臣籍降下し、天皇とその家族、天皇の3人の弟とその家族のみが皇族として残りました。しかし、男子が生まれたのは東宮家と1宮家のみでこの事が現在の「皇位継承者」不足に繋がっています。

帝はなかなか男子に恵まれず、東宮が生まれた時は国中がお祝いしました。

1話の通りです。

帝の義務は祭祀と子孫繁栄で、特に後継ぎを得る事は義務中の義務でした。


帝が崩御したのは1月7日の早朝。

御歳86。歴代最高齢だった。

その日は、真冬の寒さに身を震わせながら、午前4時ぐらいから皇族や帝に関係する人々が皇居に入り、最後を見守った。

医師が告げる「崩御でございます」の言葉に、

東宮は一言

「長い事、ご苦労様でした。ありがとう」と礼をいい、首を垂れた。

東宮妃も「ありがとう」と小さく呟き、そっと目を拭う仕草をした。

東宮家の一宮である尋宮(ひろのみや)も、つい最近留学先のイギリスから急きょ帰国した二宮も、そして今年20歳になる東宮家の女一宮も泣きたい気持ちを必死に耐えていた。

車椅子に乗って無表情の皇后は、たった今、ご自分が「皇太后」になった事にも気づかず、「お上」と一言つぶやかれた。

その愛らしく若々しいおっしゃり方に、降嫁した内親王方は一斉に涙腺を崩壊させ、室内は嗚咽で一杯になった。

午前6時。正式に発表。


しかし、東宮だけは涙をこらえ、これから始まる長い「殯」と呼ばれる喪の行事に備え、大きく息をした。

皇室典範により「帝の崩御後、直ちに践祚」と書かれている。

つまり東宮はこの時直ちに新しい「帝」となられ、東宮妃は「后宮」になり、尋宮は皇太子になり、皇后は皇太后になった。

朝に大々的にニュースが流れ、国中が悲しみに包まれ、寒さも構わず皇居へかけつけようとする人達や、直ちに仕事をやめ、口もきかず、ふと見れば目に涙を浮かべながら帰宅する会社員達などがそれぞれ、自分の心境に驚きを感じていた。

銀座のショウウインドウのマネキン達が全員黒い服に代わり、会社のドア口には「大行帝だいぎょうてい《大行天皇》(亡くなった帝のこと)の崩御を謹んでお悔やみ申し上げます」の張り紙が貼られた。


そして時の内閣が新しい元号を宣言。

元号は我が国独自のものであり、近代においては1帝1元号と決められている。

つまり、先の帝が生きた時代とこれから即位する帝の時代はくっきりとわけられるのだ。


国の行事として2月24日に新宿御苑にて「大葬の礼」を行うべく委員会が設置された。

午後6時。先の帝のお身体はヒノキの棺に入れられる。これを「お舟入り」と呼ばれ、この時から通夜が始まる。

9日には新帝が正殿松の間において「即位後朝見の儀」つまり即位宣言をし

「みなさんと共に憲法を守り責務を果たす事を誓います」と広く国民に話しかけた。

これが終わると次はヒノキの棺がひときわ大きい銅の棺に移され密閉される。

これで永遠の別れになる。

皇族方は「御拝親訣」の儀に臨み、改めて大行天皇に別れを告げた。

喪の行事は始まったばかりである。

1月17日には帝を葬る墓を武蔵野に決め、そこに地鎮祭を行って墓を作る。

皇居正殿松の間に設けられた「殯宮移御儀」において、帝、后宮、東宮他皇族、親族、側近らが毎日交代で棺を見守る「殯宮伺候」が行われた。

その伺候は一般参賀も許され、やがて亡き帝に元号を付けて呼ぶ「追号奉告儀」が行われた。


2月24日の大喪の礼は、皇居の中で世界中の王族、政治家らを迎えて古式ゆかしく行われた。

雪がびょうびょうと降り積もる中、雅楽が厳かに流れ、美しく飾られた棺が袍を着た宮廷人らによって担がれ、まるで雪が花びらのようにかかり幻想の世界へといざなう。空気は凍り付くように冷たく、地面が真白に染まる中、音もなく進む。

まるでこの世のものではないような、世界一古い皇室の帝の死にふさわしい、威厳豊かで民族も種族も宗教さえ飛び越えて、全ての列席者がその死を悼むという珍しい光景が見られた。


それをテレビの前で見守る人々もまた、新聞を開き、かつての帝が生きた時代を追慕しながら、共に苦労を重ねたような気持ちになり、ある者は酒で哀しみ、ある者はただ画面を見つめる事で哀しみとした。


亡くなられた帝は、先々帝の時代、20世紀の始まりと共に生まれ、その半生を戦争に巻き込まれて過ごした。

平和な世の中を人一倍望みながらも、世界中が戦争する中でついに「大元帥」として宣戦布告をせざるを得ない立場に追いやられ、軍隊が主導する戦を止められず幾度も空襲に遭われ、ついには防空壕で終戦を迎えられた。

もう2年も前から敗北を予兆していながら、軍部も政府も帝の意見を聞く事無く国民を鼓舞し続け、ついには特攻作戦まで行う始末。

そして今まで見た事もない原子爆弾を2発も落とされ、その時ですらまだ戦を続けようとするので、帝は意を決して「敗戦の詔」を出し、一切の責任を負う覚悟を決めた。


どんなに後悔しても後悔しきれない、国民を戦の海に駆り出す事を止められなかったご自分を責め、心はいつも鬱々とそして不安と焦りにさいなまれ、顔面にはチックの症状が出る程に追い詰められた。

敗戦の時、帝は全ての男子皇族に国中の神社に参拝を命じ、敗戦を報告した。

少しでも神々の力で国民を守って貰えるように祈り続けられた。

我が国は敵国に占領され、元首として帝は死を覚悟された。

しかし、その潔い態度と「国民を助けて欲しい。その為なら私は死んでもよい」という言葉が、敵軍の将を感動させ、帝の死刑も退位も行われなかった。

あちらからすると、国民の精神的支柱である帝を手にかければ後味が悪いと思ったのだろう。

しかし、その代わり、政府の重鎮や多くの国民が「戦犯」として処刑された。

さらに華族制度は廃止され、帝と3人の弟宮一家を除く11宮家に莫大な財産税を課し、屋敷を取り上げ臣籍降下に追いやった。

宮家の出身だった后宮は御実家と、また女一宮が嫁いだ宮家が消える事に驚き、何日も涙を流し続けた。

「私の姫宮が明日からどうやって暮らすのですか?ああ、防空壕で生まれた私の孫!」

あまりに嘆く后宮に

「大丈夫。姫は頭が良いし誰よりも強いからきっと大丈夫だよ」と慰めるが、后宮は御実家、ご親戚が全て臣籍降下してしまう事に耐えられなかった。

「いいのです。これで。后宮は泣きすぎですよ」

と、気丈夫な大宮はおっしゃったが、ご自分も華族のご出身であった。

「華族は今までいい思いをし過ぎたのよ」

「‥申し訳ございません。でも・・」


女一宮は帝にとって最愛のご長女であった。

東宮が生まれるまでこの子が男の子だったらどんなによかったろうと何度思った事か。

賢く、皇族として気高くそして誰よりも親思いの女一宮。

宮家に嫁いで無事に男子を挙げ、見事な役目を果たしてくれたのに。

脳裏に浮かぶ女一宮を思うと帝の目にも涙が浮かんだ。


多くの犠牲があった。

帝は国中を巡行し、軍部が祀り上げた「現人神」から「人間宣言」をして国民の元にお戻りになった。

あれからお亡くなりになるまで常に国民を思い、質素倹約に務め、空襲で燃えた宮殿を建設する事もなかなかお許しにならず、ずっと「御文庫(おぶんこ)」と呼ばれる防空壕で生活された。

そんな帝の願いは、国民が敗戦にめげず、復興して生活を豊かにしてくれることだった。

バブルと呼ばれる時代にさしかかった我が国は、その願いの通り見事に復興をなしとげ、世界でもっとも豊かな国の一つになったのだった。



お読みいただいてありがとうございます。

硬くて面倒ですけど、まだ序章ですから我慢して下さいね。

もう少しするとドロドロ物語になりますので、引き続きよろしくお願いします。

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もう一つの「沈む皇室」を拝読しており、こちらと併せての1本と今朝知りました。 「?」と思っていた疑問が解消されて、溜飲(苦笑)が下がりました。 現実での「大喪の礼」を見ていたものとして、これからの筆を…
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