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2話

 その昔、魔族が治めるベズビルブラ王国と、人間が治めるハイアイナ王国は対立していた。

 理由は領地の拡大と種族間の違い故のいざこざだった。

 幾度となく戦争を繰り返し、寿命が短い人間は次の世代そのまた次の世代へと戦いは引き継がれ、逆に長命の魔族は百年以上同じ兵士が戦い続けた。

 国民にも多大な被害が被り、互いに疲弊し合うだけの虚しい戦争となった。

 誰でもいいからこの戦争を終わらせてくれと両国の誰もがが願っていた頃、転機が訪れた。

 ベズビルブラ王国の王座に君臨していたリダルダ・ガルディアが討たれたのだ。

 討ったのは竜族の兵士リュシオン・ロガント。

 元々、魔族は実力社会であり種族関係なく最も強い者が王として国を統治できる。長きに渡る戦争で身も心も消耗しきっていた同胞を見るに堪えかね、謀反を起こすことに決めた彼は、同じ志を持った者達と共に王に奇襲を仕掛け見事討ち取ったのだ。

 時を同じくして、ハイアイナ王国の王も崩御した。高齢故の老衰か、はたまた病魔に冒されたからか、今となっては真相は誰にも分からない。

 かくして、両国の王が亡くなった事をきっかけに戦争を止める動きが急速に進んだ。

 ベズビルブラ王国には前王を討ち取ったリュシオンが、ハイアイナ王国にはルイス・ライ・アシュナードが新たに即位した。

 二人の王は即位後すぐに物資等の配給、国家の再建に取りかかり、数年の年月をかけて復興を果たした。

 そして、自国の平穏を取り戻した後は両国の関係について話し合った。

 魔族と人間では住む環境も価値観も何もかもが違いすぎることも戦争の一因であったからと、国同士での干渉は一切しないことを条件に和平を結んだ。以後、この平和は300年続いた。

 先日までは。

 昨今、人間だけでなく動物や農作物にも害を及ぼす瘴気がハイアイナ王国付近に発生しており、その原因が魔族にあるという噂が人間側で広まった。

 もちろん、それは全くのデマである。確かに瘴気は魔族にとって進化の恩恵を与えてくれるものではあるが、霧のように自然発生するもので瘴気自体をどうこうすることは魔族には出来ない。

 何故そうなったのか原因究明のための調査を早急に進めていたリュシオン達だったが、ここで思いもよらぬ事態に陥った。

 ハイアイナ王国の勇者一行がベズビルブラ王国に奇襲を仕掛けてきたのだ。

 聖女の力により国全体の魔族が弱体化され、碌に反撃も出来ないまま城への侵入を許し、リュシオンは殺されかけた。

 そこを救ったのが白露だったのだ。

 勇者一行を退けた白露と自分達の怪我の手当、城の修復をし今に至る。





 大まかに国の歴史と直近の出来事を教えてもらった白露は、とんでもない世界に来たな、くらいの感想を抱いた。

(まさか本当に異世界に転生・・・・・・ん? そもそも俺死んだっけ? 転生って普通死んでからだよな。でも俺はこっちに来てから死んだはず。なのにまだ生きてる・・・あれ?)

 段々訳が分からなくなり、白露は真顔のまま混乱した。

 目がぐるぐるし始めた白露の肩に、リュシオンがそっと手を置いた。

「白露、順番に説明するから落ち着け」

「・・・・・・声出てました?」

「ガッツリと」

 真面目に頷かれ、白露は恥ずかしい、と両手で顔を覆った。

 そんな白露の頭をよしよしと撫で、リュシオンは話を続けた。

「白露、お前はウチの使用人に召喚されてここにいる」

「彼――――セシル・メーアは魔獣を召喚し、使役する能力を持っています。陛下の危機に能力を全解放した結果、異世界に繋がり、貴方を召喚した、と我々は推察してます。ここに来る直前、魔法陣と共に声を聞きませんでした?」

 説明を引き継いだディラミールに問われ、白露はハッとした。

 悲痛に塗れた幼子の声。“助けて”と乞い願われ自分はそれに応えた。

 まさか、あれがそのセシルの声だったのか。

「色々調べてみましたが現状、貴方を元の世界に帰す方法を我々は存じません。元々、人間の国では異世界から聖女や時には勇者を召喚していましたが、彼女達は結局元の世界に帰れなかったと聞いています」

 申し訳ありません、と項垂れるディラミールに、白露は首を横に振った。

 国が大変な中、帰る方法を調べてくれただけでもありがたい。それに、帰っても家族や友人といった親しい者もいなければ、命すら危うい状況なのは確かで、正直帰れなくてもどちらでもいいというのが白露の心情だ。

 そのことを伝えれば、何故か3人は複雑そうに顔を顰めたり目元を手で覆ったりといった反応を示した。

 何かマズいことでも言っただろうかと白露が内心不安に思っていると、リュシオンにわしわしと頭を撫で繰り回された。

「セシルは今、能力のキャパシティを超えた事による反動で眠っています。いつ目覚めるかは、正直見当もつきません。貴方は我々が責任を持って保護しますのでご安心を」

 ディラミールが柔く微笑み、アシュルクもうんうんと大きく頷いた。

「それから、お前の身体についてなんだが・・・。異世界から人間が召喚される際、何かしらの能力を授かる。お前が首を跳ねられても死ななかったのは、その能力のせいだろう」

「のう、りょく・・・・・・」

 流石異世界。ファンタジー感が増してきた。

「陛下のお話から白露様の能力は再生系と思われますが、それにしては不可解な点がございます。通常、再生能力は傷の程度関係なく全ての傷を修復します。しかし、白露様は即死の原因であった首の傷は綺麗に塞がっていますが、その他は治る様子もなければ別段治りが早いというわけでもない」

 もちろん通常の人間に比べれば治癒力は高めですが、と付け加え、ディラミールは片眼鏡の位置を直した。

 治癒能力が常人に比べ高いのは、十中八九改造手術のせいだろうと白露は思った。浅い切り傷程度なら数分で完治し、骨折は数日で骨がくっつくようになっている。

 不思議そうにしているディラミールに、白露は「ソウナンデスカ」と素知らぬ顔をした。

「本当は実践してもらえれば早いのですが、そんなことをさせられるわけもないので私の憶測になりますが、白露様の能力は“即死に関する怪我だけを再生する”、もしくは“なかったことにする”ものではないかと思われます」

 そう言われれば、首を刎ねられても生きていること、その他の傷が癒えていないことに納得がいく。

 実践か、と少し考えて白露はナイフはないかと聞いてみた。

「・・・・・・何に使うつもりだ?」

「試しに頸動脈を切ってみようかな、と」

「それを聞いて渡すと思ったか」

(やっぱり駄目か)

 何言ってるんだコイツ、と信じられないものを見るような瞳で見つめられ、白露は小さく肩を落とした。

「ディラミール、白露がバカな真似をしないように見張りをつけておこうと思うんだが」

「賛成です。このタイプはいつか突拍子もない事を仕出かしますね」

「おぉ、一気に信用なくしたな」

「いや、生き返るなら一か八か試してみようかなと思っただけなんですけど」

「憶測だと言ったでしょう!? それで生き返らなかった時の私達の事を考えてくださいっ」

 翼を大きくはためかせて吠えるディラミールのあまりの迫力に圧され、白露は素直に謝った。

 アシュルクがディラミールを宥めている間、リュシオンに「二度と言うなよ」と軽く頬を抓られた白露は軽く衝撃を受けていた。

(この世界の人達、凄く優しい・・・)

 元の世界では、兄弟以外の他人からこんなに優しくされた記憶がない。

 自分達を拾った組織には使い捨ての駒として扱われ、少しでも任務でミスをすれば鞭打ち、飯抜き、最悪死が待ち受けていた。

 こうして手当をされた事も、頭を撫でられた事も、ましてや死のうとして怒られるなんて、椿が死んで以来いつぶりだろうか。

 久方ぶりに人間として扱われ、白露はどう反応すれば良いか戸惑った。胸底から込み上げる、この荒波にも似た激情の名すら白露は知らない。

 沈黙する白露を疲れたと捉えたのか、リュシオンは布団を掛け直し、白露の頭を一定の間隔で撫で始めた。

「まだ目覚めたばかりなのに長話をして悪かった。続きはまた今度にしよう。大丈夫、ここはお前を傷つける奴はいないから安心して休め」

 ふかふかのベッド、温かい布団、髪を梳く大きな手、何もかもが新鮮で、白露は人生に一度くらいこんな安らかな一時があってもいいかな、とくたりと身体の力を抜いた。途端、怪我もあってかすぐに眠気がやってきて、しばらくもすれば穏やかな寝息がリュシオン達の耳に届いた。

 眠りに落ちた白露に柔らかな笑みを零したリュシオンは、最後に白露の頬を撫でてから手を放した。

 そして、表情をスッと消して背後に控えるアシュルクを呼んだ。

「アシュルク、勇者一行の足取りは?」

「追跡班の報告によると、ベズブラビル王国から西に五㎞程離れた森にまで逃げて一週間経つが、まだそこから動いてはいないそうだ。白露が全員半殺しに近い状態まで追い込んだからな。ヒーラーの役割も持つ聖女があのザマじゃ、当分は国に帰れないだろうな」

 追跡係からの報告で判明した現在の勇者一行の状況に、アシュルクは軽く肩を竦めた。

 鎧を砕かれ袈裟斬りにされた勇者、両腕があらぬ方向にへし折られた聖女、顔の原型が分からなくなるまで腫れ上がった槍使い、右足を切り落とされた魔法使い、両目を切り裂かれた弓使い。

 転移魔法で五㎞離れた森に逃げられただけ奇跡に近い有様だった。

 それだけでも悲惨だというのに、追い打ちをかけるように彼らの自慢の武器もことごとく破壊されているという。

 報告を聞いたとき、アシュルクは小さく鼻で笑った。ざまあみろとまで思ったのは我らが王に言うわけにもいかないので心の中に留めておく。

 隣の優秀な宰相は気づいているだろうし、自分と同じ気持ちでいるだろう事は長年の付き合いから察せられる。

「そうか。なら彼らが無事に国に帰れるまでしばらく陰から護衛を頼む。そこまでの重傷なら、魔獣に襲われても対処が難しいだろう」

「了解。護衛用に数人派遣する」

 本当ならそのまま見殺しにしたいところだが、これでまた国同士に亀裂が走っても困るのも事実であるため、アシュルクは内心がっかりしながらも頷いた。

 そして、気がかりなことが一つあった。

「それにしても、ハイアイナ王国の王様は何やってんだろうな」

 溜息混じりに呟かれたアシュルクの言葉に、リュシオンもディラミールも深刻そうに口を引き結んだ。

 ハイアイナ王国の現国王であるローレンス・ライ・アシュナードは歴代の王の中で最もベズブラビル王国、強いては魔族に友好的な人間だった。元々争いごとが嫌いな温和な王として有名で、また聡明であるため今回の勇者一行の奇襲を許可したとは考えにくかった。

 ローレンス王の身に何かあれば、ベズブラビル王国に必ず連絡は入る。その逆もまた然り。

 すでにハイアイナ王国には勇者一行の件について書状を送り、今返信を待っている最中だ。その間に少しでも復興作業を進めなければならない。幸いなのは勇者一行の目的がリュシオンの首だけであったため、死者もいなければ街の被害も最小限で済んだことだろう。

 沈黙を貫くリュシオン()の背中を憂いげに見つめていたディラミールは、表情を隠すように片眼鏡を直した。

「その件については、向こうからの返事が来てからでないと・・・。とにかく今は街の復興を急ぎましょう。陛下も、傷は癒えたとはいえ、まだ安静にしていないといけません」

「あぁ、分かっている」

「くれぐれも、白露様の布団に潜り込まないよ、う、に! 貴方は貴方できちんと寝所があるでしょう」

「・・・・・・・・・・・・」

「返事!!」

「ハイ・・・」

 肩を怒らせたディラミールの一喝にしおらしくするリュシオンの姿を見て、アシュルクは怪我人が寝ているのを忘れて大笑いした。

こちらではお久しぶりです。

続きました。

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