表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

序章

新作です。

こちらの作品ではほのぼの系を目指しています。

 夜の帳が降り、煌々と輝く満月の光が地上を明るく照らす。

 そんな月光も届かない深い森の中、一人の青年が全力で駆けていた。

「どこ行った!?」

「まだ遠くには行ってないはずだ! 探せ!」

 青年の背後で怒声に近い大声が木霊する。

(しくったなぁ・・・・・・)

 ズキズキと痛む全身に、青年―――――白露しらつゆはどこか他人事のように溜息を吐いた。

 簡単な任務のはずだった。マフィアのボスを暗殺するだけの、難しい行程も何もない仕事。

 一緒に組んでいた男がそのマフィアのボスに買収されていなかったら、サクッと殺して今頃ゆっくりと風呂にでも浸かっているはずだった。

 屋敷に侵入した瞬間、相方の男に背中を斬りつけられた。突然のことに困惑する白露を鼻で笑い、男が大声を上げると、事前に待機していたのだろう、わらわらと黒スーツの構成員達が現れた。

 事態をすぐさま把握して慌ててすぐに逃げ出したが、無傷とはいかなかった。

 背中の袈裟斬りに加え、右肩に一発、腹に三発銃弾を受けた。弾丸は貫通せず体内に残ったままだ。

 失い続けている血のせいで視界が霞み、足下が段々覚束なくなっているが、それでも白露は走り続けた。

 普通より頑丈な身体、否、頑丈にされた身体に乾いた笑みが浮かぶ。

 いっそのこと呆気なく死んでしまえば楽だったろうに、と頭のどこかでぼんやりと思う。

 白露は暗殺者だった。

 親もおらず、同じ孤児同士で寒空の下身を寄せ合っていたところを暗殺組織「鴉」に拾われた。「鴉」は裏社会では有名な組織であった。金次第でどこにでも雇われては、標的を確実に殺してきた。

 正確な構成員の数は不明。だが、いつ死んでも替えは効くように定期的に孤児を拾ってきているという。白露もその一人だった。

 「鴉」では暗殺に必要な技術を叩き込まれ、簡単には死なないよう改造手術で強化された肉体により身体能力は常人を遙かに凌駕した。

 極めつきに、白露には暗殺に天賦の才があった。殺すことに臆しない精神力、急所を的確に狙う精密性、そして何より、標的に気取られず気配を消せることが元々備わっていたことが大きい。これにより、白露はわずか十歳でありながら組織の上位に名を連ね、八年間その立場を揺るがされていない。

 しかし、一緒に拾われた兄弟同然だった孤児達は皆死に絶えてしまった。

 特に仲の良かった椿つばきが任務先で目の前で殺された時には後を追おうと考えたが、椿に「お前は生きろ」と最期に告げられ、白露は自害するのをやめた。

 椿がそう言うならと、この命が続くまでは生きていようと思った。

 こんな生業だ。すぐにでも死ぬかもしれないし、と楽観的にも捉えていた。

 だが、そんな思いとは裏腹に、白露はしぶとく生き延びていた。

(椿、俺は一体いつまで生きればいい・・・? お前に・・・、皆に会いたいのに、いくら死にかけてもお前の言葉に勝手に身体が生きようとするんだ)

 泣きそうな境地になりながら、白露はもうこの世にはいない椿に訴える。

 これまでどんなに瀕死の重傷を負おうとも、その度に椿の笑顔が、声が、言葉が白露を突き動かし生かそうとしてくるのだ。

 今も良い例だ。走るのをやめ、奴らの元に戻れば喜んで殺してくれるというのに、白露は無様にも足を動かし続けている。

 だが、しばらくして白露は立ち止まることになってしまった。

 追っ手から逃げることだけを考えていたため、自分がどこを走っているのか分からなくなってしまっていた。

 目の前に道はなく、その下を覗くと川が細い糸に見えるくらい高い断崖になっている。

 向こう側の崖まではおおよそで見積もっても二十m近くはあった。橋は見当たらない。万全の状態ならまだしも、今の身体で跳んだら半分もいかずに落ちる自信がある。

(面倒だけど、崖を下るか・・・)

 何て呑気に思案しているのがいけなかった。

 背後から乾いた発砲音が聞こえたと思ったら、白露の背中から胸にかけて衝撃が伝わった。

 撃たれたのだと、瞬時に察した。

 じわじわと狙撃された胸の傷から新たな鮮血が流れていくのを感じる。

 そして、白露が立っていたのは崖ギリギリの淵。ぐらりとふらついた身体は真っ逆さまに崖から転落した。

 内臓がふわりと浮かび、轟轟と唸る風が耳を劈く。


 ――――あ、これは死ぬ。


 白露は直感した。

 いくら強化された身体といっても限度がある。この高さから川に叩きつけられれば確実に死ぬだろう。川が浅いとなお良し。

 死期が近いというのに、白露の心を占めているのは恐怖ではなく歓喜だった。

 これで死ねる。椿達のところに行ける、と口端が無意識に吊り上がっていく。

 しかし川まで後十数mに差し掛かった瞬間、白露の後ろで眩い閃光が放たれた。

「は?」

 背中から落下していた白露は、突然の眩しさに驚愕した。

 一瞬、閃光弾かと思ったが、強引に身体を捻り光の方に向き直れば、その正体が薄紫に輝く円だと気づく。大・中・小の三つの円が大きく広がり、その円と円の間にはミミズが這ったような文字らしきものが書かれている。

 昔、異世界物のアニメにハマっていた妹分のかえでと一緒に見た作品で出てきた魔方陣が、白露の脳裏を過ぎる。

 その怪しくも美しい模様に目を奪われている内に、白露は瞬く間に円に呑み込まれた。



















 ――――――・・・けて・・・・・・。


 誰かの声がする。


 ――――――助けて・・・!


 小さな、子供の声。弱々しく震えて、それでも必死に訴えかける声だった。

 路地裏で生活していた頃、裕福な家の子供によく苛められて泣いていた兄弟を思い出す。

 また躑躅つつじ鈴蘭すずらんが泣かされているのか・・・・・・。


 ――――――助けて、――――を、助けてッ!


 声にどんどん悲痛さが増していき、胸が締め付けられそうになる。

 分かった、分かったから・・・。

 俺が何とかするから、だからもう泣かないでくれ。



 朦朧とする意識の中、白露はその声に応えた。











 覚醒しても、白露の頭は霞がかったかのようにぼんやりとしていた。

 何が起きたのか、今自分がどこにいるのか、考えることすら酷く億劫だった。

 血と焼け焦げた嫌な匂いが辺りに充満し、ガラガラと何かが崩れ落ちたのだけはまともに機能している鼻と耳が拾った。

「・・・・・・う・・・」

 不意に、足下から微かな呻き声がし、白露はそちらに視線を向けた。

 年端もいかない小さな子供が床に倒れ伏していた。

 綺麗な金の髪が半分真っ赤に染まり、流れ落ちる血潮は顔面を汚している。よくよく見れば、怪我は頭部だけではなさそうで、苦しげに腹部を押さえた両手も血で濡れていた。

 そんな子供の頭の上に動物の耳のようなものが生えていたが、意識が混濁しかけている今の白露は特に気に止めなかった。

 人の気配に気づいたのか子供の目が開き、白露を捉える。

 深い青色の瞳だった。

 その青が揺らぎ、ポロポロと大粒の雫がまろい頬を伝っていく。

「・・・ッ、たす、けて・・・・・・っ」

 掠れた声で、子供は訴えた。

 その声を聞いた瞬間、人形のように佇んでいた白露の身体がピクッ、と反応した。

 見知らぬ子供。だけど、この子供の言うことは絶対に聞かないといけない。

 何故かそう思ってしまう。

 子供が震える右手を上げ、階段の先にある壊れた扉を示しながら、もう一度叫んだ。

「たすけて・・・、ぼくたちのへいか、を・・・・・・たすけて・・・!」

 刹那、声に突き動かされるように白露は駆けていた。

 子供がそう命令するのなら自分は従うのみだと、何の疑問も抱かなかった。

 階段を数段飛ばしで駆け上り、片側がひしゃげた両開きの重厚な扉を蹴破る。

 元々壊れていたのもあり、白露の強化された脚で思いっきり蹴られた扉は簡単に吹っ飛んだ。

 破壊の跡が残る広い部屋の中には数人の男女がいた。

 黒いローブを着た杖を持った少女、弓を背負った男、槍を携えた青年。そしてその奥、鎧を身に纏い大剣を振り上げた青年と、その目の前で今にも斬られそうになっている黒い角の生えた男。

 一目見て、角の方が子供の言っていた“へいか”だと、白露は悟った。

 手前にいる者達は轟音と共に現れた闖入者に気づいたが、奥にいる二人にその様子は見られなかった。

 鎧の青年が掲げた剣を振り下ろす。

 瞬間、白露は地面を蹴った。

 迎撃態勢を取る男女の間を疾風の如くすり抜け青年に肉薄すると、懐から取り出した短刀で今まさに角の男を斬り伏せようとした大剣を弾き飛ばす。

「なっ!?」

 青年の驚愕に満ちた声が、白露の鼓膜を震わせる。

 唖然とする角の男を守るように、白露は青年の前に立ち塞がった。

「お前は・・・一体・・・・・・」

 困惑した様子の角の男の言葉に、白露は僅かに身体を後ろに傾けた。

 見開かれた新緑の瞳が、白露を凝視している。

 男の疑問に答えるため口を開いた白露は、しかし声が出なかった。

 ぐるりと回る視界。

 逆さまになった白露の目に、首から上が無くなった自分の身体が映る。少し遅れて、首を刎ねられたのだと理解した。

(・・・思ったより呆気なかったな)

 散々望んでいた死があっさりと訪れて、白露は嗤った。


 そこで、白露の意識はプツリと途切れた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ