間違え続けるバンドマンはついに決意する
ついに、生徒会長との交渉の日がやってきた。
奉仕部と俺たちバンドメンバーは、全員で海浜総合高校を訪れた。
俺たちは、ちょうど外で待っていた案内の先生に連れられ、生徒会室へと向かった。
扉を開けると、そこには場違いなくらい豪奢な空間が広がっていた。
赤い絨毯が敷かれ、壁際には欧州の古城にでもありそうな騎士の鎧が飾られている。
そして部屋の中央には、生徒会長専用と思われる重厚な机と椅子。まるで玉座だ。
その椅子に、ひとりの青年が悠然と座っていた。王者の風格。そんな言葉が自然と浮かぶ。
……明らかに、ただの高校生じゃない。こいつ、何者だよ。
そして、そいつはゆっくりと口を開いた。
「君たちが、総武高代表として出場予定のメンバーか……私の名は、綱島元徳。」
そいつの声は、高校生にしてはやけに落ち着いていた。爽やかさとは無縁の、低く響く声だ。
その声に反して、表情には一切の感情が見られない。まるで能面みたいに無機質で、不気味だった。
っていうか元徳って、三国志かよ……
綱島:「だが、一人だけ気に食わん奴がいるな。藤沢克樹……校内一の問題児が代表とは、この品格ある海浜総合高校に泥を塗るつもりか? 本来なら退学しているはずの愚か者だろう。」
葉山:「綱島先輩……こんなこと言いたくはありませんが、藤沢はそんな人間じゃないです。」
藤沢:「別にどう思われようが構わねぇ。ただ、一つだけ提案がある。」
綱島:「ふん。愚か者が私に提案とは、大した度胸だな。」
藤沢の拳には力がこもっていた。怒りを抑えてはいるが、その目は明らかに我慢の限界に近い。
葉山も同様だったが、ここで問題を起こすわけにはいかない。相手は生徒会長——面倒な権力者だ。
比企谷:「綱島先輩。僕たちに『総武高の演奏が見たい』と依頼してくれたことは感謝しています。ただ、せっかくの音楽フェスを企画するなら、うちの学校だけでは物足りないと感じました。そこでSNSを使って他校のバンドにも呼びかけ、ここ海浜総合高校を舞台に大規模なフェスにしようと考えたんです。どうか、ご検討いただけないでしょうか。」
綱島:「……面白い提案だ。他校を巻き込めば、大いに盛り上がることであろう。だが、それだけでは私の興味を惹けぬ。こういうのはどうだ。音楽フェス自体をバンドコンテスト形式にし、演奏の技術を競わせる。優勝校には我が海浜総合高校から、今後の活動資金として多額の支援を与える。一方、最も評価の低かったバンドは、代表の資格を剥奪し、ここで解散宣言をしてもらう。」
葉山:「ふざけるな……そんなことをして何が楽しいんだ、あんたは!」
綱島:「葉山、忘れたとは言わせんぞ? 我々に逆らえば、お前の父親の立場も危うくなることをな。」
葉山:「……なに?」
比企谷:(この生徒会長……本気でヤバい)
綱島:「貴様らの提案を認めるかどうかは、我々次第。主導権はこちらにあることを忘れるな。」
綱島:「そもそも私は“総武高の演奏”に期待しているのではない。“雪ノ下春乃”の演奏が聴きたいだけだ。お前たちのような素人バンドなど、最初から興味はない。」
雪ノ下:「姉さん……」
綱島:「貴様らがどれほどの演奏をするのかは知らんが──断言しよう、無価値だ。貴様らがいくら足掻こうと、私の期待には到底届かん。せいぜい、我が校の名に泥を塗らぬよう気をつけることだな。」
比企谷:(無価値……? は? なに勝手なこと抜かしてやがる。お前に俺たちのバンドの何がわかる……)
──ドカーーーン!!?
その瞬間、藤沢の怒りが頂点に達し、生徒会長の机を思いっきり蹴り飛ばした。
藤沢:「……さっきからよくもまあ、好き勝手言ってくれたなぁ!てめぇみたいなエリート気取りのクソ野郎に、俺たちの演奏を語る資格なんてねぇ!俺らは降りるぜ!こんなクソみてぇな“勝負”なんざ乗る価値もねぇんだよ。」
綱島:「貴様……この場で生徒会長に暴力を振るったこと、重く受け止めてもらおう。即刻、退学処分にしてもらうよう、学校側に話を通す。」
藤沢:「蹴られてビビった挙句、先生に泣きつくとか……情けねぇなぁ、お前。」
綱島:「ならば、総武高の理事長にも報告しておこう。我々は君たちの提案に対し、寄り添った対応したつもりだったが、問題児・藤沢克樹が我々の提案に反発し、暴力行為に及んだと。そして、この藤沢を代表に推薦したのが、総武高の“奉仕部”であることも伝えよう。ゆえに、私は奉仕部の即時廃部を強く推薦する。」
比企谷:「はあ!? なんで奉仕部が廃部になるんだよ! 意味わかんねぇ!」
葉山:「……クソが。どこまで腐ってやがる……」
綱島:「私の提案に従えば、理事長には報告しないでおこう。ただし、それ以上逆らえば……どうなるかは分かっているな?」
比企谷:(……マジで最悪だ。このままだと奉仕部も、俺たちのバンドも全部潰される)
厄介なのは、海浜総合高校と総武高校の理事長が提携関係にあるってことだ。
学校間の企画やイベントの資金は共同で管理されていて、必要に応じて総武側にも支援金が流れてくる。
つまり、向こうに不都合な報告が入れば、こちらは一方的に不利になる。
今回みたいな“暴力沙汰”が伝われば、奉仕部の廃部なんて、もはや既定路線だろうな……
……いい加減、理不尽には慣れてきたつもりだったけど、今回は笑えねぇな。
そのあと、俺たちは予約していたスタジオでバンド練習を行った。
……が、正直あんな対応を受けた後じゃ、モチベーションなんて地の底だった。
比企谷:「正直……あんなクソみたいな生徒会長の期待に応えようとしてた俺たちがバカだったな……」
葉山:「同感だ。正直、最初から違和感はあったよ。海浜の生徒会長が、総武高のバンドに興味持つなんて、普通じゃなかった。」
戸塚:「ねえ、僕たち……どうなっちゃうのかな。藤沢くんには言ってなかったけど、僕、本当はテニス部とバンドの両立が難しいからこのバンドに所属するのは音楽フェスまでって決めてたんだよね。でも、みんなと練習していくうちに、バンドの楽しさがわかってきたんだ……。だから、解散なんて、したくないよ……!」
材木座:「我も同じ思いである。我は小説家としての道を歩む者だが、己の創作物を誰かに見てもらえるという喜びを知っている。
バンドもまた同じ……皆で創り上げた旋律を、人々に届ける喜びは何物にも代えがたい。
最初はラノベの添削を条件に参加したが、いつしか練習そのものが我にとって楽しみとなっていた。
この素晴らしきバンドを、我は手放したくないのだ!」
藤沢:「……お前ら、バラッバラだったくせに、そういうとこだけ一丁前に“仲間”だな!
そこまで言われちゃあな……尚更、俺が信じてやるしかねぇじゃねぇか。
お前らの可能性ってやつに!
……なあ比企谷、お前はそれでも、失敗した時の“保険”に縋るつもりか?」
比企谷:「俺は……正直、ずっと“可能性”って言葉に懐疑的だった。
間違ってるって、現実から目を背けるための綺麗事だと思ってた。
でも、練習していくうちに気づいたんだ……
俺は、思い通りに弾けないことに苛立って、自分を守るために逃げようとしてただけだったって。」
比企谷:「だけどな……あんな屈辱を味わって、黙って引き下がるなんて、俺にはできねぇよ。
これまで積み上げてきたもんは、…..本物なんだって……証明してやる。」
葉山:「奇遇だな、俺も同じだ。俺たちの努力は絶対に無駄じゃない。
みんなはそれぞれバンドに対して熱い情熱があったんだ。それがあったから、ここまで来られたんだ。
……だからこそ、ここで終わるわけにはいかない!」
藤沢:(……比企谷、お前、今までで一番カッコいいぜ。
捻くれ者で、面倒なやつだけど、守りたいものがあるときのその真っ直ぐさ……
不器用でも、前に進もうとするその姿勢……それが、お前の一番の強さなんだ。
だからそのままでいてくれ、相棒!)