本番には皆覚悟が必要だ。
そして――ついに俺たちは当日を迎えた。
強豪ぞろいの高校と、俺たちは戦うことになる。
たしかに、俺たちの演奏はここまでで大きく成長した。けれど、果たして“プロ”と互角にやれるだけの力があるのかと聞かれれば――正直、不安しかない。
海浜総合高校・特設会場(体育館貸切)は、すでに観客でぎっしり埋まっていた。
その中には、由比ヶ浜や雪ノ下の姿も見える。……なんか、余計に緊張するんだけど。
さらに、観客席の前には審査員らしき5人がずらりと並んでいて、準備万端といった様子で俺たちを見据えていた。
……いや、いざ演奏ってなると、マジで心臓に悪いんですけど。
葉山:「みんな!もうリハーサルが始まってる。俺たちも早く控え室に行こう!」
藤沢:「シャッ!気合い入れていくぞ、お前らぁ!」
気合いを入れ直し、俺たちは控え室へと向かっていく。
けれど、その足取りの裏で、どうしても気になる名前が脳裏に引っかかっていた。
――『Xysteria』。
一体、何者なんだ?
控え室に向かう途中、見覚えのある外国人を再び見かけた。ノアだ。
ノア:「きみ!あのときの!」
比企谷:「おお……ノアさん……」
ノア:「そうだ、お前ギタリストだったよな?お前の演奏、期待してるぜ!」
比企谷:「ああ……ありがとうございます……」
やっぱ伝説のベーシストは貫禄が違う。
オーラってやつがあるんだな……。
ふと、どうしても気になることをノアに訊いてみた。
比企谷:「すみません、『Xysteria』っていうバンドについて、何かご存じありませんか?」
ノア:「ああ、それな。俺も気になってるけど……正直、詳細はわからない。
ただひとつ言えるのは、かなりギリギリで応募してきた連中ってことだ。俺たちも名前すら知らなかった。だが、ただ者じゃないのは確かだろうな。」
比企谷:「……そうですか」
ノア:「ま、気を張りすぎんな。音楽なんだから、気楽に行こうぜ!」
比企谷:「あ、はい!」
ノアと別れて少し歩いたところで、突然誰かに声をかけられた。
???:「お前……『Xysteria』が気になるのか?」
比企谷:「わっ……!」
あまりにも不意打ちすぎて、つい情けない声が出てしまった。そこに立っていたのは、黒いマスクに革ジャン姿の男――身長は180センチ近くはありそうだ。
なにこの見た目。普通に怖いんだけど……。
比企谷:「あっ、すみません……つい……」
???:「驚かせて悪かったな」
比企谷:「いえ……その……『Xysteria』について、何かご存じなんですか?」
???:「知ってる。だが、知ってるのは俺を含めても、ごく一部の人間だけだ」
???:「『Xysteria』は――某有名ミュージシャンたちで構成された、特別なバンドだ。そしてそれを率いているのが……綱島元徳。海浜総合高校の生徒会長だ」
比企谷:「……はぁ!? なっ、なんだって……!?」
まさか、生徒会長が参戦――?
しかも、プロを連れて!?
比企谷:「いったい、何が目的で……?」
???:「目的はわからない。ただ……少なくとも奴は、最初から俺たちにバンドの支援金を出す気なんてなかった。むしろ、何かを企んでいるって話もある」
???:「この話は、お前と俺だけの秘密だ。誰にも言うな」
比企谷:「……わ、わかりました」
……いや、待て。
あいつ――綱島は、最初から俺たちを潰す気だったんだ。
あの“7バンドのドタキャン”ってやつも、全部演出だったんだろう。最初から仕組まれてた茶番ってわけだ。
目的はおそらく、俺たちを解散に追い込んで、二度とバンド活動ができないようにすること。そこまでやれば、支援金どころか活動自体を潰せる。
……でも、そこでひとつ引っかかる。
仮に俺たちを潰すのが目的だったとして、わざわざ1バンド追加する必要なんてあったか?
強豪バンドが3つも揃ってる時点で、普通に考えれば俺たちが勝つ可能性なんてほぼゼロだ。
なのに綱島は、“自分のバンド”で乗り込んできた。
……やっぱり、支援金の件か?
最初から金を出すつもりなんてなかったって話もある。
それどころか、全部ひっくり返して、フェスそのものを掌握するつもりなのかもしれない。
しばらくすると、どこかで見覚えのある姿が目に入った。
……浅野、か。
比企谷:「よ。やっぱり、お前も来てたか。」
浅野:「おおっ、比企谷くん!調子はどう? 本番、準備万端かな?」
比企谷:「いや……そう言われると、ちょっと自信ないんだけどな。」
浅野:「なによそれ。いっぱい練習してきたんでしょ? 最初から弱気にならないの!」
比企谷:「あー……うん、すまん。」
浅野は、いつものように笑っていた。
……ただ、その笑顔には、どこか引っかかるものがあった。
浅野:「お互い……頑張ろうね。」
比企谷:「ああ。……お前もな。」
その笑顔は、相変わらずだった。
けれど、どこか曇っていた。
まるで、何かを隠しているような、そんな表情だった。
……まあ、流石に本番前で緊張してるんだろう。
それが表情に出ちまっただけかもしれない。
きっと、俺に動揺してるところを見せたくなかったんだろうな。
一方、控え室にはすでに俺以外のメンバーが揃っていた。
藤沢:「比企谷、遅ぇな…何やってんだよ」
戸塚:「まぁまぁ、もうちょっと待ってあげようよ」
パタン。
ふと控え室のドアが開く音がした。
藤沢:「おい、比企谷、ようやく——…ん?」
片瀬:「あっ、克樹くん!」
ドアの前に立っていたのは、見覚えのある少女。姫華だった。
藤沢:「えっ!?姫華?なんでここに?」
片瀬:「あ、そっか…まだ言ってなかったね。実は私、『Astral Youth』のドラム担当なんだ。だから今日は私も出るんだよ!」
藤沢:「マジかよ!全然知らなかった…っていうか、同じドラマーとしてライバルってことになるのか…複雑だな」
片瀬:「私も全力で頑張るけど、克樹くんのこともちゃんと応援してるから!お互い、いい演奏しようね!」
藤沢:「ああ、もちろん!」
葉山:「おっと〜、おふたりさん、なかなかアツいねぇ?」
藤沢:「おい、からかうなって!」
全員:「(爆笑)」
(……姫華も、いつの間にか自然と笑顔になっていた。
少しでもこの笑顔が、緊張をほぐしてくれたならいいけどな。)
笑顔も束の間、ついに――決戦の幕が上がる。
まずは、企画者である綱島がステージに立ち、開会のスピーチを始めた。相変わらず能面みたいに無機質な表情だが、その場を支配するようなオーラは健在だった。やはり、前に会った時の印象は間違ってなかったらしい。あいつは只者じゃない。
スピーチが終わると、いよいよ最初のプログラムが始まった。トップバッターは『Astral Youth』。
藤沢が片瀬に何を演奏するのか聞いたところ、曲は――Mrs. GREEN APPLEの「青と夏」、「ライラック」、そして、まさかの結束バンドの「青春コンプレックス」らしい。
いや、ありがてぇ……!ボザロファンにとっちゃ、もはやファンサ以外の何物でもねぇだろこれ。俺はこれからもずっとぼっちちゃんを推し続けると、ここに誓います。
一方俺たちはというと――
出番は後半らしく、プログラムは開始直前になってようやく配られた。
焦らすなよって話だが、まぁその分、準備時間は稼げる。
とりあえず、出番まで時間もあるし、雪ノ下や由比ヶ浜たちと一緒に観客席にいることにした。
ステージを前にしてこの状況、落ち着けって方が無理あるだろ…。
プログラムはこんな感じだ。
9:45~10:00 演奏の開会式
10:00~10:15『Astral Youth』
10:45~11:00『Delta Hounds』
11:00~12:00 お昼休憩
12:30~12:45『蒼刃 -Soujin-(ソウジン)』
13:15~13:30『Solitude Riot』
14:00~14:15 『Xysteria』
14:30~14:45 閉会式
15:00 解散
葉山:「プログラムを見る限り、俺たちは『蒼刃 -Soujin-』の次みたいだな」
藤沢:「だな....まぁせいぜいあいつらの演奏に埋もれないように俺たちも気をつけないとな。」
材木座:「ふむ。こういう時こそ大衆にはインパクトを残すことが重要でござる。」
戸塚:「そうだね。僕たちも頑張らなきゃ。」
比企谷
(……このプログラムの配置、どう考えても俺たちを潰しにきてるだろ。
まずは『蒼刃 -Soujin-』で会場のボルテージを一気にブチ上げ、その直後に俺たち。つまり、あいつら以上に盛り上げろっていう理不尽チャレンジ付き。
当然、観客の期待値も爆上がりしてるわけで、そこで凡ミスでもしようもんなら「やっぱ前のバンドの方がよかったな」とか言われるに決まってる。
んでもって、俺たちの後にはトリで『Xysteria』。プロの演奏で全部持っていかれて、俺たちの印象を一瞬でかき消すっていうおまけつき。
……あいつ、綱島、戦略家としてはマジで優秀だな。)