同じパート同士は惹かれ合う
片瀬姫華は、俺の中学時代の知り合いで、ひとつ下の後輩だ。そして――俺にとっての、初恋の相手だった。
当時、うちの中学は人数が少なかったから、1・2年合同で修学旅行に行く機会があった。たまたま同じ班になった俺は、これはもう運命だとばかりに、必死に話しかけた。
彼女の、何気ない笑顔が好きだった。
あれから時間が経って――今、俺たちはスタジオの外で、葉山も交えて昔話に花を咲かせていた。
片瀬:「そういえば、隼人くんと克樹くん、一緒にバンドやってるんだね。昔から仲良しだもんね。」
藤沢:「まぁな。きっかけは俺から声かけたんだけどな。」
葉山:「お前、人を巻き込みすぎだろ…笑」
藤沢:「違ぇし!俺は“仲間”を大事にしてるだけだ!」
片瀬:「アハハ、二人とも変わってないね!」
――やっぱり、姫華の笑った顔が、俺は好きだ。
葉山:「あっ、すまん!部活あったんだった。先に行くわ。先輩に怒られる!」
藤沢:「いや、今日日曜だぞ?」
葉山:「日曜でもあるんだよ部活は!じゃあな。あと頑張れよ!」
……おい。絶対わざとだろ、それ。
藤沢:「まったく、余計な気遣いしやがって……」
片瀬:「隼人くん、またね!あとでまたお話ししようね!」
ふと、会話が途切れた。
俺も、姫華も、しばらく黙ったまま。でも、黙ってるだけじゃ何も始まらねぇ。
俺は意を決して、ゆっくりと口を開いた。
藤沢:「姫華さ……今でも、葉山のこと、好きだったり……するのか?」
片瀬:「え?」
藤沢:「あ、いや、気になっただけっていうか……無理に答えなくていいぞ!」
(くっそ、俺なに聞いてんだよバカか……!)
姫華は少し驚いたあと、ゆっくりと首を横に振った。
片瀬:「バレンタインにチョコ渡した時に気づいたんだ。葉山くんは、私のこと好きじゃないって。……だから、今は好きな人いないよ。」
片瀬:「でもあの時ね、克樹くんが、私のこと見守ってくれてたの、嬉しかったんだ。いじめられないように、そっと見張っててくれたでしょ?そういうの、できるのって、克樹くんくらいだと思う。だからすごく感謝してるの!」
藤沢:「おう!そうか….」
ドクン、と胸の音が鳴る。まるで俺が叩くスネアより、遥かに強く、響いてた。
藤沢:「……あとさ、なんで俺と同じでドラム選んだんだ?」
片瀬:「中学のとき、一緒にスタジオ行ったじゃん?その時、克樹くんがすっごく楽しそうにドラム叩いてたから……。私も、あんな風になりたいなって思ったんだ。」
藤沢:「そっか……。なんか、照れるな……」
(やばい。めっちゃドキドキしてんだけど。これ……もうチャンス二度と来ねぇかも……!)
藤沢:「な、なぁ!もし良かったら……今度、楽器屋巡り、一緒に行かねぇ?」
片瀬:「え? どうしたの急に?」
藤沢:「いや、なんていうか……ドラムがいっぱい揃ってる楽器屋、知っててさ。同じドラマーとして……一緒に行けたらって思って……。でも無理なら、全然!」
片瀬:「うーん……今はフェス前で時間ないけど……ライブ終わったら、行こっか。克樹くんと、もっと話したいし!」
藤沢:「マジで?……ありがとな!」
藤沢:「そうだ!せっかくだし、連絡先交換しようぜ。楽器屋巡りの日程とか、決めたいし!」
片瀬:「うん、いいよ!」
姫華はスマホを取り出しながら、どこか嬉しそうに微笑んでいた。
(……え、今ちょっと、笑った?いや、マジで嬉しそうだったよな?)
俺の心臓は、もうスネアじゃなくてバスドラ並みに暴れてる。
(これ……もしかして、デートってやつか?うわ、やっべぇ……中学の時と同じくらい、いや、それ以上に緊張してんだけど……!)
そして次の日。フェス本番まで、残すところあと2日。
比企谷:「なぁ、さっきから藤沢、ドラムもたついてるぞ。てかずっと上向いてボーッとしてるし……昨日なんかあったのか?」
葉山:「あいつ、昨日、女の子と話してただろ?……デートに誘えたらしいんだよ。」
比企谷:「……え?マジで?ちょっといつの間に!?」
(あっさりと、ぼっちにとって最難関の“デートに誘う”を成し遂げた藤沢は……今の俺には、神に見えた。)
葉山:「おい藤沢!姫華をデートに誘えたからって、浮かれすぎなんだよ。もう少し今はドラムに集中しろ!」
藤沢:「ちょ、やめろって!そんなデカい声で言うなよ!別に俺は浮かれてなんか……!」
戸塚:「でも顔、めっちゃ赤いよ?藤沢くん。」
藤沢:「いやいやいや……これは、照明のせいっていうか……!」
(いや、明らかに照れてんじゃねーか。)
確かに、いつもの藤沢とは何かが違って見えた。
人は恋をすると、変わる――どうやら、それは本当らしい。
いつも通り練習を終えると、終了時間に俺たちは解散した。
……が、俺はというと、ギターのチューニングがどうにもおかしかった。しかも、練習を重ねるごとにギターソロが不安定になってきてる。
なぜだ。運指は問題ないはずなのに、どうも弾きにくい。
こういう時、自分で何とかしようとしても限界がある。なので俺は、近くの楽器屋に寄ってみることにした。
比企谷:「すまん、ギターの調子が悪い。自分じゃ対処しきれんから、楽器屋寄ってくる。お前ら先帰っててくれ。」
藤沢:「おお!気をつけろよ!」
葉山:「同じギター担当だけど……すまん、俺も原因分かんない。先に帰ってるな。」
比企谷:「構わん。プロに泣きついてくるわ……いや、泣きつかせていただく。」
楽器屋に着くと、なぜか店内は薄暗く、散らかっていた。けど、ドアにはしっかり「OPEN」の文字。
比企谷:「すみません!ギターの調子が悪くて、診てもらいたいんですが!」
……返事がない。
比企谷:「誰かいませんかー!」
???:「この店、もう潰れちゃったのよね。」
背後から、透き通るような声が聞こえた。振り返ると、そこには灰色のショートヘアの小柄な少女が立っていた。
???:「ごめんね、急に声かけちゃって。私、浅野美緒っていうの。」
比企谷:「……比企谷八幡です。」
浅野:「ギター、壊れてるとか?」
比企谷:「あ、はい……最初は弾きやすかったのに、最近はやたらと弾きづらくて。」
浅野:「もしかして、弦高が上がってきてるかもね。ネックが反れてる可能性あるよ。」
比企谷:「弦高?ネック……?」
浅野:「あーごめんごめん、わかりにくかったよね。弦高っていうのは、弦とフレットの間の高さのことで――ネックっていうのは、ギターの左手で押さえる長いやつ。そのネックが湿気とかでちょっと反れてくると、弦高が上がって弾きづらくなるんだよね。」
比企谷:「なんとなく、理解できました。……詳しいですね。」
浅野:「まぁね。私も一応バンドやってて、君と同じギターパートなんだ。よかったらギター、見せてくれない?」
比企谷:「え、いいんですか? じゃあ……お願いします。」
浅野:「オッケー!」
俺はギターケースからギターを取り出し、浅野に手渡した。彼女は慣れた手つきでポーチから六角レンチとオフセットドライバーを取り出す。
(え、道具持ち歩いてんのかよ……ガチすぎるだろこの人)
浅野:「弦、最近交換した?」
比企谷:「いや、たぶん結構そのままです……」
浅野:「そりゃダメだよー。これ、もう錆び始めてるし、弾きにくかったでしょ?」
比企谷:「はい……」
浅野:「じゃ、ついでに弦も交換しとくね!ライブ中に弦切れたら最悪だし!」
比企谷:「……めちゃくちゃありがたいです。」
浅野:「ていうか、そんなにかしこまらなくていいよー。敬語じゃなくてタメで!」
比企谷:「あ、うん。……了解。」
浅野はくすっと笑ったあと、今度はポーチから新品の弦とニッパーまで取り出した。
(どんだけ詰まってんだそのポーチ……)
ほんの数分で、弦交換とネックの微調整を完了させる浅野。外見とは裏腹に、かなりの職人気質だ。
浅野:「はい、終わり!次からはちゃんと弦も定期的に交換するんだよー?弦高もチェック!」
比企谷:「……助かりました。ありがとう、本当に。」
浅野:「いえいえ♪ ていうか比企谷くん、ライブとか出る予定あるの?」
比企谷:「2日後に、海浜で音楽フェスがあって……そこに出る予定。」
浅野:「えっ!? ウチもそのフェス出るんだけど!まじ偶然!」
比企谷:「え……マジで?」
浅野:「あ、ごめん今気づいたけど、君その制服……総武高?」
比企谷:「まぁ、そうだけど……」
(なんだこの急展開。女子とこんなフランクに会話したの、いつ以来だっけ……)
浅野:「そうなんだ!バンド名とか聞いてもいい?」
比企谷:「え、あー……ちょっと恥ずいけど、“Solitude Riot”っていう。」
浅野:「孤独の衝動、ね。……うん、なんか君っぽい。」
比企谷:「俺っぽい、ってなんだよ……」
比企谷:「そっちは?」
浅野:「ウチのバンドは“Astral Youth”!」
(なにぃ!? まさかの……強豪バンドの一角!!)
比企谷:「あの……流行の曲の完コピとかしてて、やたら上手いって噂の?」
浅野:「そんなに大袈裟じゃないってば、もう~笑」
比企谷:「あ、すまん……」
浅野:「なんで謝るのよ~!」
比企谷:「え、じゃあ……なんて返せば……」
浅野:「ぷはっ、ダメだ……君やっぱ面白いわ!」
(また笑った……俺の顔見て絶対笑ってるよなコイツ)
比企谷:「そんなに人の顔見て笑うなよ、失礼だろ!」
浅野:「ごめんごめん、でも君ホント面白い!」
浅野:「ねぇ、せっかくだし連絡先交換しよ? 面白いし!」
比企谷:「面白いってだけで交換されても、あんまり嬉しくないんだが……」
浅野:「えー、褒めてるのにー!」
――こうして俺たちは、連絡先を交換した。
(……なんか、とんでもない奴と繋がっちまった気がする)