バンドマンが今さらやることではない
ノアと遭遇したあと、俺たちは材木座と一緒にベースを買いに行った。
いくつか試奏させてもらった結果、どうやら材木座には PLAY TECH が一番しっくりきたらしい。初心者向けとはいえ、操作感も音も気に入ったようで、迷わずそれを選んだ。
……が、値段を見て材木座の表情が固まった。
1万円台かと思いきや、地味に値上がりしていて、今や2万円台。物価の波、容赦なし。
「た、高い……」と呟いたあと、材木座は静かに財布を開き、所持金を全てベースへと注ぎ込んだ。
気づけば、彼の財布は風のように軽くなっていた。
機材って、やっぱ高いんだな……。
そして翌日。
俺たちはこの音楽フェスを制するため、まず「敵を知る」ことが必要だと考えた。優勝を目指す以上、どんなバンドが出場するのか、その特徴や強みを把握しておくに越したことはない。
そこで、奉仕部の由比ヶ浜と雪ノ下に頼んで、フェスに出場予定のバンドのリストを作成してもらい、その情報を俺たちにも共有してもらうことにした。
藤沢:「やっぱ2週間で曲を仕上げてくるって時点で、それなりの実力あるやつらばっかだろうしな。初心者バンドが混じってるなんて期待しない方がいいかもな。」
葉山:「ああ、そうだな……。今のところ特に警戒すべきなのは、『蒼刃 -Soujin-』か。」
藤沢:「いや、他にもヤバいやつらがいる。リスト見てみろ。」
藤沢:「まず第一の関門が、最近の流行曲を完全再現してくるpopバンド、『Astral Youth』だ。流行りに敏感で、今年のヒット曲はだいたい完コピ済み。観客ウケ最強クラスの化け物集団だな。」
比企谷:(まず観客人気で負けるの、地味にきっついな……)
藤沢:「次に来るのが、インディーロックとオルタナティブロックを武器にしてる『Delta Hounds』。名前の通り、野犬みたいに荒々しい演奏スタイル。センス任せのバンドマンたちが集まって結成されたバンドだ。中心メンバーは、磯子正弘・磯子光輝っていう双子の天才ギタリスト。ぶっちゃけ、演奏だけならトップクラスかもな。」
葉山:「それで……一番ヤバいやつが、あのノアが中心になってる『蒼刃 -Soujin-』か。」
藤沢:「ああ。そいつらは俺たちと同様、ハードロックがメインだが、ヘヴィメタやパンク系統の洋楽もある程度完コピしている。そして下手すりゃオリジナルも出してる。武道館でライブ経験あり、CDリリースもしてるってんだから、もう別格中の別格だぜ。」
比企谷:「……そんなやつらと俺たちは戦うのかよ……」
藤沢:「そういうことだな……」
葉山:「って、ちょっと待て!」
藤沢:「え? どうしたよ、急に」
葉山:「……俺たち、バンド名決めてなくない?」
全員:「………………ああああああ!?!?」
比企谷:「おいおい、まだスタートラインにすら立ててねぇじゃねぇか俺ら……」
藤沢:「いやマジで何やってんだ俺ら……」
戸塚:「え、えっと……バンド名どうしようか……ハハハ(苦笑)」
材木座:「ならば!我に任せよ!名付けて!ギガンティック・パニッシャー!」
比企谷:「いやいやいや、それ完全に必殺技だろ!ボスキャラが叫ぶやつじゃん!」
藤沢:「よっしゃ!じゃあ俺が決めるぜ!.......**雷神 -Raijin-**!どうだ!かっこいいだろ!」
葉山:「お前、それ絶対『蒼刃 -Soujin-』に寄せてきただろ……」
藤沢:「まぁよくね?なんか強豪っぽくなるし!」
比企谷・葉山:「いや、全然よくねぇよ!」
比企谷:「てか!そもそも俺らまだスタートすら切ってねぇのに、名前だけ強豪感出してどうすんだよ!」
葉山:「戸塚は何か思いついたりする?」
戸塚:「え、僕は……じゃあ……**Cutic Angel**とか……」
藤沢:「いや急に可愛くなったな!?ハードロックをカバーしてるんだぜ俺ら!?」
戸塚:「あ、あはは……だよね〜(苦笑)」
葉山:「じゃあさ、さっきから静かな比企谷は?」
比企谷:「えっ、いや……俺は……ちょっと、時間くれ……」
藤沢:「おいおい考えてねぇのかよ!ちゃんとしろよリーダー!」
比企谷:「いやいつの間に俺リーダーに任命されてんだよ!......よし……決めた。俺たちのバンド名は……
**Anti-Youth**だ。」
藤沢:「お前も強豪の名前パクってんじゃねぇか!!てかアンチ・ユースって……お前、どんな青春送ってきたんだよ……」
戸塚:「それは……聞かないであげて……(苦笑)」
比企谷:「戸塚ぁぁぁ!俺泣いていいかぁ!?」
戸塚:「八幡、泣かないで……(上目遣い)」
比企谷:「ぐはっ!!」
――そして俺はしばらく気を失った。
藤沢:「お前やっぱ恐ろしいな…….やっとわかったわ比企谷…戸塚は女だわ!」
葉山:「なんでお前まで変なこと言いだすんだよ……」
藤沢:「んで、葉山はどうなんだよ!人のばっか聞いて自分はノーアイデアってのはナシな!」
葉山:「俺は……まだ決められないんだよ。」
藤沢:「おいおい、ふざけんなよ~。なんかあるだろ!」
葉山:「……バンド名ってのは、俺たちの“象徴”だろ? でも今出てきた名前って、全部“自分”の色でしか考えてない。それじゃ、俺たち全員を象徴するような名前なんて、きっと永遠に見つからないよ。」
藤沢:「……じゃあ、どうすりゃいいんだよ?」
葉山:「“俺たちにとって一番大切なものは何か”、そこから考えるんだよ。」
藤沢:「なるほどな〜。お前にしてはまともな意見言うじゃねぇか。」
葉山:「いや、もともとお前よりまともだわ!」
藤沢:「ささっ!じゃあ葉山が思いついたバンド名を言うのだ!俺たちは言ったんだからなぁ〜?」
葉山:「あんまり急かすなよ……今、じっくり考えてんだから……」
その間、戸塚と材木座は倒れた比企谷を介抱していた。
それからしばらく、葉山は藤沢と話し合いながら、静かに考え続けた。
それから、しばらく藤沢と話し合いながら葉山は考え続けた。
葉山:「なあ、そもそも俺たちがバンドを始めたきっかけって、なんだった?」
藤沢:「俺が比企谷に、バンドやろうぜって言ったのが始まりだぜ?」
葉山:「やっぱ、お前か。」
葉山:「そういえば……俺たちって最初はかなりバラバラだったよな?」
藤沢:「それは今もそうだがな。でも、演奏すると……なんか一つになるんだよな!」
葉山:「確かに……(笑)」
葉山:「比企谷って、見てる限り家で相当練習してるよな?」
藤沢:「ああ、間違いねぇ。あいつ、絶対そんなこと口にしないけど、あの演奏は朝から晩までやってなきゃできねぇよ。
……そう言うお前も、高校入ったタイミングでこっそりギター買って練習してたんじゃねぇのか?」
葉山:「えっ!?なんで知ってんだよ!」
藤沢:「図星かい!」
葉山:「いやあれは……その……お前と語り合った“ガンソー”の曲が、弾きたくなったんだよ。」
藤沢:「だろ? それだけでもう、お前は立派なバンドマンだよ。」
藤沢:「……なぁ、お前前に“綱島の情報を得るため”って理由でバンドに入ったって言ってたけど、本当は――
俺たちと演奏がしたくて、入ったんじゃねぇのか? 比企谷の提案に乗ったのも、そういうことだろ?」
葉山:「……それは、否定しない。」
藤沢:「やっぱ昔から変わってねぇな、お前。お前もバンドに対する熱意を持ってる大事なメンバーだ。
だから本番でも、よろしく頼むぜ?」
葉山:「……ああ、任せろ!」
藤沢:「けどなぁ……やっぱ個人的に一番世話焼いたの、戸塚と材木座だよな〜」
葉山:「あいつらは初心者だったし、仕方ないって。」
藤沢:「戸塚がテニスやってるって聞いた時、正直意外だったけどな!あんな小柄なやつでもスポーツやってるなんてな〜。でもな、あいつ声量すげぇし、あいつ、ボーカルの才能マジであるぜ。」
葉山:「ほんとに、なるべくしてボーカルになったって感じだよな。正直、あんな風に歌えるのちょっと羨ましい。俺、高いキーとか歌えないし……」
藤沢:「いや、あいつ裏では相当な努力を積んでいると思うぜ!ボイトレもしてんだろうな、きっと。じゃないとあんな綺麗なハイトーンでねぇって。」
葉山:「材木座は?」
藤沢:「あいつに関しては……ほんと世話焼いたわ。小説書いてるやつだから、音楽とか未知の領域だったろうしな。」
葉山:「けど、最近ガンソーの曲も普通に弾けてるよな。」
藤沢:「あいつ、ベースの基礎はぶっちゃけなってねぇけど……不思議とセッションだといいフレーズ出してくるんだよな。
多分、小説家だから、ゼロから何かを作るのが得意なんだろうな。
だから譜面通りに弾けって言われるとダメだけど、“自由に弾いていい”ってなると……無双できるタイプだと思ってるぜ。」
藤沢:「まあ、家ではあいつもあいつなりに練習したと思うぜ。譜面通り弾かなきゃなんねぇから、あいつからしたらかなり苦労しただろうな。」
葉山:「なぁ、今の話聞いてて思ったんだけどさ。俺たちって、最初はそれぞれ孤独に戦ってたよな?でも、バンドの練習で一緒になると、なんか一つの旋律を奏でられる気がしてさ。だったら――“Resonance”ってのはどうだ?」
藤沢:「おう!……“共鳴”か。今までの案の中じゃ、かなりいい線いってるな〜。」
藤沢:「でもな、Resonanceってちょっと綺麗すぎるっつーか、普通すぎる気がすんだよな。」
葉山:「じゃあ、どんなのがいいんだよ。」
藤沢:「いいか? 俺が思うに、俺たちのキーワードは“孤独”だ。確かにバンドってのは、一つになって初めて音楽になる。でもそれって、どのバンドにも言えることだろ?だったら、俺たちならではの“色”が必要なんだよ。」
葉山:「ほうほう…」
藤沢:「孤独に努力してたやつらが集まったら、どうなると思う?」
葉山:「え?…素晴らしい旋律になる、んじゃないのか?」
藤沢:「違う! みんな、好き勝手に暴れ出すんだよ!」
葉山:「暴れる!?どういう意味だよそれ!」
藤沢:「お前だって、本当は自分をぶちまけられる場所が欲しくて、このバンドに入ったんじゃねーのか?それは比企谷も、戸塚も、材木座も一緒だ。学校じゃ自分を押さえて生きなきゃいけない。でも、バンドなら……自分の感情を“音”にして外に出せるんだ。」
葉山:「……確かにな。最初、学校でバンド始めたときは楽しかったけど、なんか物足りなかったんだよ。」
藤沢:「そうだろ? 学校で暴れたらただの問題児。でもな、暴れたいときに暴れられないってのは、きっついんだよ。だからこそ、バンドってのは“音で暴れられる場所”なんだ!そして俺たちは、綱島の裏の顔を暴こうとしてる。――海浜から見りゃ、完全に反逆者だぜ?」
葉山:「……ならさ、俺たちのバンド名は――“Solitude Riot”ってのはどうだ?最初は孤独に戦ってた。でも、バンドって場所を見つけて、自分の衝動を音でぶつけられるようになった。そして、俺たちは今――綱島に反逆する、静かな暴動を起こしてる。」
藤沢:「……それだ!“孤独の暴動”。まさに俺たちにぴったりじゃねぇか!」
比企谷:「このバンド名……悪くないな。」
(気づけば俺は、いつの間にか復活していて、二人の会話をこっそり聞いていた。)
藤沢:「おおっ、お前ついにお目覚めかよ!」
こうして俺たちのバンド名は決定した。